第54話 夜・レーザーと写真
部屋に戻った私は、興奮で、どうにかなりそうだった。
「どうにかなりそう……!」
ドアを開けて飛び込む。
「ただいま!」
グンちゃんが出迎えてくれた。
「にゃあ!」
「グンちゃん!聞いて聞いて!人がいたの!人が!生きてる人間!しかも、男の子!同じくらいの年の!すごいでしょ!?」
抱き上げる。
グンちゃんを抱きしめる。
興奮が収まらない。
心臓が、まだドキドキしてる。
夕食のタッチパネルを開く。
スパゲッティ注文。
「スパゲッティ!」
ウィーンとトレーが出てくる。トマトの匂い。肉の匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
出てきたミートソーススパゲッティ。
フォークで巻く。
「いただきます」
一口。
「……味がしない……美味しいはずなのに……」
もう一口。
「ドキドキして味が分からない!」
興奮しすぎて、味覚が麻痺してる。
でも食べる。
もぐもぐ。
「早く食べて、ボトル子に話さなきゃ……」
急いで食べる。
グンちゃんにもお肉を少しあげる。
「私は味分からないけど、グンちゃんは分かる?」
「にゃあ」
食べ終わって、ボトル子に話しかける。
「ボトル子!聞いて!いたの!人が!男の子が!私、一人じゃなかったんだよ!しかも、手振ってくれた!振り返してくれた!」
机に駆け寄る。
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
早口でまくし立てた。
「あ、それと、麦わら帽子、風に飛ばされちゃった……残念……すごく可愛かったのに……でも、それより!人がいたんだよ!」
興奮が止まらない。
グンちゃんは、私のただならぬ様子に、少し戸惑っているみたいだった。
「にゃあ?」
首を傾げる。
「ごめんね、興奮しすぎて」
でも、止められない。
心臓が、ドキドキする。
PCの前に座っても、作業が手につかない。
窓の外を見る。
彼の部屋の窓。
見える。
明かりが灯っている。
それだけで、胸がいっぱいになる。
「本当に……いるんだ……」
涙が出そうになる。
嬉しい。
でも、なんだか恥ずかしい。
どんな人なんだろう。
話せるかな。
明日、会えるかな。
いろんな思いが、頭の中を駆け巡る。
私は、なんとか気持ちを落ち着けて、今日の撮影データを処理した。
「落ち着け……落ち着け……すーはー……」
深呼吸。
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
灯台の、白く美しい時間の化石。
Align Images、Create Model、Simplify。
いつもの工程。
でも、私の心は、もう、そこにはなかった。
窓の外の明かり。
気になる。
彼のこと、考えてる。
処理が終わった。
ピコン。
「終わった」
でも、確認する気になれない。
後で見よう。
ネットに繋がる、1時間半。
私は、検索窓に、彼が持っていた機械の特徴を打ち込んだ。
『レーザー』『三脚』『3Dスキャン』
検索。
そして、一つの技術にたどり着いた。
「これ……?レーザースキャナー……」
クリックする。
「対象物にレーザーを照射して、その反射で、精密な3Dデータを作成する……フォトグラメトリよりも、ずっと速くて、正確……」
読み進める。
「……!ずっと速くて……正確……?」
「……ずるい」
思わず、呟きが漏れる。
「ずるいよ……」
私は、こんなに苦労して、一枚一枚、写真を撮っているのに。
何百枚も。
何時間もかけて、構図考えて、光読んで。
こんなに頑張ってるのに。
彼は、レーザーで一瞬。
「ずるい……悔しい……」
でも、すぐに、その感情を打ち消した。
「……でも、ちょっと、かっこいいかも」
小さく呟く。
顔が、少し熱くなる。
違う技術を使う、もう一人の挑戦者。
彼は、一体、何者なんだろう。
どんなデータを、作っているんだろう。
気になる。
すごく気になる。
私は、窓の外の、小さな明かりを見つめながら、考えていた。
明日、彼と、話せるだろうか。
話したい。
どんな人なんだろう。
同じ年くらいだった。
高校生かな。
何を考えているんだろう。
私と同じように、孤独だったのかな。
どんな声なんだろう。
笑うのかな。
いろんな想像が、頭の中を駆け巡る。
心臓が、ドキドキする。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、明日、話せるかな……そうだよね、話せるといいな……どうしよう、緊張する……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
グンちゃんも見てる。
「グンちゃんも応援してね」
「にゃあ」
【残り日数:12日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
あと12日。
孤独な世界は、終わりを告げた。
ここから、何が始まるんだろう。
期待。
不安もある。
でも、楽しみ。
すごく楽しみ。
おやすみ、26番さん。
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
窓の外の明かりを、もう一度見る。
小さな明かり。
でも、温かい。
「おやすみ……」
心の中で、呟く。
今夜も、一人じゃなかった。
そして、明日からは、もっと、一人じゃなくなる。
ドキドキする。
胸が、苦しいくらいドキドキする。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
静寂が、部屋を包む。




