第66話 夜・不完全なモデルとメンテナンス
夜。
お腹がすいた。
「お腹すいたー!」
部屋に戻って、タッチパネルで夕食を注文。
ローストビーフ定食!
「ローストビーフ定食!?」
ウィーン。出てきた。肉の匂い。焼けた匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
出てきたローストビーフが、分厚すぎる。
「分厚っ!こんな分厚いローストビーフ、お店で食べたら絶対高いやつじゃん!」
フォークとナイフで切って、一口食べる。
「うまっ!柔らかい!」
口の中でとろける。
ソースも絶品。
「ソースも美味しい!もう最高!」
もぐもぐ食べながら、グンちゃんにも少しあげる。
「はい、グンちゃん」
「にゃあ」
「美味しい?」
「にゃあ」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、ローストビーフ美味しいよ。豪華だよね」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
食べながら、PCを見る。
処理がまだ終わってない。
「まだかー……」
プログレスバー、95%。
「もうすぐだ……」
食べ終わる頃、ピコン。
「完成!」
「処理が完了しました」
「やったー!」
画面を開いて、3Dモデルを見る。
65号棟だ。
マウスでぐるぐる回してみる。
コの字型の構造。
旧棟と新棟の高さの違い。
「ぐるぐる……すごい、複雑な形がちゃんと……」
でも、ようやく完成した3Dモデルは、完璧ではなかった。
外壁の劣化が激しかった建物の下の部分が、ノイズだらけ。
歯抜けのようになっている。
「うそ……写真が足りなかった……撮れてなかった……」
肩を落とす。
「明日、撮り直しか……がっくり……」
疲れた。
ボトル子に愚痴る。
「ねえボトル子、失敗した……撮り直し……また明日……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「笑わないでよー……」
その時、グンちゃんがメモを運んできた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!」
首輪からメモを外して、開く。
『データ、見た。明日、俺がドローンで低空飛行して、死角をカバーする。ユイは、地上から望遠で狙ってくれ』
「!」
見てくれたんだ。
明日、カバーしてくれる。
頼もしい。
少しだけ、元気が出る。
メモの追伸を読む。
『重い機材で、腰、痛めてないか?猫のポーズのヨガがいいらしいぞ』
「!」
言われてみれば、腰が痛い。
気づいてた?
嬉しい。
でも。
「猫のポーズは猫が一番上手いに決まってるでしょ!グンちゃん、そう思わない?」
「にゃあ?」
「でしょ?」
私は、悪態をつきながらも、やってみることにした。
床に四つん這いになる。
「よいしょ……えーっと……」
背中を丸める。
ぎこちない。
次は反らす。
「痛っ!」
凝り固まった腰の筋肉が、ミシミシと音を立てる。
痛いけど、効く気がする。
もう一回。
丸めて、反らす。
グンちゃんが見てる。
「にゃあ?」
「変?」
「にゃあ」
「変だよね……でも続けるから!」
窓の向こうのケンタくんも、同じポーズをしていたら、ちょっと面白いな、なんて思いながら。
四つん這いのケンタくん。
想像してクスッと笑える。
何回かやって、終わり。
立ち上がる。
腰が少し楽になった。
「ケンタくん、ありがとう……」
一息ついてから、私はいつもの日課に取り掛かる。
机の引き出しを開けて、専用のクリーニングキットを取り出す。
いつの間にか支給されていた。
ありがたい。
カメラを手に取る。
レンズを見て、確認する。
「うわ……埃がすごい……」
コンクリートの粉塵と、うっすらと塩気を帯びた汚れがレンズや金属部分に付いていた。
内陸の建物でも、島全体が潮風に包まれているんだ。
「ごめんね、相棒……」
柔らかい布を取り出して、クリーニング液を垂らす。
丁寧に、優しく磨き上げていく。
円を描くように。
埃と汚れが取れていく。
「きれいになってきた……」
この島に来てから、機材は私の唯一の武器で、友達だ。
毎晩こうして手入れをすることが、明日への儀式みたいになっていた。
レンズがきれいになった。
ピカピカ。
ドローンも磨く。
全部きれいにする。
「よし、完璧!おやすみ、相棒たち……」
【残り日数:8日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
あと8日。
背中は痛い。
でも、それが、確かな絆に変わっていく。
ケンタくんとの絆。
機材との絆。
この島との絆。
全部、大切。
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
「おやすみ、ケンタくん」
「おやすみ、相棒たち」
今夜も、一人じゃなかった。
そして、明日への準備ができた。
静寂が、部屋を包む。




