第44話 昼・フィルムの発見と限界
午後の撮影を続ける。
「もうちょっと……もうちょっと撮らなきゃ……」
ガレキの周りを歩く。
汗が流れる。
赤いワンピース、汗でべったり。
暑い。
「何か……何か残ってないかな……」
手がかりを探す。
でも、何もない。
ガレキだけ。
撮影を進めていると、ガレキの隙間に、黒いリボンのようなものが挟まっているのを見つけた。
「ん?これ……リボン?」
近づいて見る。そっと引き出してみる。
「あ……」
それは、映画のフィルムだった!
「映画のフィルム!」
古い。でも、確かにフィルム。光にかざしてみる。
「見えるかな……」
コマの中に、着物を着た女性の横顔が、ぼんやりと見えた。
「女性……着物……きれいな横顔。どんな映画だったんだろう」
想像する。
いや、違う。
想像じゃない。
見える。
はっきりと見える。
暗い館内。
スクリーンに映し出される映像。
白黒の映像。
着物を着た女性が、微笑んでいる。
美しい横顔。
観客席には、たくさんの人。
ここで、この映画を見て、笑ったり、泣いたりした人が、たくさんいたんだ。
「たくさんの人が……ここで笑って……ここで泣いて……」
家族で。友達で。恋人同士で。
みんなで一緒に。
楽しい時間を過ごしてたんだ。
でも、気づくと、観客席は空っぽになっていた。
誰もいない。
椅子だけが、並んでいる。
スクリーンは、真っ白。
何も映っていない。
「……あれ?」
そして、観客席の一番後ろに、一人だけ座っている人がいた。
赤いワンピースを着た女の子。
私だ。
「……私?」
一人で座ってる。
一人で、真っ白なスクリーンを見てる。
何も映っていないスクリーンを。
ずっと。
ずっと。
「……!」
はっと気づくと、私は元の場所に立っていた。
ガレキの前。
フィルムを握りしめたまま。
「……」
胸がキュッとなる。
「今は、もう……」
誰もいない。
私だけ。
映画も終わった。
歌謡ショーも終わった。
全部、終わった。
その瞬間。ぷつり、と。
私の中で、何かの糸が切れた。
「……もう、やだ」
カメラが、急に、鉛のように重く感じる。
「重い……」
手が震える。
シャッターを押す指に、力が入らない。
「指が……動かない……」
暑い。すごく暑い。
「暑い……」
赤いワンピース、汗でべったり。
息が苦しい。
寂しい。すごく寂しい。
「寂しい……」
一人。ずっと一人。
十五日間、ずっと一人。
お腹すいた。塩むすびだけじゃ足りない。
「お腹すいた……」
美味しいもの食べたい。
でも、お金がない。
家に、帰りたい。
「帰りたい……」
お母さんに会いたい。
お父さんに会いたい。
なんで私は、こんな場所で、一人で、こんなことしてるんだろう。
「なんで……」
なんで。
なんで私だけ。
友達は今頃、夏期講習サボって、カラオケ行ってるかもしれない。
「みんな、カラオケ……」
笑って、歌って。
楽しそうに。
彼氏と、花火大会に行ってる子もいるんだろうな。
「花火大会……」
浴衣着て。
手繋いで。
ミカは何してるかな。
「ミカ……」
インスタに、楽しそうな写真載せてるかな。
カフェで、パフェ食べてるかな。
私だけ。
私だけここにいる。
「私だけ……私の夏休みは、どこに行っちゃったの?」
涙が、滲んでくる。
視界が、ぼやける。
「あ……っ、う……」
涙が、止まらなかった。
ポロポロ。
頬を伝って。
「やだ……泣いちゃダメ……」
でも、止まらない。
一度溢れ出すと、もう、どうしようもなかった。
「止まらない……」
ポロポロ、涙が落ちる。
地面に。
ガレキに。
「うっ……ううっ……」
視界がぼやける。私は、その場にうずくまった。
膝を抱える。
頭を抱える。
小さくなる。
「無理……もう無理……」
心が、限界だ。
体も、限界だ。
全部、限界だ。
膝を抱える。そして、子供みたいに、声を上げて泣いた。
「ああああ……帰りたいよぉ……寂しいよぉ……一人、やだよぉ……」
声が、ガレキに反響する。
誰も答えない。
私の声だけが、響いて、消える。
赤いワンピースが、埃と涙で汚れていくのも、もうどうでもよかった。
「どうでもいい……もう、どうでもいい……」
泣き続ける。
「うっ……ううっ……」
止まらない。
呼吸が苦しい。
しゃくりあげる。
ボトル子の顔が浮かぶ。
「ボトル子……」
いつもの笑顔。
変わらない笑顔。
でも、ここにはいない。
26番さんのことも思い出す。
「26番さん……」
彼も、こんな気持ちになったのかな。
一人で。
孤独で。
でも、それでも止まらない。涙が止まらない。
「止まらない……」
暑い。寂しい。疲れた。
「疲れた……」
もう、何もかもが嫌になった。
「やだ……全部やだ……」
フォトグラメトリも。
時間の化石も。
このミッションも。
全部。
泣き続ける。ハンカチで涙を拭う。
「止まらない……」
また涙が出る。溢れる。
「止まって……お願い……」
でも、止まらない。
カメラを見る。
相棒。
一緒に頑張ってきた。
「もう……撮れない……」
今日は、もう無理。
「無理……」
フォトグラメトリも。時間の化石も。
「どうでもいい……」
本当に、どうでもよくなった。
何のためにやってるの?
誰のためにやってるの?
分からない。
もう分からない。
「帰りたい……ただ帰りたい……でも、帰れないんだよね……」
また涙が溢れる。
「うっ……ううっ……」
しゃくりあげる。呼吸が苦しい。
「苦しい……」
でも、泣き続ける。
どれくらい泣き続けたんだろう。
分からない。
時間の感覚が、ない。
でも、ずっと泣いてた。
「ずっと……」
声も枯れてきた。
「声……出ない……」
涙も枯れそう。
「もう……出ない……」
でも、まだ泣いてる。
「止まらない……」
フィルムを握りしめたまま。
くしゃくしゃになったフィルム。
「ごめんね……」
映画館に謝る。
「撮れなくて……ごめんね……もう……やだ……」
疲れた。本当に疲れた。
「疲れた……」
心も、体も。全部、限界。
「限界……」
私は、限界だ。




