第52話 朝・白いワンピースと予感
十八日目の朝。
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。十八日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
LAUNDRYボックスを開ける。今日の衣装は、純白の、シンプルなワンピースだった。
そして、その横には──
「麦わら帽子!?」
麦わら帽子が置いてあった。
リボンがついた、可愛い麦わら帽子。
「白……きれい……」
手に取ってみる。
真っ白。
まるで、何か新しい始まりを予感させるような、清らかな白。
生地は薄くて、軽い。
夏のワンピース。
「……なんだろう、このチョイス」
衣装担当さんの意図は分からないけど。
私は素直に袖を通した。
鏡を見る。
「おお……きれい……なんか新鮮」
いつもと違う雰囲気。
純白の布が、私の肌を明るく見せる。
そして、麦わら帽子を被ってみる。
鏡に映る自分。
白いワンピース。
麦わら帽子。
「……あ」
気づいた。
「これって男の子が大好きな夏の女の子の衣装じゃん!」
雑誌とかで見たことある。
夏の定番。
白いワンピースに麦わら帽子。
顔が、少し熱くなる。
「な、なんでこの組み合わせ……」
でも、可愛い。
すごく可愛い。
夏の日差し。
白い衣装。
なんだか、特別な日みたい。
グンちゃんが見てる。
「グンちゃん、どう?似合う?」
「にゃあ」
「ありがとう」
朝食は、奮発して和食セット。
グンちゃん用のカリカリも忘れずに。
「今日は和食セット!この格好に和食って……なんかおしとやかなお嬢様みたいじゃない?」
ウィーンとトレーが出てくる。焼き魚の匂い。味噌汁の匂い。醤油の匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
箸を持つ。一口食べる。美味しい。
ちょっとだけ、背筋が伸びる気がする。
グンちゃんにも焼き魚をお裾分け。
「はい、グンちゃん」
「美味しい?」
「にゃあ」
食べながら、今日のスケジュール確認。
【Day18:灯台】
「灯台か……」
資料を開く。
島の南端、岩礁の頂上部、一番高い崖の上に立つ、白亜の塔だ。
読み進める。
この灯台が建てられたのは、閉山の後らしい。
炭鉱が稼働していた頃は、島全体が24時間、煌々と光を放っていたから、灯台は必要なかった。
でも、人々が去り、島が暗闇に沈んだ後、船の安全のために、この灯台が建てられた。
「島の、新しい光……素敵な話だ……」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、今日は灯台に行くよ。島の新しい光だって。そして、私は白いワンピースを着てる。なんか、特別な日になりそう」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
食べ終わって、日焼け止めを塗る。
カメラとドローンを準備。
「グンちゃん、行ってくるね」
「にゃあ」
「いい子で待っててね」
ボトル子にも。
「行ってきます、ボトル子」
ロケハンのために、私は灯台へと向かった。
麦わら帽子を被る。
「よし、行こう」
外に出ると、夏の日差しが眩しい。
でも、麦わら帽子が守ってくれる。
「あ、いい……涼しい……」
日差しを遮ってくれる。
ありがとう、麦わら帽子。
純白の布に、光が反射する。
風が吹く。
裾が、ふわりと揺れる。
気持ちいい。
夏と白い衣装。
なんだか、映画のワンシーンみたい。
「私、今、どんな風に見えてるんだろう」
灰色の島。
青い海。
青い空。
その中を歩く、白い服の少女。
麦わら帽子を被った。
誰も見てないけど。
でも、なんだか特別な気分。
「あれ……遠い……」
灯台は、思っていたよりずっと高い場所にあった。
岩礁の頂上部。
島で一番高い場所。
「うわ……あんな高いとこにあるの……」
見上げる。
