第28話 朝・神様の視線とネット解禁
十日目の朝。ついに二桁に突入した。
「10日目……もう3分の1だ……早いな」
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。十日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
LAUNDRYボックスを開ける。チェックのシャツとスカート。
「お、可愛い!秋っぽい!」
少しだけ秋っぽいけど、動きやすくていい感じだ。袖を通す。肌触りがいい。
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、今日は秋服だよ!可愛いよね」
ボトル子は笑ってる。いつもの笑顔。変わらない笑顔。
タッチパネルでおにぎり注文。鮭おにぎりと昆布おにぎり。
「10日目もおにぎり!もう、おにぎり握るプロになれるかも」
ウィーンとトレーが出てくる。焼きたての海苔の香り。温かい匂い。
でも、また完璧なタイミングだ。私が起きたタイミングで、ちょうど温かい。いつも。毎日。
まるで、全部見られてるみたい。
もぐもぐ食べながら、今日のスケジュール確認。
【Day10:端島神社跡】
「端島神社……こんな島にもあったんだ」
資料を開く。端島神社。島の頂上部、岩礁の最も高い場所に「端島神社」という神社があったらしい。炭鉱の神様と、海の神様が祀られていた、島の守り神。
「へぇ、守り神……」
写真を見る。急な石段と、その先に小さな社殿。
「階段、急そう……」
読み進める。「地獄段」と呼ばれる、島のほぼ中央を通る迷路のような階段。最低地から最高地まで蛇行しながら続く長い長い階段。子供たちの遊び場だったり、お祭りで御輿を担いで駆け下りたり。
「地獄段って名前……怖い……」
そして、神社の境内。
「島民たちの、格好のデートスポットでもあった……」
神聖な場所でありながら、人々の憩いの場でもあったんだ。
「デートスポット……いいな」
おにぎりの最後の一個を食べて、口を拭く。
「よし、行こう」
日焼け止めを塗る。虫除けスプレーもシュッシュッ。十日間で、完全にルーティン化した。カメラとドローンを準備。
ボトル子に手を振る。
「行ってきます!」
ボトル子は笑ってる。いつも笑ってる。変わらない笑顔。
ロケハンのために、私は島の「てっぺん」を目指した。
「地獄段……本当に地獄みたいな名前……」
階段の前に立つ。見上げると、首が痛くなる。
「うわ、急……これ登るの……?」
深呼吸。
「よし、行くぞ」
一段、また一段。
「はぁ、はぁ……」
10段で既に息切れ。
「きつい……」
20段。
「はぁ、はぁ、もう無理……」
立ち止まって、振り返る。
「結構登った?」
まだ全然。
「うそ……まだこれだけ?マジか……」
30段、40段。
「足が……重い……」
膝が笑ってる。途中で座り込む。十日間の疲労が、足に来てる。
「休憩……疲れた……本当に地獄だ……」
でも、諦められない。
「よし、もうちょっと」
50段、60段。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
汗だく。チェックのシャツが汗でべったり。暑い。でも、登り続ける。
70段、80段、90段。
「もうすぐ……かな……」
100段。
「やっと……!」
頂上にたどり着いた。
「着いた……!」
息を切らしながら、その場にへたり込む。
「疲れた……死ぬ……」
しばらく、動けなかった。呼吸を整えて、顔を上げる。
そこには、崩れかけた鳥居と、風化した狛犬だけが残っていた。
「鳥居……」
社殿はもう、跡形もない。岩礁からはみ出すように建てられていたという神殿も、拝殿も、何も残っていない。でも、そこからの眺めは、本当にすごかった。
「うわぁ……!」
島全体が、ミニチュアみたいに見渡せる。
「すごい……全部見える……」
30号棟、65号棟、日給社宅、学校、病院。私が歩いてきた場所、全部見える。青い海が、360度広がっている。陸地が見えない。でも、美しい。
「神様って、いつもここから島を見てたんだな……」
風が、私の汗を優しく拭ってくれた。気持ちいい。疲れが、少しずつ消えていく。
「ここ、いい場所だな」
鳥居に近づく。石造り。所々欠けてる。でも、まだ立ってる。狛犬も見る。風化して、顔の細部が分からない。でも、ちゃんと狛犬だって分かる。
撮影開始。鳥居、狛犬、石段、そして眺望。全部記録する。
午前中いっぱい撮影して、部屋に戻る。階段を下りるのも大変。
「降りるのも怖い……」
一段一段、慎重に。
部屋に戻って、昼食。カレーライス。
「カレーだ!美味しそう!」
湯気が立ち上る。カレーの匂い。スパイスの匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
一口食べる。
「辛っ!でも美味い!」
食べ終わって、PCを起動すると、見慣れないポップアップが表示された。
『本日より、インターネットへの接続を1日1時間許可します。SNS等、一部サイトへのアクセスはブロックされます』
「え……ネット!?」
画面を二度見する。
「ネット!?本当に!?嘘でしょ!?」
私は震える手で、ブラウザを開いた。繋がる?繋がる?
ローディング。
「……!」
本当に繋がる……!
「繋がった!本当に繋がった!やったー!!」
椅子から立ち上がって、ガッツポーズ。
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、ネット繋がったよ!インターネット!すごいよね!」
ボトル子は笑ってる。いつも黙ってる。でも、そこにいる。
SNSが見られないのは残念。
「インスタ見たかった……ミカの投稿見たかった……」
でも、それでも。外の世界と繋がってる。それだけで、涙が出そうになった。
「10日ぶりのネット……」
検索窓を見つめる。何検索しよう。いろんなことが頭に浮かぶ。
「とりあえず……軍艦島?」




