第80話 昼・論理と感情の融合
そこから、私たちの本当の共同作業が始まった。
ケンタくんは、No.26の日記の短い文章から、彼の行動パターンと心理状態を分析していく。
グンちゃんがメモを運んでくる。
1通目。
「にゃあ!」
「グンちゃん、ありがとう」
読む。
『No.26の日記を分析した。彼は論理的思考が強い』
2通目。
「にゃあ!」
読む。
『でも、日記の後半は感情的な記述が増えている。孤独で感情的になっていた』
3通目。
「にゃあ!」
読む。
『矛盾する行動パターン。論理と感情の衝突。歪みが発生する可能性のある座標を割り出す』
4通目。
「にゃあ!」
読む。
『候補は3箇所。65号棟屋上、30号棟地下、灯台最上階』
「3箇所……どこ?」
私は、目を閉じた。
考える。
No.26の孤独を想像した。
この部屋で、たった一人、絶望していく感覚。
毎日、毎日、データと向き合う。
誰とも話せない。
グンちゃんもいない。
ボトル子もいない。
たった一人。
「孤独……すごく孤独……」
もし私だったら……
どこに呪いを込める?
一番高い場所。
そこから、全部を、見下ろせる場所。
全部を、ぐちゃぐちゃにしたくなるかもしれない。
目を開ける。
「65号棟の屋上!そこが怪しい!」
声が出る。
島内最大の建物。
一番高い場所。
そこから全てを見下ろせる。
メモを書く。
『65号棟の屋上!そこが怪しい!一番高い場所。そこから全てを見下ろせる。孤独な人間が呪いを込めるなら、そこだと思う』
グンちゃんに託す。
「お願い、グンちゃん」
「にゃあ」
すぐに返事。
「にゃあ!」
読む。
『了解。そこを集中的に調べる』
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、65号棟の屋上だと思う。私の直感。当たって」
ボトル子は笑ってる。今日は、祈ってくれてる気がする。
私の直感と、ケンタくんの分析が、一点で交わった。
「交わった……私たち、ちゃんとチームになってる!」
お腹がすいた。
タッチパネルで昼食を注文。
冷やしたぬきうどん。
「冷やしたぬきうどん!」
ウィーン。出てきた。うどんの匂い。だしの匂い。
部屋は冷たくて、冷たいうどんがちょうどいい。
出てきた冷やしたぬきうどん。
冷たくて美味しそう。
天かすがたっぷり。
一口すする。
「冷たい!美味しい!」
つるつる食べる。
天かすのサクサク感がいい。
「天かす、美味しい!」
グンちゃんにも少しあげる。
「はい、グンちゃん」
「にゃあ」
食べながら、ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、ケンタくんと直感が合ったんだよ。すごいでしょ」
ボトル子は笑ってる。今日は、励ましてくれてる気がする。
食べ終わって、すぐに作業に戻る。
私たちは、65号棟のデータに集中した。
画面を見る。
データを開く。
屋上を見る。
拡大する。
もっと拡大。
「……」
座標データを一つ一つ確認する。
X座標。
Y座標。
Z座標。
全部見る。
「……」
1時間経った。
「……見つからない」
2時間経った。
「……まだ見つからない」
3時間経った。
その時。
「……あった!」
屋上の片隅。
保育園があった場所。
そこに、異常な座標データがある。
たった一つだけ。
でも、それが全ての歪みの原因。
「コアデータ……これが……!」
そして、ついに、歪みの中心にある、たった一つの異常なデータ。
「コアデータ」を発見した。
「見つけた……!コアデータ!」
メモを書く。
『見つけた!コアデータ!65号棟屋上、保育園があった場所!』
グンちゃんに託す。
「お願い、グンちゃん」
「にゃあ」
返事が来る。
「にゃあ!」
読む。
『よくやった。除去作業に入る』
罠を解除する過程で、私たちは、PCの奥深くに隠されていた、もう一つのファイルを見つけた。
「ファイル……?もう一つ……?」
開く。
見る。
「……!」
それは、たった一枚だけ。
不完全ながらも美しくレンダリングされた写真だった。
そこに写っていたのは、コンクリートの隙間に健気に咲く、一輪の小さな黄色い花。
「黄色い花……一輪だけ……」
言葉が出なかった。
胸がいっぱいになる。
涙が出そうになる。
No.26は、ただの脱落者じゃなかった。
私たちと同じように、この島に愛情を注いで、何か美しいものを遺そうとした。
クリエイターだったんだ。
「同じ……クリエイター……」
「26番さん……」
絶望のデータの中に、一輪の花だけが、か細く、それでも確かな希望を示すプラチナ色の光を放っているのを、私は確かに感じ取った。
彼の孤独。
絶望。
そして、最後の希望。
その一枚に凝縮されている気がした。
彼も、この島が好きだったんだ。
この廃墟が好きだったんだ。
美しいものを残したかったんだ。
でも、孤独だった。
一人だった。
だから、壊れてしまった。
「26番さん……分かるよ……私も、一人だったら……壊れてたかもしれない……」
涙が溢れてくる。
「ごめんね……あなたは一人だった……でも、私には……ケンタくんがいた……グンちゃんがいた……ボトル子がいた……」
「ごめんね……」
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、見て。26番さんの写真。花。一輪の花。きれい」
ボトル子は笑ってる。今日は、優しく笑ってる気がする。
グンちゃんも見てる。
「にゃあ」
「グンちゃんも見て。きれいでしょ」
「にゃあ」
メモを書く。
『この花、残そう。26番さんの想いを、未来に繋ごう』
グンちゃんに託す。
「お願い、グンちゃん」
「にゃあ」
返事が来る。
「にゃあ!」
読む。
『賛成。俺が補正する。ユイは配置場所を決めてくれ』
考える。
65号棟。
片隅。
写真が撮られたであろう場所。
保育園があった場所。
子どもたちが遊んでいた場所。
そこに、そっと配置しよう。
メモを書く。
『65号棟の片隅。写真が撮られた場所に。保育園があった場所に』
グンちゃんに託す。
「お願い」
「にゃあ」
過去の挑戦者の魂を救済し、その想いを未来へ継承する。
これが、私たちの最後の仕事。
大切な仕事。
「26番さんの想いを、未来に繋ぐ。それが私たちの使命」
今日も、一人じゃなかった。
そして、26番さんの想いを、未来に繋ぐ。