白い塔が、青い空を背景に、凛として立っている。
白い塔。
青い空。
青い海。
それは、どこか寂しそうで、でも、誇らしげに見えた。
「きれい……でも、登るの……?」
足元を見ると、高台へと続く階段が見える。
コンクリートの、古い階段。
手すりは錆びてる。
「うーん……登ろうかな……どうしよう……」
悩む。
この格好で、あの階段を登るのは大変そう。
汚れちゃうかも。
でも、せっかくここまで来たんだし。
「よし、登ろう!」
決めた。
カメラとドローンのケースを背負い直して、階段に足をかける。
「よいしょ……よいしょ……」
一段、また一段。
思ったより急な階段。
裾が邪魔。
「裾、踏みそう……」
片手で裾を持ち上げながら登る。
白い布が、風に揺れる。
夏の日差しが、肌に熱い。
息が切れてくる。
「はぁ、はぁ……きつい……」
でも止まらない。頑張る。
途中で振り返ると、島全体が見渡せた。
「わっ……すごい景色……」
風が吹いて、スカートが大きく揺れる。
ふわり。
まるで、空を飛べそう。
でも、まだ先がある。もうちょっと。
「あとちょっと……!」
やっと、灯台のある高台に到着。
「着いた……!はぁ、はぁ、はぁ……疲れた……」
でも、景色がすごい。
360度、見渡せる。
「すごい……!全部見える……!」
風が強い。
裾が、激しく揺れる。
髪も揺れる。
麦わら帽子も揺れる。
「わ、帽子が……」
片手で押さえる。
夏の風。
白い衣装。
灯台。
青い空。
青い海。
「きれい……」
私は、高台の上を歩きながら、いろんな角度から灯台を見る。
撮影の構図を考える。
白い塔と青い空。
コントラストが美しい。
カメラを構える。
その時だった。
ゴォォォォォ!
突風が吹いた。
「うわっ!」
麦わら帽子が、頭から飛ばされた。
「あ!帽子!」
ふわり。
麦わら帽子が、空を舞う。
「待って!」
追いかける。
でも、風が強すぎる。
麦わら帽子は、くるくる回りながら、高台の端へ。
「待ってよー!」
必死に追いかける。
でも、間に合わない。
麦わら帽子は、高台の端から、ふわりと落ちていった。
「あああああ……」
手を伸ばす。
でも、届かない。
麦わら帽子は、風に乗って、ゆっくりと下へ。
くるくる。
ふわふわ。
そして、下の方に落ちていった。
「……行っちゃった」
呆然と立ち尽くす。
「私の……麦わら帽子……」
しばらく、その場に立っていた。
風が吹く。
今度は頭に何もない。
日差しが、直接頭に降り注ぐ。
「あつっ!」
熱い。
すごく熱い。
「麦わら帽子……ありがとう……今まで守ってくれて……」
感謝の言葉を、空に向かって呟く。
でも、すぐに現実的な問題に気づく。
「……日焼けする……」
困った。
でも、撮影は続けなきゃ。
「しょうがない……頑張ろう……」
日差しと戦いながら、撮影を続けた。
そして、ふと、対岸の建物の窓に、何かがキラリと光るのを見た気がした。
「ん?」
立ち止まる。
「今……光った?」
もう一回見る。
何も見えない。
「気のせい……かな……」
でも、その光は、私の心に、小さなさざ波を立てた。
胸がざわざわする。
何か、今日、起こるかもしれない。
そんな、予感がした。
不思議な感覚。
でも、気になる。
もう一度、対岸の建物を見る。
やっぱり、何も見えない。
「まあ、いいか」
撮影を続けよう。
午前中は、高台の上から灯台の外観を撮影。
いろんな角度から撮る。
カシャ、カシャ、カシャ。
「白い塔……きれい……」
裾が、風に揺れる。
白い塔。
白い衣装。
夏の日差し。
なんだか、全部が眩しい。
でも、心の片隅で、あの光が気になってた。
「あの光……何だったんだろう……」
撮影を終えて、階段を降りる。
登りより降りる方が怖い。
「わわっ、滑りそう……」
ゆっくり、慎重に。
裾に気をつけて。
やっと下まで降りた。
「疲れた……」
少し汚れちゃった。
でも、まあいいか。
今日も、一人じゃなかった。
でも、何かが変わりそうな予感。
そんな予感がしていた。




