第74話 昼・島民たちの声と公民館の記憶
役場跡の内部に入る。
「中……どうなってるんだろう」
書類が散乱している。
時間が止まってる。
「書類……たくさん……時間が止まってる」
撮影開始。
ローアングルで撮ろうとする。
かがむ。
「あれ?」
スカートが突っ張る。
タイトスカート。
「うわ、この生地、硬くて全然曲げられない!タイトスカート!」
思うような体勢が取れない。
「こんな格好で廃墟撮れとか、マジで何のテストなのよ!いじめ?!」
一人で愚痴る。
でも、撮影を続ける。
カシャ、カシャ。
書類、壁、床、天井。
全部撮る。
1時間くらい撮影して、休憩。
書類を見てみる。
島内放送のメモがある。
「これが実際の島内放送のメモ……」
手に取る。
節水を呼びかける内容。
「『本日も節水にご協力をお願いします』……毎日放送されてたんだ」
水不足。
常に島民を悩ませてた問題。
でも、職員は水不足を感じなかった。
「格差……ここにもあったんだ」
お昼になった。
お腹がすいた。
部屋に戻る。
タッチパネルで昼食注文。
丸の内弁当。
「丸の内弁当!?OL弁当じゃん!」
ウィーン。出てきた。煮物の匂い。焼き魚の匂い。ご飯の匂い。温かい匂い。
部屋は冷たいけど、その冷たさがちょうどいい。
出てきた丸の内弁当。
すごい。
豪華。
「うわぁ……!」
蓋を開ける。
いろんなおかずが入ってる。
ちょっとずつ。
「いろんなおかずがちょっとずつ入ってて、嬉しいな。OLさんになった気分!」
食べる。
「いただきます」
煮物、焼き魚、卵焼き、お浸し、ご飯。
「煮物……美味しい……焼き魚も……卵焼き、甘い……全部美味しい……」
グンちゃんにも少しあげる。
「はい、グンちゃん」
「にゃあ」
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、丸の内弁当だよ。豪華でしょ。OLさん気分」
ボトル子は笑ってる。今日は、なんだか満足そうに見える。
食べ終わって、午後の撮影。
役場跡に戻る。
撮影を続ける。
その途中。
「あれ?」
一冊の議事録を見つけた。
手に取る。
開く。
読む。
議題は、「閉山後の、住民の再就職について」。
「閉山後……再就職……」
そこには、未来への不安が書かれていた。
でも、それでも前を向こうとする、島民たちの力強い言葉が、生々しく記録されていた。
「未来への不安……でも、前を向こうとしてる……」
読む。
一文字一文字。
私は、その一文字一文字を、レンズを通して、心に刻みつけた。
カシャ。
撮る。
記録する。
残す。
「この言葉、残さなきゃ……」
撮影を終えた。
時計を見る。
まだ時間がある。
「近くに21号棟がある……行ってみよう」
メモを書く。
『21号棟、行かない?』
グンちゃんに託す。
「お願い、グンちゃん」
「にゃあ」
しばらくして、返事が来た。
「にゃあ!」
「グンちゃん、ありがとう」
読む。
『行こう』
「行こうって……嬉しい」
21号棟へと向かう。
建物が見えてきた。
「あれが21号棟……」
近づく。
目を凝らす。
「あれ?床に何か……石?」
建物の前に、飛び石のように平らな石が並べられていた。
「飛び石……?こんなところに飛び石?」
立ち止まる。
周りを見渡す。
他の建物には、こんなものはなかった。
「島内で、この建物だけなんだ……飛び石があるの」
なぜだろう。
誰が、何のために。
「誰が置いたんだろう……何のために……」
飛び石を踏んで、建物に入る。
1階。
派出所があったフロア。
「ここが派出所……」
中に入る。
撮影しながら進む。
カシャ、カシャ。
「派出所……ここで駐在さんが働いてたんだ」
奥に何か見える。
近づく。
「あれは……檻?」
頑丈な木製の格子。
収監用の檻。
今も残ってる。
「収監用の檻……今も残ってる……」
触る。
冷たい。
硬い。
「でも、犯罪はほとんどなかったって資料に書いてあった……酔っぱらいの酔い覚ましに使われた程度だって」
一島一家族。
みんな同じ会社の職員。
だから、犯罪も少なかった。
「みんな家族みたいだったから……犯罪も少なかったんだ」
撮影する。
檻を撮る。
カシャ、カシャ。
上の階へ上がる。
2階、3階。
室内の保存状態がいい。
建物に囲まれてるからかも。
「保存状態……いい……建物に囲まれてるから風雨が少ないんだ」
撮影を続ける。
カシャ、カシャ。
ある部屋に入った時。
「……!」
息を飲む。
