第64話 朝・チアガールと共同戦線
二十二日目の朝。
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。二十二日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
もう体が島の時間に慣れちゃったのかな。
「よいしょ……」
ベッドから起き上がって、LAUNDRYボックスに向かう。
今日はどんな服なんだろう。
恐る恐る開けると──
「チアガール!?」
鮮やかな青と白のチアリーディング衣装が、綺麗に畳まれて入っていた。
トップスはVネックで、スカートは……
「え、待って、スカート短すぎでしょ!?」
プリーツスカートを広げてみる。
膝上20センチくらい。
これ、ちょっと動いたら危険なやつじゃん。
「しかもポンポンまで付いてる……」
キラキラした銀色のポンポン。
完全にコスプレ用。
「いや、もう何でもいいけど!何でもいいけどさ!」
ここまで来ると、もう何着せられても驚かない。
私、悟りの境地に達したかも。
「はぁ……着ればいいんでしょ、着れば」
鏡の前でチアガール衣装を合わせてみる。
トップスはピタッとしてて、スカートは──
「……意外と、コレも私に合ってるかも?」
いや、こんな状況で何言ってんだ私。
「まあ、いいか。グンちゃん、どう思う?」
「にゃあ?」
グンちゃんが首を傾げて私を見てる。
「似合ってる?……って、猫に聞いてどうすんだよ!」
一人でツッコんでから、恐る恐るチアガール衣装に着替える。
トップスを着て、スカートを履く。
「うわ……やっぱり短い……」
鏡を見る。
ポンポンを持ってみる。
なんだか妙にテンション上がる自分がいる。
キラキラしてる。
「これで撮影って……動きづらそう……」
いや、でも意外と動きやすいかも?
布面積が少ない分、軽いし。
って、そういう問題じゃない!
朝食のタッチパネルを開くと、今日のメニューは──
「メロンパンだ!」
ウィーン。出てきた。パンの匂い。甘い匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
出てきたメロンパンが、想像以上にデカい。
コンビニの倍くらいある。
「大きっ!これ一個で満腹になりそう」
一口かじると、外側のクッキー生地がサクサク音を立てる。
「サクサク!カリカリ!」
中はふわっふわで、ほんのり甘い。
「うまっ!外はカリカリ、中はふわふわ。甘いパンって、朝から幸せな気分になるな」
もぐもぐ食べながら、ふと思う。
ビキニの時に比べたら、布面積が多い……いや、そうでもないか。
「ビキニよりはマシ……マシなのか?どっちもどっちかも……」
窓の外を見ると、ケンタくんの部屋の方でドローンのライトが点滅してる。
「ん?なんだあれ?」
パカパカ、パカパカ。
規則的に光ってる。
「点滅してる……モールス信号?」
理系男子の考えることは、正直よく分からない。
でも、何か伝えようとしてるのは確か。
その時、グンちゃんが紙飛行機を咥えて走ってきた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!紙飛行機!」
慌てて駆け寄って、グンちゃんの口から紙飛行機を受け取る。
「ありがと、グンちゃん!」
開いて読むと、今日の共同作戦が書いてあった。
【Day22:65号棟】
「65号棟……?」
『ここは複雑な形状だから、二人でやろう。俺がレーザーで全体の形状を押さえる。ユイは、外壁の劣化部分と窓枠の細部の撮影に集中してくれ』
「!」
初めての、本格的な共同作業だ!
「ケンタくんと……一緒に……!」
嬉しくて、思わずポンポンを握りしめる。
キラキラしてて、なんだか元気が出る。
「うん、頑張る!」
ボトル子に報告しなきゃ。
「ねえボトル子、今日はケンタくんと共同作業なんだって!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「すごいでしょ!初めての本格的な共同作業!」
グンちゃんにも自慢する。
「グンちゃん、聞いた?一緒に頑張るんだって!」
「にゃあ」
「そうなの!二人で協力して、完璧なモデル作るんだから!」
カメラとドローンを準備して、いざ出陣!
「行ってきます、ボトル子!」
「行ってくるね、グンちゃん!」
「にゃあ」
グンちゃんが見送ってくれる。
よし、行こう!
