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第78話 夜・浮かび上がるゴーストと一輪の花

夜。お腹がすいた。でも、時間がない。


タッチパネルでカップ麺注文。またカップ麺。塩味。


「また塩ラーメン……もう何杯目?」


お湯を注いで3分。待つ。ピピピ。できた。


蓋を開けてずるずるすする。


「……味がしない。もう、味がしない……ただのエネルギー補給だ」


もぐもぐ食べる。グンちゃんも見てる。


「にゃあ」


「グンちゃん……ごめんね、余裕なくて」


「にゃあ」


食べながらも、PCの画面に釘付けだった。統合処理。進んでる。でも、遅い。遅々として進まない。


プログレスバー。43%。


「43%……遅い……まだ半分もいってない……」


そして、最初の問題が発生した。


「……!」


配置したはずの30号棟のモデルが、地形データにめり込んでいる。


「うそ……めり込んでる!」


隣の日給社宅は、なぜか宙に浮いていた。


「宙に……浮いてる……まるで幽霊ゴーストみたい!」


「なんで……どうして……」


座標データが、ズレてる。原因が分かった。基準点のわずかな誤差。


「基準点の誤差……そんな小さなことで……!」


グンちゃんがメモを運んできた。4回目。


「にゃあ!」


「グンちゃん!」


開く。読む。


ケンタくんから、技術的な解説が書かれたメモが届く。原因は、基準点のわずかな誤差。やっぱり。


これを修正するには、何万もの座標データを、一つ一つ手作業で修正していくしかない。


「何万……一つ一つ……手作業……うそでしょ……」


気が遠くなる。でも、やるしかない。


「……やるしかない、か。やるしかないよね!」


決意する。マニュアル本を振る。


「ファイト!オー!私!負けない!」


アイドルっぽく。気合を入れる。


メモを書く。


『やろう』


グンちゃんに託す。


「お願い、グンちゃん」


「にゃあ」


「ありがとう」


その夜、私たちは、一睡もしなかった。徹夜。


画面に並ぶ無数の数字。ひたすらにらめっこを続けた。


座標を修正。また修正。次々と。一つ。また一つ。繰り返す。


アイドルの衣装は、汗でぐっしょりと重くなっていた。気持ち悪い。


PCが吐き出す熱気で、部屋の空気がよどんでいく。暑い。


眠気覚ましに、コーヒーを淹れた。淹れて、飲む。苦い。でも、飲む。また淹れる。また飲む。何杯も。


眠気覚ましに淹れたコーヒーの、苦い香りと味だけが、私の感覚の全てだった。


「コーヒー……これだけ……もう何も感じない……」


作業を続ける。座標修正。また修正。


グンちゃんがメモを運んでくる。5回目。


「にゃあ!」


「グンちゃん、お疲れ様」


読む。


『こっちは48号棟完了』


「すごい!」


返事を書く。


『こっちは31号棟完了!』


グンちゃんに託す。


「お願い」


「にゃあ」


緊迫した作業の途中、フリフリのスカートの裾が、PCの排気口に吸い込まれそうになった。


「あぶなっ!」


手で押さえる。


「危なかった……吸い込まれるとこだった!」


非実用的な衣装と、極限の集中力が求められる作業。そのギャップが、なんだかもう、おかしくて笑えてきた。


「くすっ……何やってるんだろう、私……アイドル衣装で徹夜作業って……」


小さく笑う。でも、続ける。修正。また修正。


眠い。眠すぎる。立ち上がって、アイドルの歌を歌ってみる。


「らんらんら〜ん♪ 負けない気持ち〜♪」


振り付けも真似る。手を振って、ターン。


「きゃは☆」


気分転換。少し元気が出た。


「よし、続けよう」


座る。作業再開。


ボトル子に話しかける。


「ねえボトル子、徹夜だよ。笑わないで。でも……やるしかない」


ボトル子は笑ってる。今日は、応援してくれてる気がする。


グンちゃんは寝てる。


「にゃあ……」


「グンちゃん、お休み……私は……まだ頑張る」


作業を続ける。修正。数字。無数の数字。目が痛い。でも、続ける。


深夜1時。


グンちゃんがメモを運んでくる。6回目。


「にゃあ……」


疲れてる。


「グンちゃん……ありがとう……」


読む。


『あと少し。頑張ろう』


「……!」


涙が出そうになる。ケンタくんも頑張ってる。私も頑張らなきゃ。


返事を書く。


『うん。頑張る』


グンちゃんに託す。


「お願い……グンちゃん……」


「にゃあ」


「ありがとう……」


その時だった。


PCのファンの音が、これまで以上に激しくなった。


「……?」


ブォォォォォン!!


「うわっ!すごい音!」


異常な唸り声。まるで悲鳴を上げてるみたい。


温度計を見ると、CPUの温度が95度を超えている。


「95度!?やばい!熱暴走する!」


画面にエラーメッセージが表示される。


『警告:システム温度が危険レベルです』


「やばい……やばいやばい……!」


その瞬間。


バチッ!


火花が散ったような音がして——


バツン!


