第10話 朝・歴史のラスボスと貝殻コンクリ
四日目の朝。 差し込む光で目が覚める。もう慣れてきたかも。
いつものようにLAUNDRYボックスの上の紙袋を開けて、思わず固まった。
「……は?黒ジャケ?ライダース?!」
黒いライダース風のジャケットとタイトなジーンズ。
「ちょっと待って、今日も猛暑だよ?窓見て!カンカン照りだよ?!」
衣装担当さん、ついに私を殺しにきた?サウナスーツのつもり?
「これ着て外出たら、確実に熱中症じゃん!」
でも他に選択肢はない。恐る恐る袖を通してみる。
「あれ?意外と薄手……でも暑いことには変わりないけど!」
鏡を見る。
「なにこれ、バイク乗りそう。免許ないけど」
タッチパネルで朝食のトースト注文。
「今日はピーナッツバター!甘じょっぱさがクセになる!これで元気出す!」
ピーナッツバターをたっぷり塗って、もぐもぐ。
「うまっ!でもベタベタする!」
指についたピーナッツバターを舐めながら、今日の撮影対象を確認。
【Day4:30号棟】
PCで『軍艦島解説資料』を開く。
「30号棟……日本最古の、鉄筋コンクリート造アパート……」
建設されたのは大正5年。1916年。
「たいしょう……ごねん?えーっと」
指折り数える。
「1916年……100年以上前!?東京駅が1914年だから……え、ほぼ同じ!?」
画面に顔を近づけすぎて、鼻がディスプレイにぶつかる。
「痛っ!」
資料をさらに読む。
「『グラバーハウス』って呼ばれてたこともある?グラバー邸のグラバーさん?」
「でも島民はそう呼んでなかったって……謎だ」
「そんな大昔に、こんな離島に7階建て?!信じられない!」
写真を見ると、建物が「ロの字」型。
「光庭?中庭のことか!真ん中が吹き抜けになってるんだ」
「階段室がなくて、直接屋上に階段が……え、雨の日どうするの?」
さらに驚いたのは建材の記述。
「鉄筋にワイヤーロープ?!炭鉱の廃材を再利用!?」
「トロッコのレールも使ってる!?エコじゃん!」
「セメントに混ぜる砂は高浜の砂浜から……壁面には今でも無数の貝殻を発見できる……」
「貝殻入りのコンクリート!エモすぎ!なにそれロマンチック!」
想像してみる。100年前の人たちが、砂浜から砂を運んで、その中に貝殻が混じってて……
「めっちゃいい話じゃん!泣ける!」
間取りを確認。
「六畳一間に土間兼台所……狭っ!」
「四畳一間もあるの?!もっと狭い!」
「共同トイレ……プライバシーゼロじゃん」
でも、当時の組夫(下請け業者)の人たちが住んでたんだ。
「給料の支払い窓口が1階にあって……給料日は仕事帰りに真っ先に受け取れた」
「4階には松尾工務店食堂……組ごとにまかない食堂があったんだ」
「地下には時計店や食料品店も!小さな街じゃん!」
朝食を終えて、日焼け止めを塗りたくる。
「顔、首、腕……今日は特に念入りに!黒ジャケで汗だくになるの確定だし」
ジャケットのジッパーを上まで上げる。
「暑っ!もう暑い!まだ部屋の中なのに!」
でも気合を入れて外へ。
「今日は日本最古の鉄筋コンクリートアパートに会いに行くんだ!歴史のラスボスだ!」