第41話 昼・知識の扉と罠
昼食はうどん。休息日の昼はやっぱりうどんだよね。タッチパネルから出てきたうどん。
湯気が立ち上る。出汁の匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
いい匂い。
箸で麺をすくってずるずる。美味しい。出汁が優しい。心も体も休まる感じがする。お腹の痛みにも優しい。ネギを食べる。シャキシャキ。うどん最高。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、休息日って幸せだね」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「そうだよね」
食べ終わって口を拭く。ごちそうさまでした。午後は機材のメンテナンスしよう。
カメラやドローンのレンズを専用のキットで丁寧に掃除することにした。レンズどれくらい汚れてるかな。カメラのレンズを見る。
「うわ……」
潮風と埃で思った以上に汚れている。すごい汚れ。レンズには白い塩の結晶がこびりついていた。
「うわ、私の相棒が!ごめんね、気づかなくて……」
専用のクリーニング液を取り出す。えーっとこのボトルで。数滴垂らし柔らかい布で優しく拭き取っていく。ゆっくり、優しく。円を描くように拭く。取れてきた。白い塩が少しずつ取れていく。
「いつもありがとうね」
相棒たちに感謝を込めて語りかける。私のこといつも支えてくれて。この島に来てから機材の手入れは私の大切な日課になっていた。大事にしないと。
ドローンのレンズも掃除。こっちも汚れてる。同じようにクリーニング液で拭く。きれいになった。ピカピカ。よし完璧。レンズキャップをつける。これで大丈夫。
メンテナンスを終えさて何をしようかと思った時、部屋の隅に昨日までなかったものが置かれていることに気づいた。
「あれ?」
それは小さな本棚だった。昨日はなかった。絶対になかった。誰が置いたの?
駆け寄ってみるとそこにはフォトグラメトリやCG制作に関する専門書がびっしりと並んでいた。
「うわ……!」
本のタイトルを読む。『上級者のためのReality Captureテクニック』。上級者、私上級者になったの?『3Dテクスチャリングの基礎と実践』。テクスチャリング聞いたことある。『ドローン空撮 プロの画角』。プロの画角!読みたい!
まるで私の成長に合わせて新しい課題が与えられたみたいだ。すごい。
私はその中から一冊を手に取った。『上級者のためのReality Captureテクニック』。これ読んでみよう。
ベッドにごろんと寝転がって読み始めた。気持ちいい。ふわふわのパジャマ。柔らかいベッド。最高の読書環境。お腹も少し楽になってきた。
本を開く。えーっと。難しい専門用語も多い。難しい。メッシュの最適化?法線マップ?でも今の私にはなんとなく意味が分かる。なんとなく分かる。
これまで実践で学んできたことが理論として頭の中で整理されていく。そういうことだったんだ。だからあの時うまくいったんだ。
知識の扉が目の前で開かれた気がした。すごい、面白い。
夢中で読み進める。ページをめくるたびに新しい発見。へぇ。なるほど。そうやるのか。時間を忘れて読んでた。
そしてある章を読んでいると、誰かの書き込みがあるのを見つけた。
「ん?」
ページの端に鉛筆で書かれた文字。
『この計算式は罠だ。絶対に使ってはならない』
「……!」
心臓がドキッとした。この筆跡。
No.26さんの筆跡だ。
26番さん。彼もこの本を読んでいたんだ。同じ本を。そして私のために警告を残してくれていた。罠。
計算式を見る。一見正しそうに見える。これ罠なんだ。使っちゃいけないんだ。もしこの書き込みがなかったら私は使っていたかもしれない。
「ありがとう、26番さん……」
胸が熱くなる。彼は私にもう一つのメッセージを残してくれていたんだ。見守ってくれてるんだ。本を抱きしめる。ありがとう。
他のページも確認する。他にも書き込みあるかな。でも見つからない。これだけか。でもこれだけで十分。26番さんありがとう。
私はその計算式のページに付箋を貼った。絶対使わない。覚えておく。
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、26番さんの書き込み見つけた」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「罠の計算式を教えてくれたんだ。優しいよね」
読書を続ける。他の章も面白い。これも読みたい。これも。気づいたら3時間も経ってた。もう夕方。時間が経つのが早い。休息日最高。
今日も一人じゃなかった。26番さんが一緒にいる。




