廃墟ホテルでの邂逅
夢だ
目覚めた時 俺は薄明かりの灯るボロ屋に居た
記憶にない
しかしハッキリと脳裏に焼き付いた懐かしい光景
倒壊寸前の木の小屋と 壊れた扉を覆う汚れた天幕
部屋は数本の蝋燭で灯され 仄かな山吹色の世界が広がる
ふと顔をつねってみるが感覚がない
まるで自分の身体を遠くから操作しているような…
久しぶりに戻って来れたようだ
忘れかけていた 心のよすが
この後の展開も、よく覚えている
確かすぐ後に階段から登ってくる筈だ
─あ!お兄ちゃん、おはよう!─
黒髪の巻き髪と 豊かな胸の少女
─おはよう、アンネ─
◇
……温かい
最初に感じたのは温もりだった
次に感じたのはザラついたタオル
いや 年季の入った毛布だろうか
不快な感触とは裏腹に 言葉では言い表せない温もりを感じる
次に感じたのは 柔らかいアロマの香水だ
それと同時に理解する ここは”ここ”ではない
最後の記憶 あのクソキモいホウジョウ博士…
いや よそう
今は少しでもこの幸福な時間を堪能したい
安堵と薄らとした眠気に堪らない快感を覚えるが、2分ほどした所でようやく目を開ける
最初に目に入った光景は
ひび割れた鉄筋コンクリート
肌から感じた温もりと 最もかけ離れた無機質な人工物
ゆっくりと体を起こし周囲を見渡す
どうやらここは古びたホテルかマンションのようだ
部屋は全て塗装が剥がれ落ち
代わりに、著名なハリウッド俳優のポスターが貼られている
最初に肌で感じた温もりの正体は
恐らくこの生活感から出る独特の空気だろう
そして、最も気になる点
優しいアロマの香水の元手
ベッドの隣の机でスヤスヤと寝息を立てる 小柄な少女
艶やかな黒髪に混じる、煌めく黄金のメッシュ
黒いワンピースは一目でわかる安物ながら
よく手入れされており所々に可愛らしい刺繍の跡が覗く
そして、その黒髪の中から覗く僅かに尖った耳
「エルフ…いや、ハーフエルフか?」
声を聞き取ったのかピクリと彼女の耳が反応する
うーん、と可愛らしい寝起き声と共にゆっくりと身体を起こす
(よかった、生きてる…って当たり前だけど)
そう言えば私は結局、あの後でどうなった?
アレに………しようとされた後から記憶がない
遂に心が壊れてくれた?
トラウマから記憶に封がつくと何かのドラマで観たことがある
いや、そんな事は後だ
多分この子に聞けば分かる
最悪脅してでも…ん?
今なんでそんな思考になった?
私が女の子を脅す?
それに、この子…何処かで
逡巡する思考の中、ゆっくりと彼女が起き上がり
ようやくその顔を露わにする
─え?─
「おはよ…起きたんだ、怪我…はないと思うけど身体の様子は大丈夫?」
自身によく似たオッドアイ
純銀の左目と金色の右目
しっとりと艶やかな唇に 若干の奥二重
「…ア…ンネ?」
そこに居たのは記憶のみに存在する筈の妹と
瓜二つの半妖精だった