突然、部屋の電気がすべて消え、PCのファンも音を止めた。


世界が真っ暗になった。


「……え?」


真っ暗。一瞬、何が起こったか分からなかった。目を開けても何も見えない。


「停電……!?」


心臓がバクバクする。早い。怖い。Day 12の悪夢が、一瞬で蘇る。


「怖い……また……データが……」


あの時、1時間の作業が消えた。でも今回は——徹夜で何時間も作業したデータが……


「うそでしょ……お願い……」


真っ暗な部屋。何も見えない。手を伸ばしても、何も。完全な暗闇。静寂。


私だけが、ここにいる。


「ボトル子……」


手探りで机の方へ。壁を伝って。冷たい壁。震える手。


「お願い……お願い……戻って……」


数秒後——いや、永遠のように感じた数秒後——予備電源に切り替わったのか、部屋の明かりが再び灯った。


「……ついた!よかった!」


ほっとする。でも、PCの画面は、真っ暗なままだった。


「うそ……でしょ……」


心臓が、嫌な音を立てる。ドクン、ドクンって。


「お願い……お願い……」


慌ててPCを再起動する。手が震える。震えが止まらない。


「お願い……お願い……お願い!起動して!」


電源ボタンを押す。起動音がする。ピッ。


「起動して……お願い……」


Windowsのロゴ。青い画面。長い、長い起動時間。


デスクトップが表示された。


「よかった……動いた……」


でも、さっきまで何時間もかけて処理していたデータは……?


Reality Captureを起動する。手が震える。汗が冷たい。マウスを握る手が汗ばんでる。


「お願い……残ってて……お願い……」


プロジェクトファイルを開く。


そして——


「……あった!」


自動保存機能。5分おきの自動保存。


Day 12の停電の教訓。あの時から、私は自動保存を必ず設定するようにしてた。


「あった……データ、残ってる……!」


最後の手動保存から5分前のデータ。少しだけ戻ったけど、ほとんど残ってる。


「よかった……よかった……」


涙が溢れる。安堵の涙。


「Ctrl+S……Day 12の教訓……ありがとう、あの日の私……」


グンちゃんが心配そうに見てる。


「にゃあ?」


「大丈夫……大丈夫だよ、グンちゃん……データ、残ってた……」


「にゃあ」


深呼吸する。落ち着く。


「よし……続けよう……もう少しで終わる……」


作業を再開する。今度はもっと頻繁に、手動でも保存しながら。


ケンタくんも、同じように戦ってる。窓の向こう。明かりがついてる。


「ケンタくんも……頑張ってる……一人じゃない」


それが、力になる。


そして、ついに。深夜3時。


最後の建物を配置する瞬間が来た。


「最後……最後の一つ……」


21号棟。金魚と小鳥の願いが書かれた、あの建物。


マウスをドラッグする。配置する。


カチッ。


「……できた」


画面を見る。完成した軍艦島の3Dモデル。


全ての建物が、正しい位置に配置されている。マウスでぐるぐる回す。島が回る。建物が見える。全部見える。


「すごい……完成した……」


涙が溢れてくる。止まらない。


「完成……した……」


ボトル子に見せる。


「ねえボトル子、見て……完成したよ……停電もあったけど……でも……完成した……」


ボトル子は笑ってる。今日は、とても誇らしそうに見える。


グンちゃんを起こす。


「グンちゃん、起きて……完成したよ……」


「にゃあ?」


「見て……完成したの……」


「にゃあ!」


グンちゃんも見てる。すごい。


二十六日間の戦いが、ここに結実した。停電という試練も乗り越えて。


メモを書く。


『完成した』


グンちゃんに託す。


「お願い……グンちゃん……最後のメモ……」


「にゃあ」


「ありがとう……」


グンちゃんが出発した。7回目のメモ運び。


しばらくして、返事が来た。


「にゃあ!」


「グンちゃん……」


開く。読む。


『お疲れ様。よく頑張った』


「……!」


涙が止まらない。嬉しい。疲れた。でも、嬉しい。


ふと、思う。


「……あれ?そういえば、これってLINEとかメッセンジャーとかでやりとりできなかったのかな?」


グンちゃんを見る。首輪にメモを挟んで、何度も往復してくれた。


「PCあるんだから、チャット機能とかあったんじゃ……」


でも、グンちゃんの温もり。メモを運んでくれる時の「にゃあ」って声。それが、どれだけ心の支えになったか。


「……まぁいいか。グンちゃんが運んでくれたから、頑張れたんだもん」


グンちゃんを撫でる。


「ありがとう、グンちゃん。あなたは最高の運び屋さんだよ」


「にゃあ」


グンちゃんは、少し誇らしげに見えた。


【残り日数:4日】


画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。


あと4日。でも、完成した。ついに、完成した。


停電という危機も乗り越えて。Day 12の教訓が、私を救ってくれた。


今夜も、一人じゃなかった。そして、ケンタくんと一緒に、徹夜で戦ってる。


辛い。でも、一緒。それが、嬉しい。


完成への達成感が、胸を満たす。

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