表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

四人会議

 しゅうが退室したのは、赤紙と異世界の説明がひと段落した頃だった。


「すみませんが、私は公務に戻ります。あとは若い人たちで親睦を深めて下さい。——将来的に、必ずプラスになりますよ」


 穏やかにそう告げると、修は背広の裾を翻して去っていく。

 重厚なドアが閉まる音が響いた瞬間、部屋の空気は一気に静まり返った。


 残されたのは、綾麿あやまろ瀬菜せな、アゲハ、モルフォの四人。


 テーブルの上には、開けかけのミネラルウォーターが五本。

 しかし、手を伸ばす者はいない。

 時計の秒針だけが、静かな部屋の中で乾いた音を刻んでいた。


「……あの」


 沈黙を破ったのは、瀬菜だった。

 彼女は膝の上で手を重ね、息を整えてから口を開く。


「個人スキルのこと……皆さん、もうご存じですよね? 互いに共有しておいたほうがいいと思うんです」


 綾麿は小さく息をついた。

 確かに、避けては通れない話題だ。


「俺のは——『鋼鉄の王』。……詳細は、まだ分からない」


「鋼鉄の王……かっこいいね!」


 モルフォがぱっと身を乗り出す。

 瞳を輝かせ、まるで興味を隠せない子どものように言った。


「ボクのは『バタフライエフェクト・後翅こうし』。何ができるのかは、よく分かんないけど」


「俺は、『バタフライエフェクト・前翅ぜんし』。双子だからか、妹とスキル名が似てる。……使い方も、効果も不明だ」


 アゲハが短く続けた。

 声は落ち着いているが、その裏にわずかな緊張が滲んでいる。


 瀬菜は静かに頷き、自分の胸元に手を当てた。


「私のスキルは『レインメーカー』です。父と同じスキル名だそうで……水を操る能力だと聞いています」


 綾麿は少し目を見開く。

 雨傘あまがさ しゅうと同じスキル。

 偶然にしては出来すぎている。——スキルにも、遺伝のようなものがあるのだろうか。


「……レインメーカー、ね。強そうだな」


「ええ。でも、強さだけでは足りません。父も言っていましたが、異世界では他者との協力が何より大事だと思います」


 瀬菜は少し視線を落とし、言葉を続ける。


「異世界には、人が暮らすいくつもの国があるそうです。そして、魔神だけでなく“魔物”と呼ばれる存在も。その魔物を狩る人たちは“冒険者”と呼ばれていて……彼らを束ねる組織、“冒険者ギルド”というものがあるそうです」


 淡々とした説明の裏に、かすかな高揚が混じっていた。

 未知への恐れより、これから踏み込む世界を“現実”として受け止めようとする意志が、そこにはあった。


「へぇ……なんか、ゲームみたいだね。じゃあ、ボクたちも冒険者になるのかな?」


 モルフォが小首を傾げる。


「なるしかないだろうな」


 綾麿は低く呟く。


「生きて現世に帰るために、何でもやるしかない。目的……いや、グランドミッションを達成しないと、俺たちは永遠に異世界に囚われる」


 その“目的”の意味を理解しているのは、この場で綾麿だけだった。

 ——凛を奪った仮面の人物、オウマトキト。

 その名を胸の奥で噛み締めた時、テーブルの上のスマートフォンが震えた。


 アゲハの携帯だ。

 彼は画面を見て、わずかに眉を寄せる。


「……ばあちゃんからだ。少し、外す」


 短く言い残し、アゲハは席を立った。

 ドアが閉まり、再び三人だけになる。


 ——沈黙。

 だが、先ほどとは違う。

 空気の密度が、妙に生々しい。


「ねぇ、綾麿くん」


 唐突に、モルフォが声を上げた。

 その声音には、ほんのりと甘い響きが混ざっている。


「綾麿くんって、彼女とかいた?」


「……なんだよ、急に」


 予想外の質問に、綾麿は軽く目を瞬かせた。


「えへへ、気になっちゃって。ボク、そういう話、好きなんだ」


 モルフォは頬杖をつき、まっすぐに彼を見つめる。


「だって、異世界に行ったら、誰と一緒になるか分かんないでしょ? だったら、今のうちに——」


 言葉を濁す唇が、妙に艶やかに見えた。


 瀬菜のまつ毛がぴくりと震える。


「モルフォさん……そのような話題は、少し不適切ではありませんか?」


「え〜、別にいいじゃん。どうせ数日後には異世界なんだし!」


 モルフォは悪戯っぽく笑う。


「ねぇ綾麿くん。異世界で、ボクのこと守ってくれる?」


「……状況によるな」


 綾麿は苦笑し、曖昧に答えた。

 その瞬間、瀬菜の声がほんの少しだけ低くなる。


「綾麿さん。……私も、守ってくださいますか?」


 その声音に冗談はなかった。

 まっすぐな瞳の奥に、どこか競うような光が宿っている。

 モルフォが「え〜〜」と声を伸ばし、ふたりを交互に見比べた。


「おやおや、瀬菜ちゃんも意外と積極的?」


「そ、そんなつもりでは……!」

 瀬菜の頬が一気に赤く染まり、声が裏返る。


 綾麿は思わず目を逸らした。

 部屋の温度が、じわりと上がった気がした——そのとき。


 再び、電子音が鳴った。

 今度は綾麿のスマートフォンだ。

 画面には“母さん”の文字。


「……悪い、ちょっと出る」


 綾麿は携帯を耳に当て、部屋を出た。

 廊下の向こうから、ちょうどアゲハが戻ってくるところだった。


 電話の向こうには、朋美ともみの落ち着いた声が響いている。

 その会話の一端を、アゲハは遠目に聞いてしまった。


『……綾麿。異世界では、何があっても生き残りなさい。凛ちゃんのためにも』


 アゲハは一瞬、足を止める。

 その横顔には、疲れと戸惑いが入り混じった色が滲んでいた。

 目が合うと、綾麿は軽く会釈を返す。

 互いに何も言わず、すれ違った。


 アゲハが部屋へ戻ると——

 そこには、先ほどまでの穏やかな空気はもうなかった。


 瀬菜は頬を紅潮させ、モルフォはどこか拗ねたように腕を組んでいる。

 テーブルの上には、倒れたペットボトルが一本。

 こぼれた水滴が、光を反射して床に微かな虹を描いていた。


「……何があった」


 アゲハの低い声が、静まり返った部屋に落ちる。


 ——沈黙。

 

 だが、先ほどよりも濃密な、言葉にならない空気が、確かにそこにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