第45話 夜・涙のあとと運営のメッセージ
どれくらい泣き続けたんだろう。
「……」
気づけば、太陽は西に傾き、私の影が長く伸びていた。
長い影。
それは、私がここにいる証。
でも、今は、それさえ虚しい。
「夕方……」
泣き疲れて、頭がぼーっとする。
何も考えられない。
考えたくない。
「ぼーっとする……考えられない。何も考えたくない。帰ろう……」
立ち上がる。
「ふらふらする……」
足に力が入らない。
体が重い。
階段を、ゆっくり上る。
一段。
また一段。
「一段……また一段……重い。体が重い……」
息が切れる。
やっと部屋に着いた。
「着いた……」
ドアを開ける。部屋に入って、そのままベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
もう、何もしたくない。
シャワーも浴びたくない。
「シャワー……無理……」
汗でべたべた。
でも、動けない。
着替えたくない。
「着替えるのも……無理……」
赤いワンピース。
埃と涙で汚れてる。
でも、どうでもいい。
フォトグラメトリも。時間の化石も。
「どうでもいい……」
全部、どうでもいい。
ベッドに顔をうずめる。
「……」
枕が、涙で濡れる。
「また泣いてる……」
でも、声は出ない。
静かに、涙だけが流れる。
「止まらない……」
ボトル子を見る。
いつもの場所。
いつもの笑顔。
「ごめんね、ボトル子……私、もうダメかも……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
でも、今日は、その笑顔が遠く感じる。
時間が経つ。どれくらい経ったか分からない。
「……」
部屋が暗くなってくる。
夕方から夜へ。
でも、お腹はすく。体は正直だ。
「お腹……すいた……」
体は正直だ。私は、ゾンビのように起き上がった。
「起きなきゃ……」
ふらふらしながら、タッチパネルに向かう。
「ご飯……食べなきゃ……」
タッチパネルを操作した。
夕食のメニューを見て、私は、また涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
「え……」
画面に表示されたメニュー。
【夕食】涙の味しょっぱいラーメン(200円)明日から頑張るカツカレー(1,500円)
「……っ!」
目を見開く。
「これ……」
運営は、見てる。
私のこと、全部。
「見てたんだ……」
泣いてたこと。
うずくまってたこと。
全部。
全部、見てたんだ。
「全部、見てたんだ……」
この食事システムは、私の感情と連動してるんだ。
「感情と……連動……」
恥ずかしい。
でも、ありがとう。
複雑な気持ち。
私は、迷わず「涙の味しょっぱいラーメン」のボタンを押した。
「これにする……」
カツカレーは高すぎる。
「1,500円……無理……お金、ない。ラーメンで……いい……」
ウィーンとトレーが出てくる。
湯気が立ち上る。
ラーメンの匂い。
温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
ラーメンを机に置く。椅子に座る。
「いただきます……」
箸を持つ。麺をすする。
「……」
味なんて、ほとんどしなかった。
「味……しない……」
ただ、胃の中に、温かいものを流し込むだけの作業。
「温かい……それだけ。美味しいとか……分からない……」
機械的に食べる。
すする。
すする。
すする。
「……」
食べ終わった。
「ごちそうさまでした……」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子……見られてたんだって……泣いてるところ、全部……恥ずかしい……」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
でも、もう、どうでもいい。
PCを見る。
「PC……」
電源も、入れる気になれなかった。
「やりたくない……」
今日の撮影データは、カメラの中に入ったままだ。
「カメラの中……処理なんて、明日でいいや。いや、もう、永遠にやらなくてもいいかもしれない……」
私は、ベッドに横になった。
「横になる……」
天井をぼーっと眺めていた。
「天井……」
白い天井。
黒い点が、いくつか見える。監視カメラだ。
「カメラ……」
きっと、今日の私の無様な姿も、全部見られてたんだろうな。
「全部……見られてた……恥ずかしい……」
泣いてるところ。
うずくまってるところ。
全部。
でも、もう、どうでもいい。
「……泣いても、状況は変わらない」
分かってる。
そんなこと、百も承知だ。
「分かってる……」
泣いたって、帰れない。
泣いたって、お金増えない。
泣いたって、何も変わらない。
「分かってる……けど、泣く!」
そう呟くと、また、涙がこぼれてきた。
「また……泣いてる……」
止まらない。
今日は、もう、ダメだ。
「ダメ……」
心の充電が、完全に切れてしまった。
「充電……切れた……」
涙で濡れた枕に顔をうずめる。
「……」
ボトル子を見る。
「おやすみ、ボトル子……ありがとう」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
26番さんにも。
「おやすみ、26番さん……ごめんね……今日は、頑張れなかった……」
涙が止まらない。
「止まらない……」
でも、疲れた。
もう、限界。
「限界……」
私は、涙で濡れた枕に顔をうずめ、そのまま、眠りに落ちた。
夢も見ない、深い、深い眠りだった。
「……」
【残り日数:15日】
折り返し地点で、私は、完全に燃え尽きていた。
静寂が、部屋を包む。




