第30話 夜・実績解除と前任者の痕跡とご褒美アイス
夜。シャワーを浴びて、さっぱり。今日もシャンプーが目に入ったけど、もう慣れた。毎日恒例。
夕食の刺身盛りを味わいながら、今日の成果をPCで処理する。
「新鮮なお刺身……!」
マグロ、サーモン、イカ、エビ。
「こんなご馳走が食べられるなんて……このマグロ、トロっぽい……」
一口。
「美味しい!口でとろける!サーモンも最高!」
ミカはサーモン好きだったな。ミカ、元気かな。
イカは歯ごたえがいい。エビは甘い。
「全部美味しい……今日の私、頑張った!」
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
食べながら、データ処理。神社の石段、鳥居、狛犬、そして、そこから見える島の全景。
ネットで得た知識のおかげで、今日の時間の化石は、これまで以上に物語性を帯びている気がした。ただの廃墟じゃない。ここに、人の営みがあった。
Align Images、Create Model、Simplify、Unwrap、Texture。もう完全に慣れた。サクサク進む。
PCがうなり始める。ブゥゥゥン。
完成した神社の3Dモデル。マウスでぐるぐる回す。狛犬も完璧。鳥居も。眺望も。満足。
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、見て。神社完成したよ。いい出来でしょ?」
ボトル子は笑ってる。いつも黙ってる。でも、そこにいる。
作業を終え、残り少なくなったネット接続時間で、何気なくPCのフォルダを漁っていた時。
「あれ?このフォルダ……なんだろう……」
見慣れないフォルダがある。クリックしてみる。
深い階層に隠されるように置かれた、一つのテキストファイル。ファイル名は、『No.26』。
「……26?」
心臓がドキッとする。私の被験者番号は、確かNo.27だったはず。じゃあ、この26番って……私の前に、ここにいた人?前任者……?
恐る恐るファイルを開く。手が震える。マウスをクリック。
そこには、短い文章が、日記のように綴られていた。
『Day 15: もう限界だ。この島は美しすぎる。そして、孤独すぎる』
「……」
読み進める。
『Day 22: なぜ、誰もこの島の声を聞こうとしないんだ』
「島の声……」
『Day 28: 完成させられなかった。ごめん。次の人へ。この島の記憶を、頼む』
そこで、文章は途切れていた。
「……」
全身の血が、凍りつくような感覚。怖い。画面から、どす黒い光が滲み出してくる。彼の絶望。諦め。後悔。重い。
冷たい。
とても冷たい。
思わず、右手の指が、左耳の後ろをかいた。
この人も、私と同じように、ここで一人で戦っていたんだ。そして、途中で……完成させられなかった。28日目。あと2日で完成だったのに。なんで。
理由は書かれてない。でも、分かる気がする。孤独。重圧。恐怖。疲労。全部、私も感じてる。
涙が出そうになる。
「26番さん……」
その時、PCからまた効果音が鳴った。
ピロリン♪
『実績解除:No.26の意志』
『あなたは、先人の想いを受け継ぎました』
『報酬:インターネット接続時間を1時間30分に延長します』
「……」
私は、静かにファイルを閉じた。怖い、という気持ちはなかった。
むしろ、胸の中に、熱い何かが込み上げてくるのを感じた。
「26番さん……あなたが、できなかったこと。私が、やる」
拳を握りしめる。
「……うん、任された」
私は、モニターの向こうにいるであろう、顔も知らない「26番さん」に向かって、力強く頷いた。
「私、頑張る。あなたの分まで」
これはもう、ただの私の脱出ミッションじゃない。あなたから受け取った、大切なバトンなんだ。
涙が出てくる。でも、止まらない。
「26番さん、見てて。私、絶対完成させるから」
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、前の人のファイル見つけた……その人、28日目で諦めちゃったんだって……でも、私は諦めない。絶対完成させる」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。でも、そこにいてくれる。
「そうだよね、頑張るよね」
感傷に浸っていると、壁のタッチパネルから陽気な音楽が流れ出した。
「え?」
『祝10日目!特別デザートを無料で提供します!』
「10日目記念……?」
壁がスライドして出てきたのは、キンキンに冷えたチョコミントアイスだった。
「チョコミント……!」
目を疑う。これ……私がここに来る前に、ミカと食べたやつ……。駅の前のコンビニで。期間限定のチョコミントアイス。「ミント感が強めでマジ神」って、二人で盛り上がった。
「なんで……チョコミント……」
偶然?それとも、これも監視されてる?
全部、見られてる。
全部、知られてる。
複雑。でも、食べたい。
スプーンですくって口に運ぶ。爽やかなミントの香りと、チョコチップの甘さが口いっぱいに広がった。
「……美味しい」
涙が出てくる。美味しい。ミカの顔が浮かぶ。
「ミカ……会いたい……」
でも、泣いてばかりいられない。26番さんも、頑張ってたんだ。私も頑張らなきゃ。
チョコミントアイスを食べながら、決意を新たにする。その冷たくて甘い味は、明日への活力をくれる、最高のプレゼントだった。
「ありがとう、チョコミント。ありがとう、26番さん。ありがとう、ミカ」
【残り日数:20日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
あと20日。
背負うものが、一つ増えた。でも、その重さが、私を強くしてくれる気がする。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、私、頑張るね。26番さんの分まで」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
ベッドに入る前に、もう一度No.26のファイルを開く。
『次の人へ。この島の記憶を、頼む』
「任された。絶対、完成させる」
おやすみ、26番さん。
「おやすみ、ボトル子」
今夜は、一人じゃなかった。26番さんも、一緒にいる気がした。
静寂が、部屋を包む。




