第24話 夜・写真への愛情と一島一家族
部屋に戻って、まず最初にしたことは、メイド服を脱ぎ捨てることだった。
「やっと脱げる!解放!」
エプロンを外す。ワンピースのボタンを外す。
「ボタン多い!1、2、3、4……数えるのもめんどくさい!」
一個一個外していく。指が疲れる。ボタンって、こんなに大変だったっけ。
「なんでこんなにボタンあるの……設計ミスでしょ……」
やっと脱げた。
「解放感!自由!最高!」
LAUNDRYボックスに放り込む。
「明日は何着せられるんだろう……もうメイド服は勘弁して……お願い……」
シャワーを浴びる。
「あー気持ちいい!さっぱり!生き返る!」
一日の汗と埃を洗い流す。最高の瞬間。
髪を洗おうとして、シャンプーのボトル取ろうとしたら、手が滑って落とす。
「あっ!また!」
床に落ちるボトル。カラン。
「もう、毎日これ……」
拾って、今度は慎重に握る。
「よし……落とさないぞ……」
髪を洗う。でも、案の定シャンプーが目に入る。
「痛っ!もう!毎日恒例!いい加減学習しろって自分!」
もう驚かない。すぐに水で流す。慣れた動作。
「毎日のルーティンになってる……悲しい……」
体を洗って、さっぱり。
シャワーから出て、タオルで髪を拭く。
「生き返った……人間に戻った気分……」
今日の夕食は、しゃぶしゃぶだった。
「やった!しゃぶしゃぶ!豪華!」
タッチパネルをポチッと押すと、ウィーンとパネルが開いて、トレーが出てくる。薄切りのお肉と野菜、それにポン酢とごまだれ。小さな鍋に火がついてる。
湯気が立ち上る。肉の匂い。温かい匂い。
でも、この部屋は相変わらず冷たい。
「豪華すぎる!すごい、ちゃんとしゃぶしゃぶできる!」
お肉を箸で持って、お湯にくぐらせる。
「しゃぶしゃぶ~」
数秒で色が変わる。ピンク色から茶色に。
「できた!早い!」
ポン酢につけて、一口。
「美味しい!柔らかい!とろける!」
次はごまだれで。
「こっちも美味しい!濃厚!クリーミー!」
野菜もしゃぶしゃぶ。
「白菜、しんなりして甘い~」
「えのきもいい感じ~シャキシャキ~」
お肉をしゃぶしゃぶするの、楽しい。見てるだけでも楽しい。
「これ、家族でやったら楽しいだろうな……ワイワイ言いながら……」
ミカとも、やったことある。去年の冬、ミカの家で。
「ミカ、いつも『肉ばっかり食べないで野菜も食べなよ』って言ってたな……お母さんみたいなこと言って」
「『ユイは肉食系だね』って……それでいつも笑ってた……」
楽しかった。美味しかった。温かかった。
「また一緒に食べたいな……ミカと……」
一人でしゃぶしゃぶ。美味しいけど、ちょっと寂しい。誰かと食べたい。
「でも、贅沢だよね。こんな美味しいもの食べられて」
今日は、肉体的にも精神的にも頑張った。メイド服で廃墟探索とか、普通じゃない。
食べ終わって、満足。お腹いっぱい。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
残高33,850円。順調に減ってる。でも、ちゃんと管理できてる。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、しゃぶしゃぶ美味しかったよ。肉も野菜も最高だった」
ボトル子は黙ってる。でも、聞いてくれてる。いつも聞いてくれてる。
「今からデータ処理するね。見てて」
PCの前に座る。ゲーミングチェアが体を包み込む。
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
今日の撮影枚数は、4120枚。また記録更新だ。
「すごい量……でも全部大切。一枚も無駄な写真はない」
データをPCに取り込んで、記憶の紡績開始。
「よし、行くよ!今日もいいモデル作るぞ!」
Align Images実行。処理開始。PCがうなり始める。ブゥゥゥン。
待ってる間、ボトル子と話す。
「ねえボトル子、今日ね、アルバム見つけたんだ」
「家族の写真がいっぱいあって……みんな幸せそうで……」
「見てて、泣きそうになっちゃった」
処理を待つ間、今日の撮影を振り返る。
あのアルバムを見つけてから、私の撮影は少し変わった気がする。
「ただ形を記録するだけじゃない……」
そのモノが持つ、背景や物語を想像しながらシャッターを切るようになった。
「このちゃぶ台で、どんな会話が交わされたんだろう」
「この柱の傷をつけた子は、今、どこで何をしているんだろう。大人になって、家族がいるのかな」
一つ一つに、人生がある。物語がある。
ピコン、と音が鳴る。処理完了。
