第29話 昼・Wikipediaという泉
昼食のカレーを食べながら、私は早速、検索窓に「軍艦島」と打ち込んだ。
「ネット解禁祝い!」
カレーをスプーンですくって、一口。
「今日はいつもよりスパイシーに感じる!」
多分、興奮してるから。
エンターキーを押す。検索結果がズラーッと出てくる。
「すごい!こんなにたくさん!」
Wikipedia、観光サイト、個人のブログ……。これまで、与えられた資料だけでこの島を理解しようとしてきた。でも、ネットには、もっとたくさんの情報があるんだ。
まずはWikipediaを開く。
「軍艦島……正式名称:端島……知ってる知ってる……」
スクロールしながら読む。
「歴史……明治時代から……人口密度、世界一!?」
カレーを食べるのも忘れて、画面に見入る。
「最盛期の人口密度は東京の9倍……すごすぎ……へぇ……閉山後、一時期は釣り人の聖地だったんだ。知らなかった……映画のロケ地にもなったことがあるの!?007?スカイフォール?見たことある!進撃の巨人!?アニメで見た!」
知らなかった情報が、次から次へと出てくる。まるで、乾いたスポンジが水を吸うように、私の頭の中に知識が流れ込んでくる。
「すごい……こんなに有名だったんだ……」
カレーを一口食べて、また画面に戻る。観光サイトも開く。
「現在は上陸ツアーがある……でも立ち入り禁止区域が多い……」
写真を見る。観光客がたくさん。
「私、今、その立ち入り禁止区域にいるんだ……貴重な体験してるのかも……」
不思議な感覚。
次は個人のブログを探す。
「軍艦島 ブログ……」
検索結果をクリック。
「軍艦島探訪記……」
写真付きのブログ。でも、観光エリアだけ。私が見てる場所とは違う。
次のブログ。
「元島民の思い出……!」
これだ。クリックする。
そこには、資料には載っていない、個人的な思い出や、日々の暮らしの細やかな描写が綴られていた。
「この神社で、七五三やったんだ……!」
今朝、私が行った神社。そっか、七五三もここで。
続きを読む。
「この狛犬の口の中に、よくセミの抜け殻を隠してたな……」
「セミの抜け殻!子供っぽい!可愛い!」
文章を読んでいるだけで、その人の人生の一部を、追体験しているような気分になる。
カレーを食べながら、どんどん読み進める。
「夏は暑くて、クーラーなんてなくて……海に飛び込んで遊んでた……冬は風が強くて、洗濯物が飛ばされた……給水制限があって、水を大切に使ってた……」
一つ一つのエピソードが、リアル。ここで、本当に生きてたんだ。
別のブログも開く。
「学校の思い出……運動会は全校生徒で……狭いグラウンドを工夫して使ってた……給食のカレーが美味しかった……」
給食のカレー。私が今食べてるカレー。
「同じカレーかな……」
そんなわけないけど、なんか繋がってる気がする。
夢中で読み漁る。気づいたら、カレーが冷めてた。
「あ、冷めてる……でも美味しい。冷めても美味しいカレー」
読み続ける。
「病院の先生が優しかった……怪我した時、先生が手を握ってくれた……市場のおじさんが、いつもおまけしてくれた……魚屋のおじさんは、威勢がよくて……」
私が想像してた通りだ。やっぱり、威勢がよかったんだ。嬉しくなる。
ネットは、知識の泉だ。そして、人の記憶の集合体でもあるんだ。
「インターネットって、すごい……」
1時間があっという間に過ぎる。
「もう1時間!?早すぎ!あー!もっと読みたかった!」
もっと読みたい。でも、接続時間終了。でも、十分。たくさんの情報を得られた。
「よし、午後の撮影頑張ろう!」
私は、午後の撮影に、新しい視点を持って臨むことができた。
カメラを持って、再び神社へ。
「地獄段……また登るのか……」
足が既に痛い。でも、行く。
今度は、元島民のブログで読んだことを思い出しながら登る。
「ここで、子供たちが遊んでたんだ……七五三で、着物着て登ったんだ……デートで、カップルが手を繋いで登ったんだ……」
階段一段一段に、物語がある。
「はぁ、はぁ、でも頑張る……」
頂上に着く。狛犬を見る。
「セミの抜け殻、隠してたんだよね……」
口の中を覗いてみる。今は何もないけど。でも、想像できる。子供が、セミの抜け殻を大事そうに持って、狛犬の口に隠す。宝物だったんだろうな。
撮影開始。でも、今日の撮影は昨日までと違う。ただ形を撮るだけじゃない。
ここで生きた人たちの物語を思いながら、シャッターを切る。
「七五三の子供たちが、ここに立ったんだ……カップルが、ここで夕日を見たんだ……家族が、ここでお参りしたんだ……」
一枚一枚に、想いを込める。これが、愛情表現なんだ。
風が吹く。気持ちいい。神様も、きっと見守ってくれてる。
「ありがとう、教えてくれて」
元島民の人たちに感謝。あなたたちの言葉が、私を導いてくれた。
撮影を終えて、部屋に戻る。
ボトル子に報告。
「ただいま、ボトル子!すごかったよ!ネットで、元島民の人たちのブログ読んだんだ!みんなの思い出が、いっぱい詰まってた。それを読んで、撮影したら、なんか違った。写真に、気持ちが入った気がする」
ボトル子は黙ってる。でも、聞いてくれてる。いつも聞いてくれてる。
今日は、特別な一日だった。




