第6話 夜・時間の化石と働く意味
PCの前に座って、深呼吸。今日の815枚のデータ。昨日より多い。しかも質も高いはず。
「よし、行くぞ」
Reality Capture起動。写真を取り込んで、Align Images実行。
処理開始。今日は30分くらいかかるらしい。
「待ってる間、お菓子でも……」
ポテチをボリボリ。昨日の残り。
「あ、賞味期限……まあいいや」
食べちゃえ。モニターを見つめながら、足をぶらぶら。椅子が高くて、足が床につかない。
「この椅子、私には高すぎ。誰用?大人用?男の人用?」
15分経過。プログレスバーが半分くらい。
「まだ15分……長い。暇。スマホ見たい。あ、圏外だった」
ポテチ食べ尽くした。ゴミ箱に捨てようとして、手が滑る。
「あっ!」
空き袋が床に落ちる。拾おうとして、椅子から転げ落ちそうになる。
「わわっ!危ない!」
なんとか踏みとどまる。
「落ち着け私。なんでこんな慌ててるの。深呼吸深呼吸」
ピコン。処理完了の音。固唾を飲んで画面を覗き込む。
そこに現れたのは——
まるで銀色の光の粒が空中で舞い、形を成していくような、無数の記憶の星屑だった。点群が輝いている。光の海だ。
昨日とは比べ物にならないほど高密度な点群。
「え……うそ……できた!すごい!」
間違いなく、今日一日格闘したドルフィン桟橋の形してる。コンクリートの質感、階段の構造、複雑に絡み合う鉄骨まで、はっきり分かる。点群がめっちゃ細かい。
「昨日たった3つの写真で絶望しかけたのが嘘みたい!」
マウスでぐりぐり動かしてみる。ちゃんと立体になってる。橋脚の下側、波に洗われる部分まで完璧。ドローン様様だ。
「ドローンのおかげ……いや、私が諦めなかったおかげ!」
思わずガッツポーズ。天井の監視カメラに向かって、満面の笑みでピースサインまでしちゃった。
「見てる?私、やったよ!どやっ!」
誰も見てないかもしれないけど、関係ない。
Create Modelを実行。今日は処理が速い気がする。PCも慣れてきた?
「いや、私が慣れてきたんだ」
30分後、精密な3Dモデルが完成。ポリゴン数は9000万超え。
「また多い!」
画面の左下に表示される数字を見て、また驚く。
「90,000,000……きゅうせん……まん……」
もう、数えるのも諦めた。大きすぎて実感わかない。これ、本当に全部必要なの?こんな細かさ、人間の目で見分けられるの?
「でも大丈夫、Simplifyすればいいんでしょ?もう慣れた!」
1000万まで削減。浄化するみたいに、余計なものがそぎ落とされていく。でも見た目はほとんど変わらない。
「技術ってすごいよね。8000万も減らしてるのに、見た目同じとか。マジック?」
PCのファンが激しく唸ってる。部屋の温度も上がってきた。夜なのに蒸し暑い。この島の湿気、夜でも容赦ない。
Unwrap実行。またあのチェッカーフラッグが出る。白黒の市松模様。
「これ、もう怖くない。テスト画像だもん。知ってる知ってる」
昨日パニックになったのが恥ずかしい。無知って怖い。
Texture実行。20分待つ。長い。
待ってる間、解説資料を読み返す。
「昭和29年、初代完成。昭和31年、台風で流出……」
「昭和33年、二代目完成。昭和34年、また台風で流出……」
「昭和37年、三代目完成。これが今残ってる桟橋」
3回。3回も挑戦した。普通、2回も失敗したら諦めるよね。
「すごいよ……」
私なんて、たった1回の失敗で泣きそうになったのに。比較にならない。
ピコン。処理完了の音。
画面に現れたのは、完璧なドルフィン桟橋の3Dモデル。
錆びた鉄骨の質感、コンクリートの亀裂、塩が固まった白い跡。全部、全部再現されてる。波の痕跡まで。
「これ……今日私が撮った……」
マウスで視点を動かす。橋脚の下をくぐる。階段を上る。先端まで行く。
「本当にあの場所にいるみたい。ここ、さっき立ってた場所だ」
画面の中で、波が橋脚に打ち寄せている。風が吹いている。そんな錯覚を覚える。動いてないのに、動いてる気がする。
写真から、空間が、記憶が、再構築されていく。それは魔法みたいだった。
「フォトグラメトリって、ただ形を写すだけじゃない」
「時間を封じ込めるんだ」
画面の中の桟橋に、そっと触れる。モニター越しだけど、触れてる気がする。
『時間の化石』
昭和の人たちの汗と、執念と、諦めない心。それが、この3Dモデルの中に宿っている気がした。確かに、ここに。
海底水道取込口も同じように処理する。データは少なかったけど、ちゃんと形になった。堤防に開いた大きな穴。ここから、命の水が島に流れ込んできたんだ。
「できた……」
画面の中に、時間が閉じ込められている。『時間の化石』が、また一つ。
その瞬間、タッチパネルが再び軽やかな音を立てた。
手が、止まる。
『ミッション達成ボーナス!特別ディナーがアンロックされました』
【夕食】焼肉定食(3,000円)
「やっぱり連動してるんじゃん!」
私の高揚感に、システムが反応したんだ。この監禁生活、ただのサバイバルじゃない。誰かが作ったゲーム盤の上なんだ。AIが見張ってる?それとも人間?
