第9話 夜・学び舎の化石と失われた日常
部屋に戻って、まずシャワー。
「あー気持ちいい!生き返る!」
セーラー服を脱ぐのも一苦労。ボタンが多すぎ。
「なんでこんなにボタンあるの?!もう!」
シャワーで汗と日焼け止めを洗い流す。髪を洗ってたら、シャンプーが目に入る。
「痛っ!目が!目がー!」
必死で水で流す。もうドタバタ。
やっとさっぱりしてPC作業開始。地上と空から撮影した、合計3000枚以上の写真をPCに取り込む。
「よし、記憶の紡績、スタート!」
PCが唸りを上げる。
「頑張れ相棒!今日もよろしく!」
待ってる間、お菓子を食べる。ポテチをボリボリ。
「あ、キーボードにカスが……まあいいや」
処理が終わって、画面を見た瞬間。
「うわあああ!すごい!」
驚くほど精密な端島小中学校の3Dモデル。7階建ての巨大な校舎が完璧に再現されてる。
「割れた窓枠、壁のヒビ、入口の軍艦島のタイル絵!……全部ある!」
「あ、6階の講堂の床の抜けてるところまで再現されてる!」
「3階の職員室の机も!出席簿みたいなのも見える!」
マウスでぐるぐる回す。
「65号棟との連結部分もバッチリ!」
「体育館の跡もちゃんと分かる!」
「やった!完璧じゃん!私、マジで天才!」
嬉しすぎて椅子ごとクルクル回る。目が回る。
「うわ、気持ち悪……回りすぎた」
夜、煮魚定食を食べながら今日の成功を噛み締める。
「お魚の優しい味が染みる~。おばあちゃんの煮魚思い出すな」
箸で魚の身をほぐしてたら、小骨が刺さる。
「痛っ!なにこれ!」
必死で取ろうとするけど取れない。
「もう!なんで魚には骨があるの!」
やっと取れた。残高35,650円。でも満足感でいっぱい。
夕食後、解説資料を読み返す。
「『至誠・博愛・健康』……いい校訓だな」
「昭和48年9月7日、最後の運動会……きっと盛り上がったんだろうな」
「その時はまだ、半年後に学校がなくなるなんて思ってなかったよね」
卒業文集の一節が目に留まる。
『この島で生まれたことを、誇りに思います。本土の友達には分からないかもしれないけど、私たちには海と、空と、たくさんの家族がいました』
「なんか、泣けてくる……」
「760人の子供たち、みんな仲良かったのかな」
「狭い島だから、喧嘩してもすぐ仲直りしなきゃいけなかったよね」
完成した3Dモデルに触れると、また変な感覚。
子供たちの笑い声が、黄色い光の粒になって弾けるのが視えた。
「チャイムの音が聞こえる気がする……」
「『起立、礼、着席』の声も……」
「給食のカレーの匂いも……」
「うわ、また来た。この能力」
自分の学校が急に恋しくなる。
「ミカ、今頃何してるかな。きっと『ユイがいないとつまんない』とか言ってるよね……言ってるといいな」
退屈だと思ってた数学の授業も、休み時間のくだらない話も、全部キラキラした宝物だったんだ。
「当たり前って、なくなって初めて分かるんだな……」
「この島の子供たちも、まさか学校がなくなるなんて思ってなかったよね」
ちょっとセンチメンタルになって、PCの画面の廃校をそっと撫でる。
「君たちの思い出、ちゃんと残すからね」
「80年の歴史、私が記録するから」
独り言が増えてきた気がする。まあいいや、誰も聞いてないし。
……聞いてるのは監視カメラだけか。
「見てる人、私のこと変な子だと思ってるだろうな」
でも気にしない。だって、ちゃんと成果出してるもん。
ふと思う。
「もしかして、この端島小中学校の3Dモデル、世界初級?」
「だって、普通は立ち入り禁止だし」
「私、すごいことしてるのかも」
【残り日数:27日】
カウントダウンの数字を見る。
「27日かぁ。長いような、短いような。でも、なんとかなりそうな気がしてきた!」
ベッドに倒れ込む。今日も疲れた。でも充実してた。
「明日は何着せられるんだろう……まさかチャイナドレスとか?」
「いや、体操服とかブルマとか?それはそれで恥ずかしい」
そんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。
夢の中で、760人の子供たちの笑い声が聞こえた気がした。