第39話 夜・夕景マジックと第三者の確信
夕方。撮影を終えて部屋に戻ろうとした時、私はふと空が燃えるようなオレンジ色に染まっていることに気づいた。
「……きれい」
立ち止まる。夕日だ。太陽が水平線に沈もうとしている。
すごい。
オレンジ色の空。
赤く染まる海。
世界が、燃えてる。
私は思わずカメラを構えた。撮らなきゃ。
夕日に照らされた防波堤。カシャ。廃墟のアパート群。カシャ。それは昼間とは全く違う幻想的な光景だった。全然違う。すべてのものが優しいオレンジ色の光に包まれて影が長く伸びている。影長い。私の影も長い。
長く伸びた影。
それは、私がここにいる証。
「……マジックアワーだ」
ネットで見たことある。ほんの数分しか見られない魔法のような時間。急がなきゃ。
私は夢中でシャッターを切った。防波堤、アパート、学校、病院。カシャ、カシャ、カシャ。全部撮る。全部。このほんの数分しか見られない魔法のような時間を逃したくなかった。もっと、もっと。
でも太陽はどんどん沈んでいく。待って。オレンジ色がだんだん赤く暗くなっていく。もう少し。
最後の一枚。カシャ。太陽が完全に水平線の向こうに消えた。
「……終わった」
空が急に暗くなる。すごかった。きれいだった。
美しかった。
部屋に戻る途中、私は再びあの場所を通りかかった。朝、ペットボトルを見つけた場所。確認したくなって近づいてみると、ペットボトルはなくなっていた。
「……!」
心臓が大きく跳ねた。朝、確かにそこにあったペットボトルが消えている。代わりに、新しい足跡がコンクリートの埃の上に残されていた。
「足跡……」
私のものではない。サイズが大きい。男性の足跡だ。
「誰か……本当にいる……」
膝が震えた。この島に私以外の誰かが確実にいる。でも誰?スタッフ?それとも別の挑戦者?
「もう一人……誰か……」
恐怖と、そして同時に、奇妙な安堵感が混じり合う。一人じゃない。この島に、私以外の誰かがいる。
でもその人は、なぜ姿を見せないんだろう。
「なぜ……」
考えても分からない。とにかく部屋に戻ろう。階段を駆け上がる。息が切れる。ドアを開けて中に飛び込む。
「はぁ、はぁ……」
背中をドアに預けて、大きく息をつく。ボトル子に報告する。
「ただいま、ボトル子……ペットボトル、なくなってた……足跡があった……男の人の……」
ボトル子は笑ってる。でもその笑顔が、今日はいつもより心強く感じた。
「怖い……でも……一人じゃないのかも……」
お腹がすいた。タッチパネルでチキンライス注文。今日はチキンライス!ウィーンとトレーが出てくる。
出てきたチキンライスめっちゃ美味しそう。湯気が立ち上る。ケチャップの匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
ケチャップの色夕日みたい。
スプーンですくって一口。美味しい!ケチャップの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。ケチャップの甘酸っぱさが子供の頃を思い出す味。お母さんが作ってくれたチキンライス。お母さんの味。なんだかほっとする。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、夕日きれいだったよ」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「マジックアワーって言うんだって。魔法の時間」
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
食べ終わってPC作業開始。よし今日のテーマは。資料を見る。波のエフェクト試作。
今日のテーマは資料にあった「波のエフェクト試作」。波のエフェクトどうやるんだろう。フォトグラメトリは静止しているものしか3Dにできない。だから動いている波はそのままではモデル化できない。動いてるものは無理。でも。
考える。写真を切り抜いてCGとして付け加える?そうだそれならできるかも。
私は昼間に撮った波の写真を開く。この波いい感じ。Photoshopみたいなソフトで波の部分だけを切り抜く。えーっと選択して。マウスでぐるぐる。切り抜いて。よしできた。透過PNG形式で保存。これを3Dモデルに。
完成した防波堤の3Dモデルを開く。灰色のコンクリートの壁。これに波を付け加える。切り抜いた波の画像を3D空間に配置。ここかな。防波堤の前に置く。
PCがうなり始める。ブゥゥゥン。
「おお……」
素人作業だから全然リアルじゃない。うーんリアルじゃないけど。でも静止したモデルに波のCGが加わるだけで急に生命感が宿った気がした。なんか生きてる感じ。
もう一枚別の波も追加。これも。うんいい感じ。
そして最後に夕方に撮った「マジックアワー」の写真を3D空間の背景として設定してみる。背景を夕日の写真に。設定完了。レンダリング。どうなるかな。
処理中。ピコン。
「……!」
するとどうだろう。灰色のコンクリートの塊だった防波堤のモデルが夕日を浴びてエモーショナルな作品に生まれ変わった。
「すごい……」
オレンジ色の光に包まれた防波堤。白い波が打ち寄せる。
美しい。
すごい、すごいよ。
私はPCの前で一人興奮していた。すごい。光と動きが加わるだけでこんなに変わるんだ。
マウスでぐるぐる回す。いろんな角度から見る。どこから見てもきれい。
画面の光が、私の横顔を照らす。
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、見て!これ!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「すごいでしょ?波を付け加えたんだよ。夕日も。エモーショナルな作品になった!」
一人で興奮。
ネットタイムで「軍艦島 台風」と検索する。台風どれくらいすごかったんだろう。検索結果をクリック。壮絶な記録がいくつも出てきた。
「!」
高波が7階建てのアパートの屋上まで達したこともあったらしい。7階まで!?うそ。想像できない。7階ってどれくらい高いの。
そして、天川工法で作られた護岸も、何度も破壊されたって。明治初期には、台風で炭鉱施設や住宅がすべて流出したこともあった。
「全部流された……!?」
すごい。想像を絶する。
でも、島民たちはその度に護岸を作り直した。壊されても、壊されても、また作り直した。コンクリートで補強して、より高く、より頑丈に。
「何度も……何度も……」
昼間触った石組。あの石たちは、そういう歴史を全部背負ってたんだ。
島民たちはそんな自然の脅威と常に隣り合わせで生きてきたんだ。怖かっただろうな。でも生きてきたんだ。諦めなかったんだ。
今日の私が撮った波なんてきっと彼らにとってはそよ風みたいなものだったんだろうな。そよ風。私が撮った波可愛いもんだったんだ。でもそれでも記録する意味はある。記録する意味。
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、今日いい作品できたよ」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
「そうだよね、頑張ったよね」
【残り日数:17日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
あと17日。
ただ記録するだけじゃない。心を動かす作品を私は作りたい。心を動かす。そういう作品を作りたい。
そして、もう一つ。
「誰か……いる……」
この島に私以外の誰かがいる。その人は誰なんだろう。なぜ姿を見せないんだろう。
「明日……もっと探してみよう……」
おやすみ26番さん。おやすみボトル子。
今夜も一人じゃなかった。そして、本当に一人じゃないのかもしれない。
静寂が、部屋を包む。




