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異世界からの召集令状

 ——翌朝。


 病室のカーテンの隙間から、淡い朝日が差し込んでいた。

 鳥の鳴き声と、遠くを走る車のエンジン音。

 それらがゆるやかに溶け合い、現実が音を伴って戻ってくる。


 結城ゆうき 綾麿あやまろは、ぼんやりと目を開けた。

 静かな病室。その穏やかさは昨日と変わらない。

 ただ一つだけ違っていたのは——枕元に置かれた、一枚の赤い封筒だった。


「……サンタのプレゼントかよ」


 乾いた独り言が漏れる。

 昨夜、雨傘あまがさ しゅうが言っていた“それ”が届くのは時間の問題だと思っていたが、まさか早朝に現れるとは。


 封筒は、朝日を反射してわずかに光り、その光はまるで——

 人の視線のように綾麿を見返していた。

 指先を伸ばすのをためらうほどに、赤が鮮烈だった。


 だが、ためらっても仕方がない。

 綾麿は小さく息を吸い、封を切った。


 中には、真っ白な一枚の紙。

 見慣れない文字がびっしりと並んでいる。

 だが目を通した瞬間、その意味が——まるで直接、脳に焼きつくように流れ込んできた。


「……読める……?」


 不気味さと同時に、確かな“現実”の重みが背筋を這い上がる。

 綾麿は声を出さずに、文面を追った。


◆《赤紙の記述》ーーーーーー◆


汝、異世界への招集を受ける者なり。

この封筒を認識した五日後、汝は異世界へと転移する。


期限は五年。五年以内に魔神をすべて討伐せよ。

使命を果たした後、異世界に存在する八つの転移ポイントのいずれかに到達すれば、現世への帰還を許す。


下記のスキルを以て、事を成せ。

・個人スキル——『鋼鉄の王』


◆ーーーーーーーーーーーーー◆


 文を読み終えた瞬間、指先に熱が走った。

 紙そのものが命を持つように、心の奥へと突き刺さってくる。


 現実逃避は、もう通用しない。

 選ばれた——それだけが確かな事実として胸に残った。


「……五日後、異世界か。ほんと、悪い冗談だな」


 自嘲をこぼし、綾麿はベッドから立ち上がる。

 スマートフォンを手に取り、白衣の看護師が行き交う廊下を抜けて中庭へ出た。

 風が頬を撫で、木々の葉をわずかに揺らす。


 通話ボタンを押すと、すぐに母・朋美ともみの声が返ってきた。


『……綾麿?』


「来たよ。赤紙が」


 短い報告のあと、受話器の向こうで息を呑む音がした。

 数秒の沈黙ののち、静かに返される。


『そう……。やっぱり、逃げられないのね』


 その声音には、母親としての不安と、かつて“異世界を経験した者”としての諦観が混ざっていた。



***



 同日、夕方。

 綾麿は朋美を介して修に呼び出され、都心の高級シティホテルへと足を運んでいた。


 場所は最上階。

 エレベーターを降りると、そこには一人の少女が待っていた。


 夕陽を受けて輝く茶髪。

 丁寧な所作で一礼し、穏やかに微笑む。


「はじめまして、結城 綾麿さん。——私は雨傘あまがさ 瀬菜せなと申します。父から、あなたのお話をたくさん聞いていました。……会えて嬉しいです」


 柔らかに微笑むその姿は、どこか上品で、初対面とは思えないほどの温かみを持っていた。

 綾麿は少し戸惑いながらも、「どうも」とだけ返す。


「あっ、怪我をなさってるんですよね。荷物、お持ちしますか?」


「大丈夫です。荷物少ないので」


「そうですか……。では、行きましょう」


 少しだけ残念そうに微笑み、瀬菜は綾麿をスイートルームへと案内した。


 部屋の中央には五脚の椅子が並び、すでに三人が座っていた。

 そのうちの一人は修。そして——双子のように似た、黒髪の少年と少女。

 机の上には人数分のミネラルウォータが置いてある。


「綾麿さん。こちらは蝶番ちょうつがい防衛大臣のお孫さん、アゲハさんと妹のモルフォさんです」


「……蝶番 アゲハだ。歳は十五歳。よろしく」


 アゲハは淡々と名乗る。冷静で、芯の通った声だった。


「ボ、ボクは蝶番 モルフォ! よろしくね、綾麿くん!」


 元気よく頭を下げたモルフォに、綾麿は苦笑を返した。

 兄とは対照的に、無邪気な光がその瞳にあった。


「……妹が騒がしくてすまない」


「いや、助かるよ。重い空気は好きじゃないからな。俺は結城綾麿、十六歳。よろしく」


「十六歳……ってことは、ボク達より一つ上だね!」


「高校二年生です」と綾麿が言うと、瀬菜が柔らかに微笑んだ。


「綾麿さんは私と同い年ですね。……同年代の男性がいると、少し安心します」


 その一言に場がわずかに和みかけたが——


 ——コホン。


 修の咳払いが静寂を戻した。


「自己紹介は済みましたね。では、要件に入ります」


 修の声は、どこまでも冷静だった。


「君たち四人は、現時点で“赤紙”が届いたことが確認されている者たちです。内容の差異は、個人スキル以外はないと見ていいでしょうね?」


 全員が頷いた。


「よろしい。では、詳細を交えつつ説明します。赤紙に書いてある共通点は“異世界への転移”、五年以内の“グランドミッション”、そして帰還条件です。転移の際に持っていけるのは衣服と靴、赤紙のみ。そして、それぞれが別の場所に飛ばされます」


 綾麿の眉がわずかに動く。


「ですが——現地では言語も文字も自然に理解できるはずです。合流は困難ですが、必ず情報を集め、協力し合ってください。これは個人戦ではなく、生存戦ですから」


 修は一息つき、真剣な眼差しで続けた。


「そして、“グランドミッション”。二十三年前は“三体以上の魔神討伐”でした。しかし今回は“全て”——明らかに異常です。おそらく“オウマトキト”が現れた理由と関係している。色々と厳しいですが、それが唯一の帰還条件です」


 部屋の空気が一層重くなる。

 綾麿の胸の奥では、“オウマトキト”という名が静かに燃えた。


「最後に——個人スキルについて。異世界に転移すると自動的に発現し、使い方は本能的に理解できるはずです。ただし使いすぎれば“ロスト状態”になる。心や身体に異常をきたし、一日間、能力を失います。注意を」


 不安げに、モルフォが口を開く。


「……ねぇ、修さん。もし、その“ミッション”を達成できなかったら、どうなるの?」


 修は短く目を閉じ、低く告げた。


「二度と、現世には戻れません。……永遠に、です」


 空気が凍った。

 瀬菜が息を詰め、アゲハの表情が強張る。

 そして綾麿だけが、静かに目を伏せた。


「修さん——“オウマトキト”は異世界のどこに?」


 修の視線が綾麿を真っ直ぐに射抜く。


「二十三年前。奴は“帰還ポイント”の一つ——《ポイント・ポラリス》にいた。今もそこにいる確証はないですがね」


「ポイント・ポラリス……」


 綾麿はその名をゆっくりと反芻した。

 静かな決意が、胸の奥に沈んでいく。


 ——どうやら、そこが最初の目的地になりそうだ。



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