第58話 朝・青いメイド服と職員社宅
二十日目の朝。
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。二十日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
今日もLAUNDRYボックスを開ける。
今日の衣装は──
「またメイド服!?」
青を基調とした、ミニ丈のロリータ風メイド服。
手に取ってみる。
青い。
すごく青い。
「しかも、青……」
白いエプロンには、これでもかというくらいフリルがあしらわれている。
「フリル多すぎでしょ!もはや、ツッコミを入れる気力も湧かない……」
衣装担当さんの趣味が、だんだん分かってきた気がする。
きっと、こういうのが好きなんだ。
私は、どこか遠い目をして、メイド服に袖を通した。
「はぁ……着ます……」
鏡を見る。
青いメイド。
グンちゃんが見てる。
「グンちゃん、どう?変だよね、分かってる」
「にゃあ」
「ありがとう」
朝食のタッチパネルを開く。
クロワッサンと目玉焼きを注文。
グンちゃん用のカリカリも。
「クロワッサンと目玉焼き……」
ウィーン。壁から出てきた。パンの匂い。卵の匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
出てきた朝食。
メイド服で朝食。
なんか、お嬢様になった気分?
「……いや、ないな」
全然ない。
クロワッサンを一口。
「サクサク!」
目玉焼きも食べる。
「黄身、とろとろ!」
グンちゃんにも目玉焼きを少しあげる。
「はい、グンちゃん。美味しい?」
グンちゃんは喜んで食べる。
「にゃあ」
スケジュール確認。
【Day20:日給社宅の屋上庭園、2号棟、67号棟】
「日給社宅の屋上庭園、2号棟、67号棟……」
資料を確認する。
日給社宅はDay8で外観を撮影したけど、今日は屋上庭園を撮影する。
1966年に造られた青空農園。
子どもたちの教育のための屋上農園。
「屋上に農園……すごい……」
2号棟は神社の麓。
67号棟は独身寮で、X階段という変わった外階段がある。
「今日も撮影がいっぱい……でも、頑張ろう!」
食べ終わって、日焼け止めを塗る。
「完璧!」
カメラとドローンを準備。
グンちゃんが、新しいメモを運んできてくれた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!メモ持ってきてくれたの?」
駆け寄る。
首輪を見ると、メモがついてる。
「ありがとう!」
朝日を浴びて、グンちゃんの茶色い毛並みがキラキラ光っている。
「きれい……」
メモを外して、開く。
読む。
『昨日のデータ、見た。写真には、物語を写す力があるのかもしれないな』
「!」
目を見開く。
「物語を写す力……認めてくれた……!」
素直じゃない、彼らしい褒め言葉。
でも、私の仕事を認めてくれたのが分かって、胸がじんと熱くなった。
嬉しい!
でも、すぐにこうも書かれていた。
『ただ、効率が悪すぎる。そのやり方で、本当に間に合うのか?』
「!?」
「……余計なお世話!」
声が出る。
「余計なお世話だよ!ねえグンちゃん、これ余計なお世話だよね!?」
「にゃあ」
「でしょ!?ボトル子も聞いて!効率が悪いって!むかつくよね!?」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
でも、ちょっと嬉しい。
心配してくれてる……のかな……
私は、むきになって、カメラを持って外に出た。
「見てなさいよ!私のやり方で、あなたを驚かせるようなものを作ってやるんだから!」
グンちゃんに話しかける。
「行ってくるね、グンちゃん。頑張ってくるからね」
「にゃあ」
ボトル子にも。
「行ってきます、ボトル子!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「うん、いってらっしゃい!」
まずは日給社宅から。
Day8で外観を撮影した、あの巨大な建物。
16号棟から20号棟までの5棟が並ぶ、9階建ての建物。
