第83話 昼・デジタルツインの誕生
6時間の計算時間。待つしかない。
「眠い……マジで眠い……」
三日連続の徹夜が、今になって一気に押し寄せてくる。瞼が重い。重すぎる。もう、瞼に鉛が詰まってるんじゃないかってくらい。
「もう、無理……限界……」
ベッドに倒れ込む。バニースーツのサテン生地が、シーツの上で滑らかに滑る。柔らかい。気持ちいい。意識が、するすると遠のいていく。
「ねえボトル子……ちょっとだけ……寝るね……」
その声も、最後まで言い終わる前に、私は深い眠りに落ちた。
夢も見ない。ただ、深く、深く。体が鉛みたいに重くて、動けない。でも、心地いい。安心できる。ここは、もう私の場所になってる。
どれくらい時間が経ったんだろう。
ピピピピピ!ピピピピピ!
「……!」
けたたましいアラームの音で、目を覚ます。
「うわっ!起きて!起きなきゃ!」
飛び起きる。バニースーツが体に密着してるから、動きやすい。時計を見ると、昼過ぎ。
「完成してる……!?」
心臓が、胸を内側から叩いてる。ドクンドクンって、痛いくらい。お腹もすいた。でも、今それどころじゃない。
「とりあえず、おにぎり!」
タッチパネルでおにぎりを2個注文。梅干しと鮭。ウィーンって音とともに、温かいおにぎりが出てくる。湯気が立ち上ってる。
「いただきます!」
かじる。もぐもぐ。寝起きの体に、お米の優しさが染みる。塩気が効いてて、めっちゃ美味しい。海苔の香りが口の中に広がって、生きてるって実感する。
「あー、生き返る!」
もう1個も一気に食べる。グンちゃんが、じっと見てる。
「にゃあ?」
「グンちゃん、完成したかもしれない……!一緒に見よう!」
「にゃあ」
「ねえボトル子、完成したよ!見て!」
ボトル子は笑ってる。いつもの、優しい笑顔。でも、今日はなんだか、特別な笑顔に見える。
PCの前に座る。ゲーミングチェアの座り心地が、今日は特別気持ちいい。バニースーツの生地が、椅子の上で滑らかに滑る。画面を見る。
『処理が完了しました』
「……!」
手が震える。全身が震えてる。マウスを握る。手が汗ばんでる。開く。画面を見る。
そして。
そこに映し出されていたのは——
完璧な、軍艦島のデジタルツインだった。
「すごい……」
息を呑む。声が出ない。言葉が見つからない。
マウスでぐるぐる回してみる。建物のディテール。壁の染み一つ一つ。錆びた手すりの質感。地面に落ちた小石の影まで。すべてが、寸分違わず、完璧に再現されている。
「マジで……すごい……これ……本物……」
ズームする。もっと近く。もっと、もっと。端島銀座の路地。地面の亀裂。地獄段の階段。一段一段の削れ具合。五十段の擁壁。コンクリートの質感。すべてが、そこにある。
「完璧……これ、完璧だよ……」
涙が、勝手に溢れてくる。止められない。視界が滲む。でも、画面は見える。完璧な、軍艦島が、そこにある。
それは、私一人では、絶対に作れなかった。
彼一人でも、絶対に作れなかった。
私たちが、二人で、28日間かけて、全力で、魂を込めて、作り上げた奇跡の産物だった。
「1+1が、∞になるって……こういうことなんだ……」
涙が止まらない。拭っても、拭っても、次から次へと溢れてくる。でも、悲しくない。嬉しくて、嬉しくて、胸がいっぱいで。
「ねえボトル子、見て。すごいでしょ。完璧でしょ。できたよ、ついに。私たち、やったよ」
ボトル子は笑ってる。いつもより、もっと優しく笑ってる気がする。
「グンちゃんも見て」
「にゃあ」
「すごいでしょ。これ、私たちが作ったんだよ」
「にゃあ」
窓の向こうを見る。ケンタくんも、画面を見てる。同じものを。彼も、きっと、同じ気持ち。同じように感動してる。
私たちは、窓越しに、目が合った。
次の瞬間、私は思わず立ち上がって、窓に向かって手を上げた。ハイタッチの形。バニースーツのしっぽが、動きに合わせて揺れる。
ケンタくんも、同じように手を上げる。
窓越しの、無音のハイタッチ。
パチン。
音はしない。でも、分かる。確かに、伝わってる。
また。
パチン。
また。
パチン。
何度も、何度も。止まらない。もっと、もっと。
涙で、画面が滲んで見える。拭う。また見る。またケンタくんを見る。彼も、泣いてる……?
分からない。でも、きっと、同じ気持ち。同じように、胸がいっぱいで、言葉にならない気持ち。
今日も、一人じゃなかった。
そして、奇跡を作った。ケンタくんと。一緒に。二人で。
完璧な、軍艦島。デジタルツイン。未来に残る。永遠に。
26番さんの想いも。あの一輪の花も。全部。全部、残る。消えない。絶対に。
「嬉しい……すごく嬉しい……」
胸がいっぱいで、言葉にならない。でも、心の中で、何度も繰り返してる。
ありがとう。
ありがとう、ケンタくん。
ありがとう、26番さん。
ありがとう、軍艦島。
ありがとう。