昨日の寿司と同じだ。嬉しい、けど怖い。
「よし、その挑戦受けてやる!」
3,000円のボタンをポチッ。これは祝杯だ。さっき焼き魚食べたけど、お腹にはまだ余裕ある。若さって素晴らしい。
出てきた熱々の鉄板の上で、カルビがジュージューと音を立ててる。煙がもくもく。
「この匂い反則でしょ!白米がいくらあっても足りない!最高すぎる!」
箸でお肉をつまんで、口に運ぶ。
「うまっ!ジューシー!肉汁が!」
タレがご飯に染みて、これがまた美味い。幸せって、こういうことを言うんだ。
「幸せ……」
一口ずつ味わいながら、今日のことを振り返る。
朝は失敗した。ドローンを暴走させて、泣きそうになった。というか泣いた。
でも諦めなかった。マニュアルを読み直して、自動撮影モードを見つけた。
そして成功した。完璧に。
「ドルフィン桟橋は2回流されても、3回目を作った」
「私も、1回失敗したくらいで諦めちゃダメだ。まだまだいける」
最後の一切れを口に入れる。美味しい。
「ごちそうさまでした」
残高34,850円。また減ったけど、後悔なし。確かな手応えがあった。一歩、前に進めた。確実に。
夕食後、再び解説資料を開いた。今日の達成感が、この島のことをもっと知りたいという好奇心を掻き立てる。
2度も台風に壊されて、それでも3度立ち上がったドルフィン桟橋。諦めない心。執念。
「今日の私なんて、ドローンが暴走しただけで、もうダメだって諦めかけたのに」
この島の人たちの強さ、私の想像を遥かに超えてる。次元が違う。
働くことの意味なんて、考えたこともなかった。コンビニのバイトは、推しのライブグッズを買うためのお金稼ぎでしかなかったし。時給いくら、って計算して、何時間働けばグッズが買えるか、そればっかり。お母さんは「ちゃんと働きなさい」って言うけど、正直ピンと来なかった。
でも、この島の人たちは、日本の未来のために、家族のために、誇りを持って働いてたんだ。お金だけじゃない、何か別の大きなもののために。
ファインダー越しに見た錆びた鉄骨が、急に彼らの汗と情熱の結晶のように思えてきた。一本一本に、物語がある。
完成した3Dモデルは、時間を封じ込めた『時間の化石』だ。
「なんか、じーんとくるなぁ」
私は、その化石にそっと触れた。マウスをなぞる。
画面の中で、桟橋が静かに佇んでいる。60年前、ここから何千人もの人が島に降り立った。家族が、希望が、夢が、この桟橋を通ってこの島にやってきた。そして、またこの桟橋から去っていった。
「ありがとう。あなたの記憶、ちゃんと残したから」
【残り日数:28日】
朝の失敗、昼の発見、夜の成功。今日は、大きく前に進めた日だった。
「あと28日。頑張るぞー!」
PCの電源を落とす前に、もう一度3Dモデルを見る。ドルフィン桟橋と海底水道取込口。今日の成果。
「おやすみ、ドルフィン桟橋。おやすみ、海底水道取込口」
今日も長い一日だった。失敗もあった。泣きそうにもなった。でも、確実に前に進んでる。
明日はどんな建物と出会えるんだろう。楽しみだ。
でも、胸の奥に小さな不安が残る。
誰かが見てる。私の成果を、私の努力を。
ベッドに横になって、目を閉じる。
明日も、きっといい日になる。
そう思いながら、静かに眠りに落ちていった。




