第84話 夜・伝えられない言葉
その夜。
私たちは、久しぶりに、ちゃんとした食事をした。
タッチパネルを開いて、残ってた予算を確認する。まだ、結構ある。
「最後の晩餐だから……奮発しちゃお!」
ステーキと寿司を、両方頼んだ。
「両方とか、セレブじゃん!私、セレブ!」
ウィーンって音とともに、豪華な料理が出てくる。
「うわっ、すごい!本格的!」
ステーキ、分厚い。焼き加減も完璧。寿司も、めっちゃ新鮮そう。マグロの赤身が宝石みたいに光ってる。光を反射して、キラキラしてる。
「いただきます!」
ステーキをナイフで切る。柔らかい。スッと刃が入る。一口食べると、肉汁が口の中に広がる。
「うまっ!これマジでうまい!」
寿司も一貫。口の中でとろける。シャリの温度も完璧。
「幸せ……肉も魚も、全部美味しい!」
もぐもぐ食べながら、鏡に映る自分を見る。バニースーツ姿で、ステーキと寿司を食べてる高校生。
「なにこれ、シュールすぎる」
でも、笑えてくる。
グンちゃんに少しあげる。
「はい、グンちゃん。今日は特別」
「にゃあ」
「ねえボトル子、完成したよ。完璧だった。お祝いの食事、豪華でしょ」
ボトル子は笑ってる。
窓の向こうを見る。ケンタくんも、同じように食べてる。窓越しに、ささやかな祝杯を上げる。コップを持ち上げて。
「乾杯……」
ケンタくんも、同じようにコップを上げる。
窓越しの乾杯。音はしない。でも、心は通じてる。喜びと、達成感と、そして、迫りくる終わりの予感。
胸の中が、いろんな感情で、ごちゃ混ぜになってる。嬉しいのに、寂しい。満足してるのに、物足りない。
「嬉しいんだけど……寂しいっていうか……複雑……」
食事を終えて、再び鏡の前に立つ。バニースーツ姿の自分。
「ねえボトル子、このバニースーツさ……最初は超嫌だったんだけど……」
ボトル子を見る。
「今は、なんか……気に入っちゃった」
くるっと回ってみる。しっぽがふわって揺れる。
「大人っぽいでしょ?」
ウサギの耳を触る。
「これで私も、大人の女ね!」
自虐的に笑う。でも、心の底では、ちょっと本気。
「バニースーツ着て、廃墟でデジタルツイン作る女子高生。斬新すぎる」
また笑う。一人で。でも、楽しい。
「ミカに話したら、絶対信じないだろうな」
窓の外を見る。ケンタくんの部屋の明かりがついてる。
「ケンタくんは……どう思うかな。このバニースーツ姿」
顔が熱くなる。なに考えてるんだろ、私。
「って、見えてるか!窓越しだし!」
慌てて窓から離れる。でも、すぐに戻る。
今日の出来事を振り返る。完成した。奇跡を作った。ケンタくんと、一緒に。
でも、終わりが近い。あと2日で、この島から出られる。東京に帰れる。ミカに会える。家族に会える。普通の生活に戻れる。
それは、嬉しいはずなのに。
「なんで、こんなに複雑な気持ちなんだろう……」
バニースーツの生地を撫でる。滑らかで、心地いい。
「このバニースーツ……持って帰れないかな」
小さく呟く。記念に。この28日間の、証として。
その時、グンちゃんが、メモを運んできた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!」
駆け寄る。ハイヒールが、カツカツって音を立てる。首輪を見ると、メモがついてる。外して、開いて、読む。
『よく、頑張ったな』
「……!」
たった一言。でも、その言葉が、私の心に、じんわりと染み渡った。温かいものが、胸の奥から広がっていく。
「ありがとう……」
涙が出そうになる。こらえる。でも、止まらない。嬉しい。すごく嬉しい。認めてもらえた。一緒に頑張った相手に。
私は、返事を書こうとした。ペンを走らせる。でも、何度も、言葉を書こうとしては、消した。
ありがとう、だけじゃない。楽しかった、だけじゃない。もっと、違う、言葉。
でも、なんて書けばいいか、分からない。
考えて、考えて、やっと一つの言葉が出てきた。
『一緒に脱出できたらいいのに』
読み返す。これでいい……かな。本当は、もっと違う言葉を伝えたいんだけど。まだ、自分でもよく分からない。この気持ちが、なんなのか。胸の奥で渦巻いてる、名前のつけられない感情。
「お願い、グンちゃん。届けてくれる?」
「にゃあ」
「ありがとう」
グンちゃんは、いつもより少しだけゆっくりとした足取りで、彼の元へと運んでいった。まるで、私の気持ちの重さを感じ取ってるみたいに。
窓の外を見る。ケンタくんの部屋に、明かりがついてる。すぐそこ。手を伸ばせば届きそうなくらい近い。
こんなに近いのに。こんなに遠い。もどかしい。ガラス一枚が、こんなに分厚い壁に感じる。
でも、その距離が、私たちを、強く結びつけてるのかもしれない。会えないからこそ、こんなに相手のことを考えてしまう。考えずにはいられない。
鏡をもう一度見る。バニースーツ姿の私。
「これで私も、大人の女ね」
もう一度、自虐的に笑う。でも、心の中では——
『ちょっと、本気で思ってる』
そんな自分を認めて、少し照れくさくなる。
【残り日数:2日】
画面の数字を見る。あと2日。もう2日しかない。
祭りの後の、静けさが、部屋を満たしてる。でも、その静けさの中に、確かな充実感がある。
「おやすみ、26番さん」
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
「おやすみ、ケンタくん」
今夜も、一人じゃなかった。
バニースーツを着た私。最初は嫌だったのに、今はもう、大切な思い出の一部になってる。
そして、残り2日。もうすぐ、終わる。
でも、まだ、やることがある。最後まで、全力で、この島と向き合う。
それが、私の、答え。




