第87話 夜・最後のメッセージと未来の約束
夜。お腹がすいて、タッチパネルでカレーライスを注文。
「普通のカレーが、今日は食べたい気分」
出てきたカレーは、家庭的なルーの香りがする。スパイシーで、でも優しい匂い。一口食べると、スパイシーで、懐かしい味。
「美味しい……普通のカレー、最高……」
もぐもぐ食べながら、グンちゃんにもちょっとだけあげる。
「はい、グンちゃん。明日が最後だよ」
「にゃあ」
「寂しいね」
「にゃあ」
グンちゃんも、分かってるのかな。明日が最後だって。
食べながら、魔法少女について最後の考察。
「ねえボトル子、明日が最後なんだよ。もう終わっちゃうんだよ」
「魔法少女の物語って、大抵ハッピーエンドなんだよね。最後に敵を倒して、世界を救って、みんなが幸せになる。この28日間も……ハッピーエンドだったと思う。26番さんの呪いを解いて、島の記憶を残せた」
ボトル子は笑ってる。優しく、優しく。
「でも、魔法少女の変身って、いつか解けちゃうんだよね。魔法が使えるのは、その時だけ。明日、この島を出たら……私の魔法も終わり。また普通の高校生に戻る」
グンちゃんが見てる。じっと。
「でも……それでいいのかも。魔法って、ずっと使うものじゃないから。必要な時に使って、終わったら日常に戻る。それが魔法少女だから」
杖を見る。キラキラしてる。
「この杖……明日まで、一緒にいてくれる?」
食べ終わって、メモを書こうとする。でも、ペンが動かない。手が震えて、うまく字が書けない。
「何書けばいいんだろう……」
最後のメッセージ。ケンタくんに、何を伝えたい?
ありがとう。楽しかった。一緒に頑張った。奇跡を作った。全部、伝えたい。でも、言葉が足りない。本当に伝えたいことが、うまく言葉にならない。胸の奥にあるのに、形にできない。
「ケンタくんに……何を伝えたいんだろう、私……」
胸がドキドキする。バクバクって、痛いくらい。この気持ち、何?
魔法の杖を握る。星のモチーフが、手の中で温かい。
「この杖に魔法の力があったら……私の気持ち、伝えられるのかな……」
ペンを握って、書いては消し、書いては消し。何度も何度も。紙が、消しゴムの跡だらけになる。
やっと、一つの言葉が出てきた。
『ありがとう。一緒に戦えて、よかった』
読み返す。うん、これでいい……かな。本当はもっと違うことも言いたいけど、うまく言葉にできない。まだ、自分でもよく分からない。この気持ちが、何なのか。
「お願い、グンちゃん。これが最後のメモだよ。届けてくれる?」
「にゃあ」
「ありがとう」
グンちゃんが出発して、窓の外を見る。ケンタくんの部屋に明かりがついてる。グンちゃんが着いて、彼がメモを取る。読んでる。
「どう思うかな……」
心臓がバクバクする。ドクン、ドクン、ドクンって、うるさいくらい。不安と期待がごちゃ混ぜになって、落ち着かない。
「なんで、こんなにドキドキしてるんだろう……」
杖を握りしめる。魔法が使えたら。魔法が使えたら、この気持ちを伝えられるのに。
しばらくして、グンちゃんが帰ってきた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!」
駆け寄って、首輪のメモを外す。手が震える。震えが止まらない。
「え、なんで震えてるの、私の手?」
息を吸って、深く。吐いて。開く。読む。
『こちらこそ。お前は、すごいやつだった』
「……!」
すごいやつ、って。ケンタくんが、私のこと、すごいやつ、って。認めてくれた。
「嬉しい……」
涙が出そうになる。ぐっとこらえる。でも、次の行を読んで、こらえられなくなった。
『お前と組めて、俺は、誇りに思う』
「誇り……誇りに思う……って……」
涙が溢れた。止まらない。拭っても、拭っても、止まらない。視界が滲んで、文字が読めない。
「嬉しい……すごく……嬉しい……」
そして、その下に、続きがあった。手で涙を拭って、読む。
『脱出できたら、また、会えるといいな』
「……!」
心臓が止まりそうになった。いや、一瞬本当に止まった気がした。また、会えるといいな、って。会いたいって、思ってくれてる。
でも、まだ続きがある。震える手で、読み進める。
『ところで、お前、学校どこ?』
「え……!」
思わず笑ってしまった。涙が出てるのに、笑ってる。ぐちゃぐちゃの顔なのに、笑顔になってる。
急いで返事を書く。震える手で。
『都内の高校。ケンタは?』
グンちゃんに託す。また戻ってくる。待ってる時間が、すごく長く感じる。
『マジか!俺の高校はお前んとこから電車で30分くらいだな』
「……!30分……近い……!」
また書く。急いで、急いで。
『脱出したら、まず何したい?』
戻ってくる。開く。
