第35話 昼・空からの視点と防空壕の発見
シャワーを浴びて、着替えて、さっぱり。
「あー気持ちいい!水ありがとう!」
水に感謝する日が来るとは思わなかった。
部屋に戻り、昼食の天津飯を食べる。
「やった!天津飯!」
タッチパネルから出てきた天津飯、めっちゃ美味しそう。ふわふわの卵に、あんかけがとろーり。
湯気が立ち上る。卵の匂い。甘酸っぱい匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
「ふわとろの卵!最高じゃん!」
箸で卵をすくう。とろとろ。一口。
「美味しい!ふわふわの卵と、甘酸っぱいあんが絶妙!」
ご飯と一緒に食べる。口の中で卵とあんとご飯が混ざり合う。
「最高!幸せ!」
食べながら考える。
「中華の才能、あるんじゃない?この監禁部屋のシェフ。誰が作ってるのか分からないけど、美味しい。ありがとう、シェフ」
毎回美味しいご飯が出てくる。それも、当たり前じゃないんだよな。
食べ終わって、口を拭く。
「よし、午後はドローン撮影だ!」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、これからドローン飛ばすよ。見守っててね」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
カメラとドローンを持って、再び貯水タンクへ。
「また階段……」
チャイナドレスのスリットを気にしながら、慎重に下りる。もう慣れた。
「パカパカする……でも、もう気にしない!」
開き直った。誰も見てないし。監視カメラは見てるけど。
貯水タンクの前に立ち、ドローンを起動する。
「よし、飛ばすよ!相棒!」
まずは、自動撮影モードで、建物の周りをぐるりと撮影させる。
「自動撮影モード、起動!」
画面をタップ。ドローンは、完璧な軌道を描きながら、滑らかに上昇していく。
「行った……すごい……毎回思うけど、すごい」
手元のモニターに、空からの映像が送られてくる。高度が上がるにつれて、視界が広がる。
「島が……全部見える!」
これまで私が見てきたのは、地上からの、虫の視点だった。でも、空からの鳥の視点は、全く違う景色を見せてくれる。
青い空。
青い海。
灰色の島。
そして、島の中に立つ、赤い点。
私だ。
アパート群が、まるでミニチュアの模型みたいだ。
「可愛い!ミニチュアみたい!ジオラマみたい!」
その間を縫うように、自分が歩いてきた道が見える。あの階段も、地獄段も、全部。
「あ、あれ私が歩いた道!毎日歩いてる道!」
感動!鳥肌立った!
自動撮影だけでは、建物の上部や、複雑な配管の部分が撮りきれない。
「これじゃ足りない……もっと細かく撮らないと」
私は、意を決して、手動モードに切り替えた。
「手動モード……」
2日目のこと思い出す。ドローンを暴走させて、海に落としそうになった。あの時の恐怖。
「あの時は怖かった……泣きそうになった。というか泣いた。でも、今は違う。大丈夫。今の私なら、できる!」
深呼吸。空気を吸い込む。吐く。
「よし、行くぞ!」
ゆっくりと、慎重に、スティックを操作する。2日目の時のようなパニックはない。ドローンは、私の指の動きに、素直に反応してくれた。
「おお、動いた!言うこと聞いてくれる!」
建物の上部に、そっと近づける。
「もうちょっと……もうちょっと……慎重に……」
モニターを見ながら、慎重に。屋上の構造物、錆びた手すり、配管の接続部分。
「見える!すごい!こんな細かいところまで!」
肉眼では見えなかったディテールが、はっきりとモニターに映し出される。
配管の部分も撮影。複雑に絡み合った配管。水を島中に届けるための血管。
「こっちも……一つ一つ、ちゃんと撮れてる!パイプ、錆びてるけど、まだ形残ってる」
30分ほどかけて、建物全体を撮影。上から、横から、斜めから。
「よし、完璧!今日もバッチリ!」
ドローンを降ろす。着陸成功。スムーズ。
「やった!」
拳を握りしめる。
「やった!私、やった!成長してる!」
私は、空と友達になれた気がした。最初は怖かった空が、今は味方だ。
空から見た世界。
美しい。
「ドローン、ありがとう!相棒!」
撮影を終え、ふと貯水タンクの麓にある、口を開けた暗い穴に気づいた。
「あれ……穴?なにあれ?」
近づいて見る。コンクリートで固められた入口。
「これ……防空壕?資料に書いてあったかも」
暗い。中が見えない。怖い。でも、気になる。すごく気になる。
懐中電灯を取り出す。いつも持ち歩いてるやつ。
「入ってみよう……怖いけど」
恐る恐る、中に入る。チャイナドレスの薄い生地を通して、ひんやりとした湿った空気が肌に伝わる。
「寒っ!急に温度下がった!」
暗い。懐中電灯の光だけが頼り。壁に光を当てる。
「怖い……」
奥へ進む。足元が滑りそう。水たまりがある。
「気をつけないと……滑る」
壁を手で触りながら、慎重に。ひんやり。湿ってる。冷たい。
その奥で、私は、古びた三脚を見つけた。
「え?三脚?」
近づいて見る。錆びた金属製の三脚。カメラ用だ。
「これ……カメラの三脚……誰のだろう?まさか……」
そして、その横の壁には、チョークで書かれたような文字が。
『光ガ足リナイ』
「!」
心臓が止まりそうになる。鼓動が急に速くなる。
「これ……No.26さんの、メッセージだ!26番さん……」
彼は、ここでも、光と戦っていたんだ。暗い防空壕。光が入らない。
「光が足りない……暗い防空壕。光が入らない。撮影、大変だったんだ……」
胸がキュッとなる。壁に手を触れる。冷たい。
暗闇の中、懐中電灯の光だけが、文字を照らす。
『光ガ足リナイ』
その文字が、泣いているように見える。
「ここで、苦労したんだね……一人で……」
涙が出そうになる。目頭が熱い。
「私、頑張るね。あなたの分まで。26番さんの分まで」
三脚を見つめる。
「持って帰ろうかな……」
でも、やめる。手を止める。
「ここに置いておこう。26番さんの痕跡。大切にしないと。ここに残しておかないと」
これは、彼がここにいた証。消しちゃいけない。
防空壕を出る。外の明るさが眩しい。目が痛い。
「明るい!太陽の光がありがたい!」
青い空。
眩しい光。
空に向かって報告。青い空に向かって。
「26番さん、見てた?私、ドローン操縦できるようになったよ!成長したよ!手動でも飛ばせるようになった!」
部屋への帰り道、階段を上りながら考える。
「26番さんも、ここで頑張ってたんだ。一人で。私も頑張らなきゃ。負けてられない」
部屋に戻って、ボトル子に報告。
「ただいま、ボトル子!26番さんのメッセージ見つけた……『光ガ足リナイ』って書いてあった。苦労してたんだね……でも、諦めなかったんだよね」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
今日も、一人じゃなかった。26番さんも、一緒にいる。ずっと。