「日給社宅……また来た……」
階段を上がって、上がって。
9階建て。
息が上がる。
「高い……めっちゃ高い……」
でも、頑張る。
「はあ、はあ……あと少し……」
やっと、屋上に到着。
「着いた……!はぁ、はぁ、はぁ……疲れた……」
でも、屋上に出た瞬間──
「わあ……」
そこには、想像していたのとは違う光景が広がっていた。
屋上農園の跡。
「屋上農園……」
資料によると、1966年に造られた青空農園。
子どもたちの教育のための農園だった。
対岸の野母半島から土を運んで。
子どもたちの手で。
「子どもたちが……土を運んだんだ……」
今は何もない。
でも、確かにここに、畑があった。
水田もあった。
「ここで野菜を育てて……収穫祭もしたんだ……」
コンクリートの島。
緑なき島。
そう呼ばれた軍艦島。
閉山前の緑被率は、わずか3.3%。
「3.3%……ほとんど緑がなかったんだ……」
だからこそ、この屋上に農園を造った。
子どもたちに、土を触らせたかった。
野菜を育てる喜びを、知ってほしかった。
「先生たち……子どもたちのこと……ちゃんと考えてたんだ……」
でも、潮風は厳しかった。
収穫は2回が限度。
水漏れの問題もあった。
「厳しい環境……でも……それでも……」
それでも、ここで子どもたちは学んだ。
土の感触を。
野菜の成長を。
収穫の喜びを。
「大切な……思い出……」
私は、いつも以上に丁寧に撮影した。
カシャ、カシャ、カシャ。
屋上の遺構。
土の跡。
排水の跡。
「全部撮る……全部記録する……」
19号棟の屋上には、弓道場の跡もあった。
細長い屋上の造りを活かした、射場と的場。
「弓道場……屋上に……」
カシャ、カシャ。
アンテナの跡も、たくさんある。
「アンテナ天国……」
まるで竹林のように、アンテナが林立していたらしい。
高さを求めた島。
空を求めた島。
「緑なき島……でも……空はあった……」
青いメイド服のスカートが、強い海風にあおられて、バタバタと音を立てた。
「わっ!」
スカートを押さえる。
「風、強い……でも、負けない!」
撮影を続ける。
カシャ、カシャ。
屋上から島を見渡す。
灰色のコンクリートの建物たち。
緑が、ほとんどない。
「緑なき島……」
昭和23年の松竹映画のタイトル。
それがそのまま、この島の呼び名になった。
「3.3%の緑被率……東京でも29%あるのに……」
それでも、島民たちは諦めなかった。
屋上に庭園を造った。
温室を造った。
建物を緑色に塗った。
「ささやかな……緑への憧れ……」
新65号棟も、病院も、緑色に塗られていた。
少しでも、緑を感じたかった。
「私も……そう思う……」
緑のない世界。
想像できない。
でも、ここで暮らした人たちは、それでも笑って、生きていた。
「強いな……」
次は2号棟。
神社の麓に降りていく。
階段を下りる。
「2号棟……あった!」
神社の麓に建つ3階建ての建物。
1950年建設。
戦後集合住宅の先駆けとなった建物。
「戦後の公営住宅やマンションの先駆け……」
それまでの長屋造りから、建物内階段を持ち、玄関も各階2部屋という造りに変わった。
プライバシーが守られるようになった。
「鉄扉が島内で初めて採用されたのも、この建物……」
防火対策。
潮害による腐食のリスクがあっても、安全のために鉄が選ばれた。
カシャ、カシャ、カシャ。
玄関の鉄扉。
錆びた質感。
丁寧に撮る。
「一枚一枚、丁寧に……効率悪くても、いい。私のやり方で……」
最後は67号棟。
独身寮。
「67号棟……あ、あれだ!」
4階建ての建物。
そして、その正面に──
「X階段……!」
風変わりな外階段。
コンクリートの手摺に囲まれた、極めて幅の狭い階段。
実用性はなさそうだけど、建物の外観を決定づける独特のデザイン。
「すごい……何のために作られたんだろう……」
謎めいた階段。
でも、それがこの建物の個性。
カシャ、カシャ、カシャ。
X階段を色々な角度から撮る。
「ケンタくん、見てて……私、頑張るから……」
今日も、一人じゃなかった。
そして、ライバルがいる。
それが、こんなに楽しいなんて。




