Episode.Fin/空に還る
エンジンが、呻くような悲鳴を上げていた。
焦げた鉄の匂いがコックピットの中に充満している。
紅く光る警告灯。制御不可能、オーバーヒートを示すランプが明滅している。
冷却装置の温度計は既に、限界を越えて振り切れていた。
それでも、フィンは操縦桿を離すことなく、しっかりと強く握り締めていた。
最初から分かっていた。
直せるだなんて、彼女には嘘を吐いていた。
──この戦闘機は、祖国まで保たない。
地図上にある帰るべき場所まで、届くことはないだろう。
だが、それでも構わなかった。
彼女――リアナには、何も言わずに出てきてしまった。
いや、言えなかったのだ。
あの瞳に宿る感情が、あまりに真っ直ぐすぎて。優しすぎて。
少しでも手を伸ばせば、自分の弱さがその光を曇らせてしまいそうで。
──彼女との未来を、求めてしまう気がして。
ずっと、怖かった。
きっと戦争で大勢の人を殺した、大罪を背負ったこの手が。
そんな幸福な未来を掴もうとするなんて、あまりに都合が良すぎた。
……婚約者がまだ生きているかは分からない。
侵略戦争を受けていた国だ。もう誰もいないかもしれない。
それでも、せめて死ぬなら。過去に向き合い、その『可能性』の中で死にたいと思った。
──それが、僕にできる最期で唯一の『帰還』だ。
(ごめんな、リアナ)
心の中で、穏やかに呟く。
君が差し出してくれた水の冷たさも。
木陰で見上げた空の青さも。
ふいにこぼれるあの小さな笑顔も──全部、忘れたくなかった。
君のそばで、生きたいと思ってしまった。
でもそれは、許されるべき願いではなかった。
高空に差し掛かったその時、風が急に乱れた。
機体が、制御を失って軋む。
熱で膨れ上がったパネルが悲鳴を上げ、弾けるように罅割れる。
ガクンと身体が傾く。操縦桿が震え、エンジンが一瞬、息を止めた。
それでも、フィンは静かに目を閉じて思う。
(──君に、会えてよかった)
左手の薬指に刻まれた指輪の感触が、最後の記憶のように蘇る。
でも今はもう、それ以上に強く残っているものがあった。
指輪の冷たさよりも、最期まで思い出せなかった記憶よりも、ずっと温かくて──、
──それは、少女の名だった。
森で出会った、温かなな灯火のような存在。
その名を、最後にもう一度、心の奥底で強く、強く叫んだ。
――リアナ。
そして、すべてが白い光に包まれた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
最近はメンタル的に書くのが辛かった中、頑張って書き上げた作品です。
童話の映画化、みたいなイメージで書いてました。
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