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復讐の音

 病室の時計が、一定のリズムで時を刻んでいた。


 母・朋美ともみは来客の出迎えに行っており、この部屋にはいない。

 結城ゆうき 綾麿あやまろは白い天井を見つめながら、先ほどの母の表情を思い返していた。


 ——あんな顔を見たのは、初めてだ。


 不安と警戒を隠そうともしない目。

 まるで、“オウマトキト”という名が、母の中に眠っていた何かを呼び覚ましたかのようだった。


 やがて——ノックの音が響く。

 朋美が戻ってきたのかと思ったが、違った。


「失礼します」


 静かな声とともに現れたのは、スーツ姿の男と、深緑の和服を纏った年配の女性。

 男は四十代前半。その目には、鋭さと知性を宿している。

 女性は六十を超えているはずなのに、背筋が一分の隙もない。


「綾麿——こちら、防衛大臣の蝶番ちょうつがい 風華ふうかさん。そして、警察庁長官の雨傘あまがさ しゅうさんよ」


 最後に入ってきた朋美が二人を紹介した。

 綾麿は思わず上体を起こしかけ、痛みに顔を歪める。

 こんな“大物”が病室に来るとは思ってもみなかった。


「無理しなくていいですよ」


 修は手を上げ、穏やかに制した。


「君に無理をさせたいわけじゃない。ただ、どうしても聞かなくてはいけないことがあって来たのです」


 その声には、命令でも尋問でもない、確かな重みがあった。


「結城 綾麿君——本当に、“オウマトキト”に会ったのですか?」


 その名を聞くだけで、背筋が凍った。

 橋の上での光景が、まざまざと脳裏に蘇る。


「……はい。仮面をつけたそいつが、自分で“オウマトキト”と名乗ってました」


 修は一瞬だけ目を細め、風華に視線を送る。

 風華は小さく頷き、淡々と語り始めた。


「オウマトキト——それはね、約百年に一度、日本のどこかに現れる存在よ」

 その声はまるで、長い歴史を語る学者のように静かだった。

「顔も目的も不明。ただ、現れるたびに必ず“人をひとり殺す”」


「百年に一度……?」


「ええ。そして——前回現れたのは二十三年前。あの時も、ひとりが殺されたわ」


 綾麿は息を呑む。

 だが、二十三年前というのはおかしい。百年周期のはずが——。


 その疑問を言葉にするより早く、修が続けた。


「今回の出現はイレギュラーです。周期が狂っている。理由は不明ですが……何かが、確実に狂い始めている」


 朋美は黙って頷くだけだった。

 その仕草が、この話が“真実”であることを物語っている。


 しばしの沈黙の後、修は内ポケットから一枚の封筒を取り出した。

 赤い——だが、どこか古びた紙だった。色褪せているのに、見る者の目を離させない異様さがある。


「……それは?」


「“赤紙”と呼ばれるものです。オウマトキトが現れたあと、数日のうちに——世界中の“選ばれた者”へと届きます」


 綾麿の眉がわずかにひそめられる。


「捨てても、焼いても、必ず戻ってくる。ポケットに、鞄に、ポストに、机の上に。——まるで運命が、それを拒ませないかのように。……これは期限切れのものなので、今はもう効果はありませんがね」


「……ホラー映画みたいですね」


「お化けなら、まだ可愛いものですよ」


 修は淡く笑みを浮かべ、封筒を指先で弾いた。


「この封筒を受け取った者は、“異世界”へと転移する。書かれた内容は、必ず現実になるのです」


「異世界……ですか?」


 思わず口からこぼれたその言葉に、風華が頷く。


「信じられないかもしれないけど、本当よ」


 風華の視線が綾麿を貫いた。

 その眼差しには、同情も慰めもなかった。ただ、確信だけがあった。


「そして、オウマトキトに遭った者には、必ず赤紙が届く。……君も、例外ではないの」


 喉がごくりと鳴る。

 逃げ場のない予感が、静かに背筋を這い上がってくる。


「……オウマトキトは、どこにいるんですか?」


 絞り出すような声。

 修は一拍置いて、淡々と告げた。


「——奴は“異世界”にいます。少なくとも、二十三年前まではね」


「……え?」


 言葉が空気に溶けた。

 信じがたい現実が、じわりと足元から染み込んでくる。


「なぜ……あなたたちは、そんなことを知っているんですか?」


 怒りよりも戸惑いの混じった問い。

 なぜ母は黙っていたのか。なぜ彼らは“知っている側”なのか。


 修は小さく息を吐き、風華と朋美に視線を交わす。

 三人の間に、短い沈黙が流れた。

 そして——修が静かに口を開いた。


「二十三年前、私たちは“赤紙”を受け取り、異世界へ転移しました」


 綾麿の心臓が、ひときわ強く跳ねた。


「異世界で、私は“オウマトキト”と遭遇し、仲間たちと共に戦いました。——結果は、私と数名を除き全滅。あれは、まさしく厄災そのものでした」


 修の言葉に、空気が凍りつく。

 風華も、朋美も、何も言わなかった。


 綾麿の胸の奥に、渦巻く恐怖と憤りが静かに形を成していく。


 まぶたの裏に浮かぶのは、凛の笑顔。

 あの夜、最後に呼んだ彼女の名前。

 綾麿はゆっくりと息を吐き、低く呟いた。


「……もし、俺がアイツを殺したら、凛は喜ぶと思いますか?」


 その瞬間、朋美が顔を上げた。

 その瞳には、悲しみと誇り、そして——母としての恐怖が宿っていた。


 修と風華は何も言わない。


 静かな病室に、雨が窓を叩く。

 その音は、復讐の物語が静かに幕を開ける合図のように響いていた。


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