第26話 昼・止まった時間と進む時間
部屋に戻って、まずは水分補給。ボトル子のお友達から、ごくごくと。
「あー生き返る!」
タッチパネルで昼食を注文。今日はざるそばにしよう。
「やっぱりそばだよね!もうそば中毒かも!」
熱々の……じゃなくて、冷たいざるそばが出てくる。つゆもちゃんと冷えてる。そばの香りが、部屋に広がる。
温かい匂い……じゃない、冷たい香り。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
「いい匂い!そばの香りがする!」
箸で麺をつまんで、つゆにちょんとつけて、ずるずるっと。
「美味しい!喉越し最高!」
つるつる入る。そばって、どんな時でも美味しく食べられる。疲れてる時も、元気な時も。
「もう、そばは私のソウルフードかも」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、そば美味しいよ。ボトル子は何も食べないけど」
ボトル子は黙ってる。でも、そこにいる。いつも、そこにいる。
食べながら、午前中のことを反芻する。
市場跡を歩いていると、不思議な感覚に陥った。建物やモノは、1974年で時が止まってる。でも、壁の崩落や、植物の成長は、確実に時間が進んでいることを示している。
「廃墟って、時間が止まってるようで進んでるんだな……不思議」
止まった時間と、進む時間。両方が、同じ場所にある。矛盾してるけど、それが現実。
そばを食べ終わって、口を拭く。
「よし、午後も頑張ろう!屋台の跡を重点的に撮影する!」
カメラとドローンを持って、再び市場跡へ。今度は細部を狙う。
コンクリートの台座を見つける。四角くて、平らで、何かを乗せるために作られたような形。
「これ、屋台の台?」
しゃがんで見る。手で触る。ざらざらする。冷たい。
「ここに、屋台が乗ってたんだ……何のお店だったんだろう」
魚屋?八百屋?肉屋?それとも日用品を売る雑貨屋?
想像する。おじさんが立ってて、威勢よく声をかけてる。
「いらっしゃい!今日は鯵が新鮮だよ!」
そんな声が聞こえてきそう。
カメラで撮影。いろんな角度から。上から、横から、斜めから。
「これも大切な記憶だもん」
次は、水槽の跡を発見。小さなコンクリートの四角い窪み。
「これ、魚を入れてた水槽?」
中を覗き込む。底には砂が溜まってる。
「ここに水を張って、魚を泳がせてたのかな……生きた魚を見せて、『新鮮だよ!』って」
「なるほど……ライブ感をアピールしてたんだ」
今のスーパーの鮮魚コーナーと一緒だ。人間のやることって、昔も今も変わらないんだな。
撮影。水槽の形がくっきり分かるように、いろんな角度から。
商品を冷やしていたであろう水槽の跡も見つける。こっちは少し大きい。
「これは野菜を冷やしてた?暑い島だから、冷やさないと傷んじゃうもんね」
一つ一つ、想像しながら撮影していく。ファインダーを覗いていると、まるで自分がタイムスリップして、市場の片隅に立っているような気分になる。
客が腰掛けていたかもしれない石のベンチも発見。平たい石で、ちょうどいい高さ。
「あ、これベンチ?」
座ってみようかと思ったけど、崩れそうで怖い。
「危ないからやめとこ……でも、ここで休んでた人がいたんだろうな」
想像する。おばあちゃんが座ってて、買い物袋を膝に置いて、「今日は何買おうかしら」って考えてる。
「そんな風景が、確かにあったんだ」
撮影を続ける。夢中になって、気づいたら1時間も経ってた。
「もうこんな時間……暑い……」
汗だく。パーカーが肌に張り付く。水分補給しなきゃ。でももうちょっと頑張る。
撮影を続けてると、ふと、足元に何か光るものを見つけた。
「ん?」
しゃがんで見る。錆びた硬貨が落ちている。
「これ……」
拾い上げてみる。十円玉だ。でも、今のとはデザインが違う。古い。
「昭和……45年?」
裏面を確認。間違いない。昭和45年の十円玉。
「1970年……50年以上前の十円玉!」
ここで、誰かが落としてしまったんだろうか。買い物してて、お釣りをもらう時に落としちゃったのかな。それとも、お店の人が落としたのかな。
手のひらで転がしてみる。小さくて、軽くて、でも重い。
「この小さな十円玉一つにも、物語がある……」
誰かが、この十円玉を握りしめて、市場に来た。何を買おうとしてたんだろう。パン?野菜?それともお菓子?
「落とした時、気づいたのかな……それとも、気づかなかったのかな……」
気づいたなら、すごく残念だっただろうな。昭和45年の十円玉。当時はもっと価値があったはず。
胸がキュッとなる。私は、その十円玉を、ポケットの中のビー玉の隣にそっとしまった。
「大切にするね。ビー玉と一緒」
二つとも、誰かの大切な思い出。私が見つけて、私が預かる。
「ちゃんと持ってるからね」
撮影を続ける。でも、さっきより視点が変わった気がする。
「一つ一つに、物語がある」
台座も、水槽も、ベンチも、看板も。全部、誰かの人生の一部。誰かの日常。誰かの笑顔。
「全部記録する。丁寧に」
シャッターを切り続ける。カシャ、カシャ、カシャ。
静寂の中、その音だけが響く。
夕方、オレンジ色の光が市場跡を照らし始めた。
「この光、きれい……」
壁が黄金色に染まる。夕焼けって、廃墟を優しく包むんだな。
「夕日に照らされる市場跡……エモすぎる」
最後の数枚を撮影。この光は逃せない。
「完璧」
今日の撮影枚数を確認。
「2800枚……十分すぎる!」
充実感で胸がいっぱい。疲れたけど、いい疲れ。
部屋への帰り道、階段を上りながら、ポケットの中の十円玉を触る。
「ありがとう。あなたの記憶も、ちゃんと残すからね」
小さく微笑む。
「今日も、いい一日だった」
部屋に戻って、ボトル子に報告。
「ただいま、ボトル子!十円玉見つけたよ!」
ポケットから取り出して、ボトル子の横に置く。ビー玉の隣に並べる。
「昭和45年の十円玉。ビー玉の友達だね」
ボトル子は黙って私を見てる。いつも黙ってる。でも、いつもそこにいてくれる。
「そうだよね、仲良くしてね」
今日も、一人じゃなかった。ビー玉と十円玉と、ボトル子がいる。




