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第65話 昼・計算時間と東京の味

午前中の撮影を終えて、部屋に戻る。


「ただいまー……」


チアガール衣装は、風で埃っぽくなってる。


「うわ、埃まみれ……」


スカートもトップスも、なんだか薄汚れてる。


内陸の建物だから、コンクリートの粉塵がすごかった。


「まあ、波に濡れるよりはマシか……」


グンちゃんが、玄関で待っててくれた。


「にゃあ!」


「グンちゃん、ただいま。抱っこしたいけど、汚れてるから後でね」


着替えなきゃ。


Tシャツとジーンズに着替えると、やっとほっとする。


「はぁ……やっと人間に戻れた……」


タッチパネルでラーメン注文。


今日は塩ラーメンがある。


「塩ラーメン!」


ウィーン。出てきた。ラーメンの匂い。醤油の匂い。温かい匂い。


でも、この部屋は相変わらず冷たい。


出てきたラーメンから、いい匂いが立ち上る。


「いただきまーす!」


箸で麺をすくって、ずるずるっとすする。


「うまっ!塩味!塩分is正義!」


風と埃の中で撮影した後のラーメンは、最高に美味しい。


体が塩分を欲してるのが分かる。


「美味しい……」


もぐもぐ食べながら、グンちゃんに話しかける。


「グンちゃんも欲しい?」


「にゃあ」


「ラーメンはあげられないけど、後でちゃんとごはんあげるからね」


ボトル子にも報告。


「ねえボトル子、今日の撮影すごかったよ。ケンタくんと一緒に。風、すごかったけど、楽しかった」


ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。


食べ終わって、PCを起動。


早速データ処理しなきゃ。


今日の写真を取り込む。


65号棟の外壁、窓枠。


旧棟と新棟の違い。


児童遊園の跡。


全部。


「よし……」


グンちゃんが、何か首輪につけて走ってきた。


「にゃあ!」


「グンちゃん?あ、USBメモリ!」


ケンタくんからだ!


首輪から外して、PCに差し込む。


「開いて……」


レーザーデータだ。


点の集合体が、正確に65号棟の複雑な形を表してる。


コの字型の構造、旧棟と新棟の高さの違い、屋上の保育園の跡。


全部正確に。


「すごい……正確すぎる……10階建てと9階建ての違いまで完璧に……」


私の写真と統合しよう。


ボタンをクリック。


「統合処理……開始!」


プログレスバーが表示される。


部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。


「処理中……」


1%。


「遅っ!」


二つの巨大なデータを統合する処理は、これまでで一番時間がかかりそう。


プログレスバーが、牛歩の如くゆっくり進んでいく。


「牛歩……まさに牛歩だわこれ……」


2%。


「まだ2%……暇すぎる……」


待つしかない。


でも、手持ち無沙汰だ。


グンちゃんを見る。


「グンちゃん、暇だね」


「にゃあ」


「だよねー」


部屋の中を見回すと、机の上に島の地図がある。


広げてみよう。


島の全体図が描かれてる。


私が行った場所に印をつけていく。


港、学校、病院……


「結構行ったなあ……」


まだ行ったことのない場所を見ると、児童公園のマークがある。


島の中心部だ。


「児童公園……行ったことない……」


処理が終わるまで時間があるし、ちょっと探検してこようかな。


「ねえグンちゃん、探検行こう」


「にゃあ」


「一緒に来てくれる?」


「にゃあ」


「ありがとう!ボトル子、行ってきます!」


ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。


「よし、行こう」


グンちゃんと一緒に、島の中心部へと向かう。


建物の間を抜けて、地図を見ながら進む。


「この辺のはず……あ、さっき撮影した65号棟の中庭だ!」


そして、見つけた。


「あった!」


錆びて崩れかけたブランコ、シーソー、そして地球の形をした回転ジャングルジム。


草が足元に絡みつく。


でも、確かにここは公園だ。


「子供たちの公園……さっき上から見たやつ……」


ブランコに近づいて、座ってみる。


「よいしょ……」


足を動かして、ゆっくりと漕ぐ。


キィ、キィ。


錆びた音が、静かな島に響く。


揺れる。


前、後ろ、前、後ろ。


風が吹く。


空を見上げる。


「空、青いなあ……」


ブランコに揺られながら、ふと東京の記憶が鮮明に蘇った。


ミカ。


親友のミカ。


「ミカと恋バナしながら食べた、あのコンビニのアイスの味……ミント感強めのやつ、美味しかったなあ……」


夕暮れの帰り道に鳴ってた、チャイムの音。


あのチャイム、毎日聞いてた。


懐かしい。


ここで失われた日常のディテールが、今のどうしようもない孤独と、でも、いつか帰れるっていう未来への希望を、くっきりと浮かび上がらせる。


孤独……でも、帰れる。


いつか、帰れる。


グンちゃんが足元で見てる。


「にゃあ」


「グンちゃん……ここで、たくさんの子供たちが、空に向かって足を伸ばし、笑い声を上げていたんだろうな……」


65号棟の屋上にあった保育園の子供たち。


220人もの園児たち。


彼らもここで遊んだのかもしれない。


その幻聴が、聞こえる気がする。


キャッキャッと笑う子供たちの声。


ブランコを漕ぐ音。


笑い声。


「ここ……楽しい場所だったんだね……」


今日も、一人じゃなかった。


グンちゃんがいる。


そして、子供たちの記憶も、ここにある。


温かい。

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