画面に現れた日給社宅の時間の化石は、これまで以上に、温かみを持っているように見えた。
「すごい……生きてる……」
マウスでぐるぐる回す。
廊下、部屋、窓辺。
「赤い靴も、ちゃんと残ってる。細部まで再現されてる」
「柱の傷も……一本一本見える……」
それは、私の視点が変わったからかもしれない。愛情を持って撮影したから。
Create Model、Simplify、Unwrap、Texture。
処理を進めながら、また処理待ち。待ち時間が長い。
待ってる間、椅子に座ったまま目を閉じる。
「ちょっとだけ……休憩……」
気づいたら30分経ってた。
「また寝てた!?うたた寝しすぎでしょ私!」
慌てて画面を確認。処理は無事に続いてる。
「よかった……止まってなくて……」
最後のTexture処理。120分待つ。長い。
完成。
完璧な日給社宅の3Dモデルが画面に現れた。
「できた……完璧……」
マウスで回す。どの角度から見ても、生活の痕跡が残ってる。
「あ、わかった!」
思わず、声が出た。大きな声。
「写真は被写体への愛情表現なんだ!」
お祖母ちゃんが、古い写真を大切にしていたように。
この建物や、ここに住んでいた人たちのことを、もっと知りたい。もっと好きになりたい。
そう思って撮ったから、今日の写真は、今までと何かが違うんだ。
「『それなり』に、じゃダメなんだ」
「私が、心から納得できるものを撮らなきゃ」
品質への覚醒。それは、技術的なことだけじゃない。被写体と向き合う、心の問題だったんだ。
「そうだったんだ……やっと分かった……」
ボトル子に報告。
「ねえボトル子、私、気づいたよ。写真って、愛情表現なんだって」
ボトル子は黙ってる。でも、分かってくれてる気がする。いつも分かってくれてる。
「そうだよね、分かってくれるよね」
完成したモデルを保存して、解説資料を開く。
「一島一家族……」
資料を読む。島民同士の絆は非常に強く、隣の家の夕飯のおかずを分けてもらうのは日常茶飯事だったらしい。
「いいな……温かいな……」
私は、ふと自分のスマホの連絡先を思い浮かべた。圏外だから見れないけど、覚えてる。
「登録されてる友達……100人以上いる。LINE交換した子、全部入れてるから」
でも、本当に「家族みたい」って言える子はいるだろうか。
「ミカとは親友だけど……」
昨日何を食べたかなんて知らない。今日何があったかも、LINEで聞くまで分からない。
悩みを打ち明けるのだって、LINEでスタンプを一つ送るのが精一杯だったりする。
「スタンプ一個で、『大丈夫?』って……それで、『うん、大丈夫』って返ってきて……」
「本当は大丈夫じゃないかもしれないのに。もっと話したいことがあるかもしれないのに」
この島の人たちの繋がりと、私の繋がり。
どっちが豊かで、どっちが寂しいんだろう。
「分からない……答えなんて出ない……」
でも、考えることは大事だ。疑問を持つことは大事だ。
私は机の上のボトル子に、力強く頷いてみせた。
「ボトル子、私、ちょっとだけ分かった気がするよ。人との繋がりって、数じゃないんだよね」
ボトル子は、いつものように、にっこりと笑っていた。変わらない笑顔。
ふと、カメラバッグを見る。
「そうだ……」
カメラバッグから、タオルに包まれた食器を取り出す。
厚生食堂の丼ぶりとビールジョッキ。四つ。
「どこに飾ろうかな……」
窓辺のスペースを見る。ボトル子の隣。
「ここがいい。ボトル子の隣に並べよう」
窓辺に丼ぶりを置く。蓋付きの赤と白の丼ぶり。龍の絵が描かれた白い丼ぶり。
「『厚生食堂』……ここに書いてある……」
蓋の文字を撫でる。
ビールジョッキも並べる。二つ。底の厚さが違う、手作りの温かみ。
「いい感じ……」
月明かりが、食器を照らす。銀色の光。静かな光。
「ねえボトル子、新しい仲間だよ。厚生食堂から連れてきたの」
ボトル子は黙って笑ってる。でも、歓迎してくれてる気がする。
「大切にするからね。ずっと、一緒にいてね」
食器に手を合わせる。
「おやすみなさい」
【残り日数:22日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
「あと22日……もうすぐ3分の1が終わる……」
脱出までの道のりは、まだ遠い。でも、確実に前に進んでる。
「私、成長してる。技術も、心も」
小さくガッツポーズ。握りこぶしを作る。
「おやすみ、ボトル子」
ベッドに入る。ボトル子を枕元に置く。いつもの場所。
「明日も頑張ろうね。また新しい発見があるといいな」
目を閉じる。
今日も、一人じゃなかった。
静寂が、部屋を包む。




