第70話 朝・バニー拒否と地下探検
二十四日目の朝。
体は疲れてる。
でも、その疲れも悪くない。
二十四日間の積み重ねが、体に染み付いてる。
起き上がって、LAUNDRYボックスをチェックする時間。
でも今日は、ボックスの上に紙袋が置いてあった。
「ん?今日は紙袋?」
いつもと違う。
不吉な予感がする。
恐る恐る開けると──
「!?」
私は、静かに、そして強く、それを閉じた。
バタン!
心臓がバクバクする。
嘘でしょ、嘘でしょ、嘘でしょ!?
もう一回確認。
もしかして見間違い?
そうだよね、そうに決まってる!
開ける。
見る。
「……」
中には、黒い、光沢のある生地でできた、どう見てもバニースーツとしか言いようのない衣装が入っていた。
胸元が大きく開いたハイレグのレオタード。
白いふわふわのしっぽ。
手首につけるカフス。
蝶ネクタイ付きの首輪。
そして頭にはワイヤー入りの黒いウサギの耳。
「……限度ってものがあるでしょ!」
声が震える。
いや、これはもう完全に嫌がらせのレベルを超えている!
「これはもう……嫌がらせのレベルを超えている……!」
怒りが込み上げる。
巫女服やメイド服は、まだギリギリ我慢できた。
でも、これはダメだ。
絶対に。
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、見て!バニースーツだよ!?着られないよ!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。今日は、少し困ってる気がする。
笑ってる場合じゃないから!
グンちゃんも見てる。
「にゃあ?」
「グンちゃん、どう思う?やっぱり変だよね!?」
「にゃあ」
「だよね!変だよね!」
私は、油性ペンを取り出した。
紙袋に、大きく力強く書く。
『拒否』
そして、LAUNDRYボックスに叩き返した。
「返す!絶対着ない!」
代わりに、予備で置いてあった無地のTシャツとジーンズに着替える。
着替えて、鏡を見る。
「普通……普通が一番……」
やっと落ち着く。
はぁ。
朝食のタッチパネルを開く。
おにぎりだ。
「おにぎり……」
ウィーン。出てきた。米の匂い。梅干しの匂い。温かい匂い。
部屋は冷たいけど、その冷たさが気持ちを落ち着かせてくれる。
出てきたおにぎり。
シンプル。
梅干しと鮭。
「こんな日は、もうおにぎりに限る……余計なこと考えずに済むから……」
自分に言い聞かせて、もぐもぐ食べる。
口の中に無理やり詰め込む。
一口かじる。
梅干し。
「酸っぱっ!」
でも美味しい。
鮭もしょっぱい。
でも、美味しい。
グンちゃんにも少しあげる。
「はい、グンちゃん」
「にゃあ」
ボトル子に愚痴る。
「ねえボトル子、バニースーツだよ。信じられる?拒否したよ。絶対着ない」
ボトル子は笑ってる。今日の笑顔は、なんだか応援してくれてる気がする。
食べ終わって、気分は最悪だ。
でも、撮影はある。
スケジュール確認。
【Day24:アンダーグラウンド】
「アンダーグラウンド……地下施設か」
資料を開く。
読む。
軍艦島には様々な地下施設があった。
65号棟の地下には米穀倉庫や製氷室、理容美容室。
59号棟から61号棟の地下は連結されていて、共同浴場と生協の購買部。
そして、ドルフィン桟橋から30号棟へと続く人道トンネル。
「地下……暗そうだな」
少し怖い。
でも、行かなきゃ。
懐中電灯のバッテリー残量をチェック。
入念に確認する。
100%。
「よし、100%!」
カメラとドローンを準備。
予備の懐中電灯も持つ。
「よし……」
グンちゃんに話しかける。
「行ってくるね、グンちゃん。地下だから暗いかも。でも頑張ってくる」
「にゃあ」
ボトル子にも。
「行ってきます、ボトル子。バニースーツ、拒否してよかったよね」
ボトル子は笑ってる。今日は、励ましてくれてる気がする。
「だよね」
まずは65号棟へ。
島内最大の建物。
地下施設も充実しているらしい。
「65号棟……ここだ」
地下への階段を見つけた。
入口には木製のスリットが設置されている。
板をはめ込んで浸水を防ぐ仕組み。
「浸水対策……操業時も地下への浸水に悩まされてたんだ……」
階段を下りる。
一歩。
また一歩。
ひんやりした空気。
湿度が高い。
暗い。
「ひんやり……湿ってる……暗い……」
心臓がドキドキする。
懐中電灯をつける。
カチッ。
地下は、いくつもの部屋に分かれていた。
米穀倉庫。
製氷室。
そして──
「理容美容室……!」
会社経営の理容美容室。
古びた椅子が残っている。
鏡も。
床に散らばった髪の毛の残骸は、もうない。
でも、ここで髪を切ってもらっていた人たちの姿が想像できる。
「ここで……みんな髪を切ってもらってたんだ……」
カシャ、カシャ。
撮影する。
椅子。
鏡。
壁の染み。
次は66号棟へ。
独身寮。
離島建築初の地下階を持つ建物。
「66号棟……あった!」
4階建ての建物。
コの字型。
外壁に、何か文字が書かれている。
「文字……?」
近づいて読む。
『あれから幾十年! この端島は荒れるにまかせて 朽ち果て くち果てていた この島はもう再び よみがえることはない』
「……」
胸が締め付けられる。
無人島になってからの落書き。
でも、この言葉には、深い感慨が込められている。
「朽ち果てていく島……でも、私たちが記録してる……この島は、よみがえらないかもしれない……でも、記憶は残せる……」
カシャ。
メッセージを撮影する。
次は59号棟から61号棟の地下へ。
ここは連結された一つの空間になっている。
「連結されてる……広い……」
半分は共同浴場。
半分は生協の購買部。
島内で最大規模の商店だった場所。
「ここで買い物してたんだ……」
今日も、一人じゃなかった。
そして、この島の記憶の層を、もっと深く知ることができた。




