第43話 朝・カップ麺ソムリエと映画館
十五日目の朝。ついに、30日間の折り返し地点だ!
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。十五日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
「15日目……半分……やっと半分か……」
半分。
まだ半分。
あと半分。
どっちなんだろう。
LAUNDRYボックスを開ける。今日の衣装は、鮮やかな赤いワンピース。
「赤!きれいだけど……」
休息日明けの、気合の入ったチョイスだ。袖を通す。
鏡に映る自分。
赤いワンピース。
でも、顔は疲れてる。
目の下にクマがある。
でも、私の気分とは裏腹に、タッチパネルの残高表示が、私に厳しい現実を突きつけていた。
「残高確認……」
画面を見る。
『残高:15,450円』
「……やば」
目を疑う。もう一回確認。
『残高:15,450円』
間違いない。
「15,450円……やばい、やばいよ……!」
前半、調子に乗って使いすぎた。
「ステーキとか、寿司とか、パンケーキとか……使いすぎた……!」
計算する。1日平均1,000円以下で、残り15日間を生き延びなければならない。
「1日1,000円……きつい……」
きつい。すごくきつい。朝昼晩で1,000円。
どうしよう。
不安が、胸を締め付ける。
朝食の選択肢は、もう、一つしかなかった。カップ麺(200円)。
「カップ麺しか……」
ボタンを押す。タッチパネルから出てきたカップ麺。
ウィーンという音。
いつもの音。
でも、今日は重く感じる。
「シーフード味……」
お湯を注いで3分待つ。
「この、何でもない時間が……今は少しだけもどかしい。早く食べたい……お腹すいた……」
3分経過。蓋を開ける。ズズズ、と麺をすする。
「……うん、シーフード味」
これで、カレー味、塩味に続いて、3種類目だ。
「シーフード、カレー、塩……シーフード味→カレー味→塩味のローテーション確立!」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、もう私、カップ麺ソムリエになれるかも」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「笑ってる場合じゃないよ……お金ないんだよ……」
乾いた笑いが、部屋に響いた。
「あはは……」
虚しい。
でも、笑えない。笑ってるけど、笑えない。
カップ麺を食べ終わって、今日のスケジュール確認。
【Day15:旧映画館】
「映画館……」
資料を開く。名前は「昭和館」。50号棟。
「昭和館……いい名前……」
読み進める。テレビが普及する前は、島一番の娯楽施設だったらしい。
「娯楽施設……」
映画だけじゃなく、歌手を呼んで歌謡ショーを開いたり、レクリエーション大会が行われたり。海が時化て食品の供給がストップしても、映画のフィルムだけは荷揚げされたって。
「映画のフィルムだけは届いた……それだけ人気だったんだ……楽しそう……」
楽しそう。
みんなで映画を見る。
笑って、泣いて。
私も、そういう普通の夏休みが欲しかった。
でも、テレビの普及と共に客足は遠のき、最後は倉庫として使われていたという。
「倉庫に……なんだか、切ないな……」
島の光と影。その両方を見てきた場所。
「光と影……」
私は、赤いワンピースの裾を翻し、その栄光と寂寥の記憶が眠る場所へと向かった。
「行ってきます、ボトル子!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。でも、そこにいてくれる。
「うん、いってらっしゃい」
外に出る。赤いワンピースが、風に揺れる。
鮮やかな赤。
廃墟の灰色。
対比が、鮮明だ。
「きれいな色……でも、心は重い。お金……足りるかな……」
不安。映画館への道を歩く。
足が重い。
心が重い。
「昭和館……どんな場所だろう……」
映画館「昭和館」に到着。
「!」
そこは、そのほとんどが崩壊していた。
「崩れてる……!」
残っているのは、鉄筋コンクリート造りのエントランス部分だけ。
「入口だけ……」
がっかりする。
こんなに崩れてるなんて。
かつては、この奥に、華やかな煉瓦造りの建物があったらしい。台風で崩壊してしまったんだ。
「煉瓦造り……きれいだったんだろうな……」
でも、今はガレキの山。
ガレキの山を前に、私は立ち尽くす。
そして、目を閉じた。
資料で読んだ言葉が、頭の中で蘇る。
「海が時化て食品の供給がストップしても、映画のフィルムだけは荷揚げされた」
映画のフィルムだけは。
それだけ、ここは大切な場所だったんだ。
目を開ける。
すると、一瞬、ガレキの向こうに、煉瓦造りの建物が見えた気がした。
「……え?」
幻覚?