襖に、文字が書かれていた。
子どもの字。
「金魚と小鳥をおねがいします。えさは少しでいい。金魚のえさはとりかごの上のほう。金魚はベランダにおいてあります」
その文字の横に。
金魚と小鳥の絵。
「……っ」
胸が締め付けられる。
金魚と小鳥。
ペットだ。
大切にしてたペット。
でも、閉山で、置いていかなきゃいけなかった。
「置いていくしかなかったんだ……金魚も小鳥も……」
子どもは、最後まで諦めきれなかったんだ。
誰かが、見つけて、面倒を見てくれるかもしれないって。
そう信じて、襖に書き残したんだ。
「誰かが……見つけて……面倒見てくれるって……信じて……」
涙が溢れてくる。
止まらない。
「うっ……ぐすっ……」
声が漏れる。
涙が頬を伝う。
金魚も。
小鳥も。
きっと。
「ごめんね……誰も……見つけられなかったんだね……」
小さな命。
大切な家族。
でも、置いていくしかなかった。
子どもの想い。
必死の願い。
「きっと……もう……」
言葉にならない。
ただ、泣く。
涙が止まらない。
カメラを構える。
涙で視界が滲む。
でも、撮らなきゃ。
カシャ。
襖を撮る。
文字を撮る。
金魚と小鳥の絵を撮る。
カシャ、カシャ。
涙が止まらない。
でも、撮り続ける。
「残さなきゃ……この想い……残さなきゃ……」
カシャ、カシャ、カシャ。
撮り終えた。
カメラを下ろす。
襖の前に座り込む。
「ごめんね……」
手を合わせる。
「あなたの想い……ちゃんと残すから……」
しばらく、そこに座っていた。
涙が乾くまで。
立ち上がる。
深呼吸。
「ありがとう……教えてくれて」
21号棟を出る。
時計を見る。
まだ時間がある。
「近くに公民館跡がある……行ってみよう」
メモを書く。
『公民館跡、行かない?』
グンちゃんに託す。
「お願い、グンちゃん」
「にゃあ」
しばらくして、返事が来た。
「にゃあ!」
「グンちゃん、ありがとう」
読む。
『行こう』
「行こうって……嬉しい」
私たちは、スーツ姿のまま、近くの公民館跡に向かった。
もちろん、通信手段はグンちゃん経由のメモだ。
「グンちゃん、よろしくね」
「にゃあ」
公民館跡に到着。
「着いた……」
39号棟。
ピンク色の建物。
でも今は、塗装が剥がれてる。
「ピンク色……今はほとんど見えないけど、昔は可愛かったんだろうな」
暗い階段。
上る。
上りきった。
ケンタくんがいる。
彼の足が止まった。
見る。
ひび割れた壁の向こうに、かつての集会室らしき空間が広がっている。
「集会室……ここで、島の人たちが集まってたんだ」
床にはガラス片が散らばっていた。
夕陽が差し込む。
橙の光が、埃を金色に浮かび上がらせる。
「きれい……」
私が先に歩み出した。
窓辺に立つ。
外を見る。
「ここ……、なんか懐かしい匂いするね」
ケンタくんが首をかしげるのが、気配で分かった。
「懐かしい?」
彼の声。
「うん……私さ、小さい頃にお祖母様からこの島の写真を見せられて……よく秘密基地ごっこしたの。あの時は怖くなくて、むしろ宝物探しみたいにワクワクしてた」
笑う。
懐かしい。
でも、ケンタくんは、ただ黙って私を見ていた。
「でもさ、今はちょっと違う……ここに立つと、誰かの声が残ってる気がするんだ」
窓から目を離す。
ケンタくんのほうを振り返る。
彼は、視線を逸らさずに問いかける。
「怖くないのか?」
考える。
「……怖いよ。だけど――それ以上に、知りたいの」
私は近くの机の上に腰を下ろした。
足を軽くぶらつかせる。
微笑む。
「ここで何があったのか……どうして残されてるのか……そういう謎を追いかけてると、自分が生きてるって実感するんだ」
その言葉に、ケンタくんは返す言葉を失ったようだった。
沈黙。
ふと、窓から吹き込む風が埃を舞い上げた。
ケンタくんが小さく咳き込む。
「大丈夫?」
私は立ち上がる。
何気なく彼の背中をさすった。
「ほら、無理しないで……ケンタが倒れたら、私、心細いから」
軽く言ったつもり。
でも、その一言に、彼の肩が少しだけ強張ったのが分かった。
ケンタくんは、ほんの一拍置いてから笑った。
「お前ってさ、やっぱり変わってるよ」
「変わってるのはお互い様でしょ」
笑う。
舌を出す。
「べー」
また子どものように笑った。
その笑顔を、彼は目を逸らさずに見つめていた。
廃墟の夕暮れ。
彼の目には、どう映っていたんだろう。
今日も、一人じゃなかった。
そして、ケンタくんと、少しだけ距離が縮まった気がした。