65号棟に向かう道のりで、ロケハン開始。
島の中心部、30号棟の南側に位置する建物。
遠くから見ても、その巨大さが際立っている。
「あれが65号棟……島内最大の建物……」
近づいていくと、その複雑な構造がよく見える。
「コの字」型の建物が、まるで人を包み込むように立っている。
解説資料によると、報国寮という通称で呼ばれていた鉱員社宅。
戦時中の1945年から建設が始まって、1958年の増築で最終形になった。
「戦時中に建てられた……国内最大規模の建物だったんだ……」
建物は10階建てと9階建てが合体した不規則な形。
南側の新しい方が10階建てで、外壁が薄緑色。
東側と北側の古い方が9階建て。
その屋上には、かつて保育園があったらしい。
「屋上に保育園……!全国で一番高い場所にあった幼稚園として有名だったって……すごい……」
「着いた……」
建物の前に立つと、想像以上に劣化が激しい。
島の内陸部に位置していて、周囲を他の建物に囲まれている。
でも、建物の間を抜ける風が──
「風、強っ!」
ヒュゥゥゥ……!
強風が建物の間を吹き抜けていく。
コの字型の構造が風のトンネルになってるんだ。
「うわっ!」
一瞬でチアガールのスカートがふわっとあおられる。
「きゃっ!」
慌ててスカートを押さえる。
「この格好で外ってヤバいって……!」
でも、押さえた手をよく見ると──
「あ……見せパンか……」
スカートの下にスパッツみたいな短パンが縫い付けられてる。
完全に見せパン仕様。
「なんだ、最初から対策されてたのか……」
ちょっと安心。
これなら多少あおられても大丈夫。
「よし、撮影に集中しよ」
階段を上がって、建物の外周を撮影していく。
旧棟の方は木製ガラスの引き戸玄関。
新棟の方は鉄製引き戸。
同じ建物なのに、全然違う。
「旧棟と新棟で、こんなに違うんだ……」
カシャ、カシャ。
ケンタくんのドローンが、正確なルートで65号棟の上空を飛んでいく。
まるで測量士みたいに、きっちりとしたコース取り。
「すごい……正確だなあ……」
彼の的確な指示が、メモを通して次々と届く。
グンちゃんが、忙しそうに走り回って運んでくれてる。
「にゃあ!」
「ありがとう、グンちゃん!」
メモを開く。
『次は西側から。窓枠の錆に注目』
「西側……了解!」
移動するために階段を上がる。
その時、下からケンタくんのドローンが飛んできた。
「あ、ケンタくん!下から見ないでよ!……って、まあ見せパンだけど!」
ドローンは何も反応せずに、そのまま上空へ飛んでいく。
「もう……聞こえてるのかな……恥ずかしい……」
顔が熱くなる。
でも、撮影に集中しなきゃ。
移動して、カメラを構える。
窓枠の錆びた質感を丁寧に撮影していく。
カシャ、カシャ。
「錆びた窓枠……細かい質感……」
ヒュゥゥゥ……!
また風が吹く。
スカートがふわっとあおられる。
「きゃっ……あ、もういいや」
見せパンだし、いちいち気にしてられない。
撮影に集中しよう。
カシャ。
「タイミング……今!」
中庭の児童遊園の跡も見える。
錆びて崩れかけた遊具たち。
ブランコ、シーソー、回転ジャングルジム。
「ここで子供たちが遊んでたんだ……」
またスカートがあおられる。
もう気にしない。
「ケンタくんのドローン、どう見えてるんだろ……まあ、見せパンだし別にいっか」
一人じゃない。
そう思うだけで、こんなに心強いんだ。
ケンタくんのドローンが飛んで、私が撮る。
完璧な連携。
「一人じゃないって……こんなに心強いんだ……」
タイミングを合わせるのは難しい。
でも、楽しい。
彼の信頼に応えたい。
その一心で、劣化した外壁の質感、風に揺れる錆びた窓枠を、プロの目で切り取っていく。
カシャ、カシャ、カシャ。
風が吹くたびにスカートがふわふわ。
「もう慣れた……見せパン最高……」
でも、不思議と動きやすい。
軽くて、機敏に動ける。
「意外と……悪くないかも?」
今日も、一人じゃなかった。
そして、初めて、本当に一緒に戦ってる。
それが、たまらなく嬉しかった。