でも、はっきり見える。
二階建ての、華やかな煉瓦造りの建物。
入口には「昭和館」の看板。
「昭和館……」
そして、中から音楽が聞こえてくる。
賑やかな音楽。
歌謡ショーの音楽。
拍手。
歓声。
「聞こえる……」
私は、吸い込まれるように、その幻影に近づいていく。
ガレキを踏み越えて。
一歩。
また一歩。
そして、気づくと、私は観客席の真ん中に立っていた。
「……!」
周りには、たくさんの人がいる。
島民たち。
家族連れ。
恋人たち。
子供たち。
みんな、笑ってる。
楽しそうに笑ってる。
ステージでは、華やかなドレスを着た歌手が歌っている。
キラキラと輝くドレス。
マイクを握る手。
美しい歌声。
「きれい……」
観客席から、拍手が起こる。
パチパチパチ。
歓声。
「アンコール!」
「もう一曲!」
熱気。
温かさ。
そして、気づくと、私はステージの上に立っていた。
「……え?」
私が?
赤いワンピースを着た私が、ステージに立ってる。
スポットライトが、私を照らす。
眩しい。
観客席を見る。
たくさんの人が、私を見てる。
拍手してる。
パチパチパチ。
「頑張れ!」
「素敵!」
温かい声援。
私は、口を開けた。
歌おうとした。
でも、声が出ない。
「……あれ?」
もう一度、口を開ける。
でも、やっぱり声が出ない。
「声が……出ない……」
観客席の人たちが、だんだん遠くなっていく。
顔が見えなくなっていく。
音楽が、止まる。
拍手が、止まる。
静寂。
「あれ……?」
スポットライトが、消える。
暗闇。
「……!」
そして、気づくと、私は元の場所に立っていた。
ガレキの山の前。
「……」
何も言えない。
言葉が出てこない。
幻覚だった。
全部、幻覚だった。
「ここで、みんな映画見てたんだ……歌謡ショー見てたんだ……」
でも、今はガレキの山。
誰もいない。
私だけ。
「……」
胸が、締め付けられる。
ロケハンをしようにも、中に入るのは危険すぎる。
「入れない……崩れそう……」
今日は、この残されたエントランス部分と、周辺のガレキを撮影するしかない。
「これだけ……」
物足りない。でも、仕方ない。
「危ないもんね……」
でも、これだけ?
これだけで、時間の化石を作れるの?
不安が、込み上げる。
撮影開始。
エントランスの柱。カシャ。ガレキ。カシャ。看板の跡。カシャ。
「これだけ……寂しい……」
カシャ。カシャ。カシャ。
シャッター音だけが、響く。
静寂の中。
私の音だけが。
お昼になった。
「お腹すいた……」
でも、部屋に戻る気力もなくて、ポケットに入れていたおにぎりを食べた。塩むすび。塩だけ。
一口かじる。
「美味しい……けど……外で食べると、ただの塩むすびもピクニック気分……には、ならないか」
全然ならない。
「寂しい……」
一人で食べるおにぎり。ガレキの前で。
誰もいない。
ボトル子もいない。
26番さんも、ここにはいない。
一人。
本当に一人。
「なんか、悲しくなってきた……」
涙が出そうになる。
喉の奥が、熱い。
「ダメダメ、泣いちゃダメ!」
おにぎりを食べ終わって、撮影再開。
「午後も頑張ろう……」
でも、心は重い。
今日も、一人じゃ……ない、よね?ボトル子も、26番さんも、いる。
「一人じゃない……でも、寂しい……」
寂しい。
すごく寂しい。