『ラーメン食いたい。カップ麺じゃないやつ』
笑った。涙が出てるのに、笑顔になってる。ケンタくんらしい。すごく、らしい。
『いいね。私もラーメン好き。チャーシュー大盛りで』
戻ってくる。
『決まりだな。俺の地元に美味い店がある。連れてく』
「……!」
デート……じゃないよね?でも、二人で会うってことは……ラーメン食べに行くってことは……
胸がキュンキュンする。魔法の杖を握りしめる。
また書く。勇気を出して。
『それって……デート?』
送ってから、後悔した。
「あああ!なんで送っちゃったの!?」
顔が真っ赤になる。熱い。耳まで熱い。グンちゃんが戻ってくる。
開く。震える手で。心臓が爆発しそう。
『…………お前が、そう思うなら』
「……!!!」
心臓が爆発しそう。いや、爆発した。今、確実に爆発した。
「これって……デートってこと……!?」
もう一度メモを書く。今度は少し落ち着いて。でも手は震えてる。
『ラーメン食いたい。カップ麺じゃないやつ』
送る。待つ。戻ってくる。
『いいね。私もラーメン好き。チャーシュー大盛りで』
読んで、思わず笑ってしまう。やっぱり、食いしん坊なんだ。
書く。
『俺はニンニク増し増しで』
送る。戻ってくる。
『くさっ!でもいいよ、許す!』
思わず、ぷっと吹き出す。
「許すって……何様だよ……でも、可愛い……」
ボトル子に報告。駆け寄って。
「ねえボトル子……ケンタくん、ラーメン連れてってくれるって……これって……デート……だよね……!?」
ボトル子は笑ってる。いつもより、もっと優しく笑ってる気がする。
もう一度メモを書く。震える手で。
『楽しみにしてる』
グンちゃんに託す。戻ってくる。開く。
『俺も』
たった二文字。でも、その二文字が、胸に沁みる。じんわりと、温かく。
窓の向こうを見ると、ケンタくんが窓辺に立ってる。こちらを見てる。目が合う。
彼は、小さく手を振った。
「手……振ってる……」
私も、慌てて手を振る。涙でぼやけて、よく見えない。でも、何度も何度も振る。
魔法の杖も一緒に振ってみる。星のモチーフがキラキラ光る。
「この杖……本当に魔法があったら……ケンタくんに私の気持ちが伝わるのに……」
でも、もう伝わってる気がする。魔法なんて、なくても。
彼も、何度も振ってくれた。優しく、優しく。
「ケンタくん……」
なんか、胸が苦しい。でも、暖かい。この気持ち、何?寂しいのに、嬉しい。会いたいのに、会えない。もどかしい。でも、明日の先に、会える未来がある。
「これって……もしかして……」
自分の気持ちが、よく分からない。でも、一つだけ確かなことがある。
「会いたい……また、会いたい……」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子……ケンタくん、すごいやつだって言ってくれた。誇りに思うって。また会えるといいなって……それで、ラーメン、連れてってくれるって……」
ボトル子は笑ってる。
「私も……また会いたい……そう思うの……これって、変?」
グンちゃんが「にゃあ」って鳴く。
「グンちゃん、ありがとう。本当に、たくさん運んでくれて。グンちゃんがいなかったら、私たち、こんなに仲良くなれなかったよね」
「にゃあ」
グンちゃんを抱き上げる。温かい。
26番さんの写真を取り出して、見つめる。
「この人も……きっと、大切な人がいたんだよね……会いたかった人が……」
そっと写真を机の上に置く。
「私も……会いたい人ができた……」
魔法の杖を握りしめる。
「この杖……明日まで持っていていい?お守りみたいに……」
【残り日数:1日】
画面の数字を見る。あと1日。明日が、最後。
今夜も、一人じゃなかった。そして、ケンタくんからの、最後のメッセージ。未来の約束。
誇りに思う、って。また会えるといいな、って。ラーメン、って。デート、って。
「私も……そう思う……」
胸がぎゅっと締め付けられる。切ないのに、暖かい。苦しいのに、幸せ。
「魔法少女の物語……ハッピーエンドで終わる……この物語も……きっと……」
「おやすみ、26番さん」
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
「おやすみ、ケンタくん……また……会いたいな……」
小さく呟いて、魔法の杖を抱きしめながら、ベッドに入る。明日が、最後の日。
でも、それは終わりじゃない。
新しい始まりなんだ。ケンタくんとの、新しい物語の始まり。
「魔法は……いつか解けるけど……思い出は……ずっと残る……」
「そして……新しい魔法が……また始まる……」
杖を抱きしめて、目を閉じる。
明日。最後の日。そして、新しい始まり。




