第57話 夜・グンちゃん、運び屋になる
部屋に戻って、夕食。
お腹が鳴る。
「お腹すいた……めっちゃすいた……」
タッチパネルで焼肉定食を注文した。
ぽちっ。
奮発。
「焼肉定食!」
「ライバル出現記念に、焼肉で気合入れる!」
ウィーン。出てきた。肉の匂い。タレの匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
出てきた焼肉定食。
お肉がたっぷり。
「すごい!お肉いっぱい!」
「絶対負けないんだから!」
一人で盛り上がった。
やる気満々。
テンション上がる。
箸でお肉を取った。
「いただきます」
一口。
ぱくっ。
噛む。
「美味しい!」
甘辛いタレ。
じゅわっと。
肉汁が溢れる。
「タレが美味しい……」
お肉も柔らかい。
とろける。
「柔らかい……とろける……」
もぐもぐ食べた。
幸せ。
グンちゃんにもお肉を少しあげた。
ほぐして、冷まして。
「はい、グンちゃん」
グンちゃんは喜んで食べた。
もぐもぐ。
尻尾を振ってる。
「美味しい?」
「にゃあ」
「よかった」
ボトル子に話しかけた。
「ねえボトル子、ライバルできたよ」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「ケンタくんって言うんだ」
「レーザースキャンで3D作ってるんだって」
「ずるいよね。でも、負けない」
「私は写真で頑張る」
食べ終わって、今日の撮影データを処理した。
PCの前に座る。
「よし、データ処理しよう」
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
3号棟の、少し暖かい空気感。
家族の温もり。
「暖かい感じ……家族の温もり……」
室内風呂の質感。
コンクリートの冷たさ。
「質感……」
壁紙の跡。
誰かの選択。
「壁紙……」
全部、再現する。
丁寧に、一つ一つ。
Align Images、Create Model、Simplify、Unwrap、Texture。
「いつもの工程……」
処理が終わった。
ピコン。
完成の音。
「できた!」
画面を見た。
息を呑む。
これなら、ケンタくんに負けない。
自信がある。
「負けない……」
生活の温もりまで伝わってくるような、リアルな時間の化石。
まるでそこに建物があるみたいに。
「リアル……」
マウスでぐるぐる回した。
くるくる。
どの角度からも完璧。
「すごい……いい出来……我ながら……」
室内風呂も、壁紙の跡も、ちゃんと見える。
細部まで。
「見える……」
「これなら……!」
私は、一番の自信作である30号棟のデータをUSBメモリに入れた。
最高傑作を。
「30号棟……私の自信作……」
ファイルをコピーした。
ぽちぽち。
「コピー中……」
時間がかかった。
重いから。
データが大きい。
「遅い……」
ドキドキした。
バクバク。
緊張する。
「ドキドキ……」
コピー完了した。
ピコン。
「完了!」
USBメモリを抜いた。
すっ。
慎重に。
「よし……」
グンちゃんの首輪に、そっと結びつけた。
しっかりと結ぶ。
「グンちゃん、お願い」
グンちゃんを見た。
じっと。
目を見て。
「あの部屋まで、届けてくれる?」
グンちゃんは、私の意図を理解したかのように、「にゃあ」と鳴いた。
賢い猫。
「ありがとう……気をつけてね」
グンちゃんは、闇の中へと消えていった。
すたすた。
自信満々に。
「行った……」
窓から見た。
夜の闇を見つめる。
「見える……?」
暗い。
よく見えない。
真っ暗。
「見えない……」
「大丈夫かな……」
不安になった。
心配。
一人で大丈夫かな。
「不安……」
待った。
じっと。
「……」
時間が長く感じた。
めっちゃ長い。
1分が10分に感じる。
「長い……」
ボトル子に話しかけた。
「ねえボトル子、グンちゃん大丈夫かな……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「そうだよね、大丈夫だよね。グンちゃん賢いもんね」
しばらくして、グンちゃんが帰ってきた。
すたすた。
元気に。
「にゃあ!」
「グンちゃん!」
駆け寄った。
だだだっ。
全速力で。
「おかえり!」
抱き上げた。
ぎゅっ。
温かい。
「ありがとう!」
首輪を見た。
何かついてる。
小さなメモを首輪につけて帰ってきた。
返事だ。
「メモ!」
「返事だ!」
手が震えた。
緊張で。
「震える……」
メモを外した。
そっと。
破かないように。
「外して……」
開いた。
読んだ。
一字一句、確認しながら。
『テクスチャの解像度、すごいな。でも、壁の歪み、レーザーなら数秒で補正できる』
「……!」
目を見開いた。
え?
「数秒で補正……?」
「……むかつく!」
声が出た。
思わず。
「むかつく!」
グンちゃんを見た。
「ねえグンちゃん、これむかつくよね!?」
「にゃあ」
「でしょ!?」
でも、嬉しかった。
めっちゃ嬉しかった。
不思議と嬉しい。
「でも……嬉しい……」
初めての、技術論争。
専門的な話。
「技術の話……」
初めての、ライバル。
競える相手。
「ライバル……」
私は、メモを握りしめながら、窓の向こうの明かりを見つめた。
ぎゅっと。
大切に。
「あの明かり……」
ケンタくんの部屋。
同じ高校生。
「ケンタくん……」
「レーザーなんてずるい!」
ボトル子に話しかけた。
本音を。
「ねえボトル子……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「レーザーなんてずるいよね」
「……」
「……でも、ちょっとかっこいい」
小さく呟いた。
ぼそっ。
本当に小さく。
顔が、少し熱くなる。
ボトル子にだけ、本音をこぼした。
秘密。
「ボトル子にだけだよ」
「誰にも言わないでね」
ボトル子は笑ってる。
「約束だよ」
グンちゃんも見てる。
じっと。
「グンちゃんも秘密だよ」
「にゃあ」
「ありがとう」
【残り日数:11日】
画面の数字を見た。赤い数字。冷たい数字。カウントダウン。
「あと11日……」
一人と一匹と一体の、奇妙な共同生活に、新しい風が吹いた。
「新しい風……」
ケンタくん。
佐藤健太。
「ケンタくん……」
ライバル。
競える相手。
「ライバル……」
でも、嬉しい。
めっちゃ嬉しい。
孤独じゃない。
「嬉しい……」
競える相手がいるって。
切磋琢磨できる相手。
「競える相手……」
そして、デートスポットで二人で夕日を見る想像をしてる自分。
「想像……」
恋に恋してる。
そういうことなのかな。
「恋に恋する……」
おやすみ、26番さん。
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
「おやすみ……ケンタくん」
最後に、小さく、彼にもおやすみを言った。
窓の向こうに。
「……」
窓の外の明かりを見た。
温かい光。
「あの明かり……」
明日も、頑張ろう。
負けないように。
「頑張ろう……」
今夜も、一人じゃなかった。
そして、ライバルがいる幸せを、初めて知った。
恋に恋する気持ちも、初めて知った。
「恋に……恋する……」
静寂が、部屋を包む。




