ゲシュタポ
「ありがとね、話してくれて」
「グスッ…うん…私の方こそ、ありがと」
ほぼ全て話してしまった
収容所の出来事と、そこで行われた蛮行
自分がどんな男で、なぜこの姿になっているのかと
「成る程なぁ、どうりで世情に疎い訳だ。てっきりレッドアイの親玉かと思ったけど…どうやら違うみたいね」
「…レッドアイ?」
突如、ラティナの口から聞き慣れない単語が飛び出す
(赤い瞳?確かに片目は赤いけど…親玉?)
ラティナがそっと唇に手を当て、窓にかかったカーテンをそっと開ける
「外見て、黒服の警察が所々にいるでしょ?」
そこに広がっていた光景は、荒廃した摩天楼が立ち並ぶ漆黒の都市
映画で見た、戦争末期のミュンヘンが近いだろうか
しかし、建造物の一つ一つはニューヨーク宛らの高層ビルばかり
寂れてもなお、かつての栄光の残り香を感じさせる大都市が広がっていた
彼女が指差した方向には、ジャガイモを老婆から奪おうとし逃げた先で警官に取り押さえられる少年少女の姿
エルフ由来の特性なのか、地上から50メートル程も離れたこの部屋からもハッキリとその姿を確認できた
「国家保安警察、ゲシュタポよ。普段はこんなに出張って来たりしない…表向きは治安悪化に伴う自治の強化だけど、連中が出て来る時は決まって政府に都合が悪い事件が起きてる時」
「ま、待って…ゲシュタポ!?」
何かを感じ取ったのか、ラティナはカーテンを閉め適当に置かれたソファに腰掛ける
「貴方、ナチスって知ってる?」
「ええ、詳しくはしらないけどザックリとは。もしかして、現代にナチスが復活したとか…あのゲシュタポもそれで?」
第二次大戦の特級戦犯にして、悍ましいホロコーストの実行者
決して専門家ではないが、軽い教養程度には彼らがどういう存在かは理解している
「不思議ね、ゲシュタポは法王国の黒王軍の私兵なんだけど…貴方はそのナチスをどこで知ったの?」
「それは!……あれ?」
分からない
そう言えばそうだ
自分の記憶をどれだけ辿ってもナチスを学んだ記憶なんてない
確かに映画である程度知識は手に入れたが、生まれた時点で既に備えていた
しかし、記憶のどこを探ってもナチスやヒトラーなんて単語は出てこない
「ほらね、分かってない。多分だけど貴方が言った”偽の記憶”と似た方式で脳内に埋め込まれてるのよ。本能レベルの教養として、ね」
確かに筋は通っている
博士が記憶の裏付けを設定するのをサボったから、過程を吹き飛ばして知識だけがこびり付いているという事なのか
だが、それなら別に気になる事がある
「じゃあ貴方はどこで知識を?」
「本よ、この世界の生き残りは勉強なんてイチイチやってられない。私みたいな暇人が趣味で身に付けるものだからね」
とどのつまりがディストピアか
まともに勉強できない程に人間の生活は困窮しているらしい
イチイチ教えるより、最初から教養があるクローンを作った方が効率がいい
ナチス、いやホウジョウ博士が考えそうな事だ
(…待て、何か引っかかる。何かもっと本質的な事を見失ってるような…)
「貴方、今こう思ったでしょ?じゃあエルフは何処から湧いて出たんだって」
そうだ、俺の記憶にもこの世界にもエルフなんて本来いない筈
ファンタジー世界にのみ存在する架空の生き物の筈だ
「もしかして、人間の人造生命体とか?」
「…ッ?フフ…アハハハハ!そう来たか!それはそれで面白そうね。でも違う、貴方はかなり特殊な存在よ?」
てっきりあの変態博士が私欲の為にエルフを創造したのかと考えたが、違ったらしい
確かに思い返せば博士は何かにイラついていた
まるで、私を不完全な失敗作であるかのように
「それに、自分じゃ気付いてないみたいだけど貴方、普通のエルフじゃないみたいだしね」
「…え?」
「その話は後!私も連中のことは殆ど知らないからね、取り敢えず結論を言おうか」
ラティナが懐から暦を取り出す
そこには、本来あり得ない年数が記されていた
「ようこそ、西暦12025年へ」