第73話 朝・スーツと最後の日常
二十五日目の朝。
体の疲れは、もう慣れた。
二十五日間。
この島での生活が、体に馴染んでる。
LAUNDRYボックスを開ける。
今日は何だろう。
期待と不安。
今日の衣装は、リクルートスーツだった。
「リクルートスーツ……?」
手に取る。
黒いジャケット。
黒いスカート。
白いブラウス。
「なんで今リクルートスーツ!?意味わかんない!」
声が出る。
就活なんてまだ先なのに。
よく見る。
ジャケットを着てみる。
「あれ?肩が……」
触る。
硬い。
「しかもこのジャケット、肩パッドすごくない?昭和のバブル期?」
時代を感じる。
肩パッドがすごい。
肩が張って見える。
「昭和感すごい……映画で見たことある」
まるで、卒業後の未来を暗示しているみたいで。
少しだけ、胸が締め付けられた。
「未来か……就職……働くってこと……」
グンちゃんが見てる。
「にゃあ?」
「どう?似合う?」
「にゃあ」
「変だよね……私もそう思う」
でも、着る。
仕方ない。
鏡を見る。
OL?
就活生?
「違和感……めっちゃ違和感……」
でも、着るしかない。
これが今日の衣装だもん。
朝食のタッチパネルを開く。
モーニングセット。
「モーニングセット!豪華じゃん!」
ウィーン。出てきた。卵の匂い。パンの匂い。バターの匂い。温かい匂い。
部屋は冷たいけど、その冷たさが朝の目覚めを促してくれる。
出てきたモーニングセット。
すごい。
ホテルの朝食みたい。
「うわぁ……豪華……」
スクランブルエッグ、トースト、サラダ、ヨーグルト、フルーツ。
「全部ある!完璧な洋食の朝ごはん!」
スクランブルエッグを一口。
「美味しい!スクランブルエッグがふわふわ!とろとろ!」
もぐもぐ食べる。
トーストも食べる。
サクサク。
「トースト、サクサクで美味しい!バターの香り!」
「非日常な衣装と日常的な食事のギャップを楽しむ……って、これどういう状況?」
一人で言う。
誰にも聞かれてないけど。
グンちゃんにも卵を少しあげる。
「はい、グンちゃん」
「にゃあ」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、今日はリクルートスーツだよ。変でしょ?」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。今日は、なんだか楽しそうに見える。
「変だよね。でも豪華な朝食で嬉しい」
食べ終わって、スケジュール確認。
【Day25:旧役場跡・公民館】
「旧役場跡と公民館か……」
PCで資料を開く。
22号棟。
この島のかつての行政の中心だ。
高島町役場の端島支所があった場所。
「役場……行政の中心……大事な場所だ」
読み進める。
5階建ての公営住宅で、1階に役場、2階から上が公務員住宅。
三菱の職員住宅に比べると、公務員の部屋は狭かったらしい。
「公務員なのに狭いんだ……三菱の方が力あったってこと?」
島では公務員の立場が微妙だったのかも。
役場内には、今でもたくさんの書類が残ってる。
島内放送のメモもあって、節水を呼びかけるものが多い。
「節水……やっぱり水不足が深刻だったんだ」
でも、元島民の話では、職員は水不足を感じたことがなかったって。
職員用の水は常に豊富に蓄えられてた。
「職員と鉱員の格差……そんなのがあったんだ」
一島一家族と言われた軍艦島でも、格差は歴然とあった。
「みんな平等じゃなかったんだ……」
島内放送の原稿も残ってる。
昭和44年9月8日、皇太子殿下と美智子妃殿下が軍艦島を船上から視察された時の原稿。
「皇太子様が!?今の上皇陛下!?」
読んでみる。
『役場からお知らせします。本日午前10時45分に皇太子殿下、美智子妃殿下のお召し船が表海岸を通過しますので、表海岸から見えるアパートではなるべく洗たく物などを室内に入れ、日の丸のある家庭では日の丸を掲揚して下さいますようご協力お願いいたします』
「洗濯物を室内に入れて、日の丸を掲げて……みんなで皇太子様をお迎えしたんだ」
島の人たちが、どれだけこの日を大切に思ってたか。
想像できる。
公民館は39号棟。
島内で唯一、壁面が薄桃色に塗られた建物。
「ピンク色!可愛い!」
1階は図書室や事務所、2階は娯楽室や調理室、被服室、3階は集会場。
「図書室にはコミック本があって、学校の図書室より人気だったって……そりゃそうだ。私も学校の図書室よりコミック本の方がいい」
公民館は、端島主婦会や婦人会の活動拠点だった。
料理教室や生花教室も開かれてた。
「公民館、めっちゃ使われてたんだ。島の人たちの絆の場所」
靴を履く。
革靴のようなもの。
履いて、歩く。
「あれ?滑る!」
ツルツル滑る。
瓦礫の上で。
「危ない!これで撮影、大丈夫かな……」
不安。
でも、行くしかない。
カメラとドローンを準備。
グンちゃんに話しかける。
「行ってくるね、グンちゃん。靴が滑るけど……頑張る」
「にゃあ」
「ありがとう」
ボトル子にも。
「行ってきます、ボトル子」
ボトル子は笑ってる。今日は、応援してくれてる気がする。
「うん、いってらっしゃい」
旧役場跡に到着。
建物を見る。
「役場……古い……でも、大きい」
中に入る。
撮影開始。
「よし、撮影始めよう」
今日も、一人じゃなかった。
そして、リクルートスーツという不思議な格好で、島の行政の中心を撮影する。
「不思議な組み合わせ……でも、これも思い出になる」




