虚栄の権威//ジェーン・ドウ
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──虚栄の権威//ジェーン・ドウ
ジェーン・ドウから私たちが呼び出されたのは、ジェーン・ドウがミネルヴァのテロについて調べるといった4日後のこと。
「いよいよ我々はミネルヴァの分割についてメティスと合意を得る段階まで来ています。パラテックという技術は責任ある人間たちによって管理されるべきだという合意が形成され、あとは細かな話し合いが残るのみです」
大井とメティスによるミネルヴァの分割。
さしものミネルヴァも六大多国籍企業を相手にしては、まな板の魚のように捌かれてしまうしかないでしょうね。
「ですが、その前に片付けなければいけない問題があります。TMC自治政府へのテロ計画についてです」
「それはまだ進行中なのか? その仕事を手伝うはずだった無道会は潰れただろう?」
「ええ。その通りですが、計画そのものは依然として進行中のようなのです」
「ふむ?」
リーパーは先を促すように求める。
「保安部があれからあなた方が回収したデータを調べたのですが、それによれば計画実行のためにはもはや無道会は必要ないということなのです。準備段階は既に完了しており、彼らはあとは攻撃を実行するのみなのです」
「つまり、テロは実行に向けて進行中であると?」
「はい。恐らく実行は2、3日後。目標は変わらずTMC自治政府」
私が尋ね、ジェーン・ドウが答える。
「ふん。しかし、どうにも俺にはやつらが本気でTMC自治政府を攻撃する気とは思えん」
リーパーはそう言った。彼はジェーン・ドウを疑っているというよりも、この話そのものに穴があるという感じです。
「考えてみろ。この状況で大井やメティスではなく、TMC自治政府なんてちゃちな目標の攻撃に必死になる理由は何だ? そこに何の意味がある? お前にだって分かっているんじゃないか、ジェーン・ドウ?」
そうです、そうです。大井とメティスによる本格攻撃前に、ミネルヴァがやらなければいけないこととは思えません。
「なかなか鋭いですね。そうです。これは陽動である可能性が極めて高いと見ています。彼らが計画している主攻から目をそらさせるための、ですね」
ジェーン・ドウはあっさりとそう認めた。
「しかし、これが陽動であろうと対処しないわけにはいきません。さらに言えばこの攻撃に連動してトロントでもテロが計画されているようなのです」
「トロント。メティスの本社がある……」
「ええ。陽動なのは目に見えていますが、対処しなければ我々の面子は潰れる」
TMCとトロントの両方を攻撃するミネルヴァ。彼らが隠そうとしている本命の攻撃とはいったい……?
「本命の攻撃とは何か。それについては保安部が調査を進めていますが、今のところはっきりしていません。ですが、そちらが判明すれば対処のために動いてもらうことになるでしょう。お願いします」
ジェーン・ドウは私たちにそう頼んだ。
「ですが、今はTMC自治政府へのテロを阻止することが優先です。計画ではTMC自治政府長官の暗殺が計画されていました。それもTMC自治政府庁舎を占領して、処刑するというものです」
「へえ。それは楽しそうだ」
「楽しくなどありません」
リーパーがにやりと笑うのにジェーン・ドウは渋い顔。
「あなた方にはこれからTMC自治政府長官の護衛についてもらいます。彼を殺害されないようにしてください」
「大井統合安全保障は?」
「もちろんTMC自治政府庁舎の守りを固めますが、物事に絶対がない以上は最高の駒を集めておくしかありません」
私たちは最高の駒らしい。喜ぶべきか否か。
「では、仕事の無事の達成を祈ります」
そう言ってジェーン・ドウは手を振り、私たちは喫茶店を出た。
「しかし、TMC自治政府長官の護衛とか、私たちのような傭兵に回していい仕事なんでしょうか?」
そう言うのって正規の機関が行うべきものなのではと私。
「TMC自治政府なんて名目上TMCの統治機関であるだけで、実際の権力なんてものはない。傭兵を護衛につけたところで、それが大井の決定ならば文句を言える立場にはない」
「そうなんですね」
「TMC自治政府が何かしらの行動を起こしたことがあるか思い出してみろよ」
「確かに政策らしきものは何も…………」
TMC自治政府は存在する意味があるのか分からないぐらい何もしていない。
「大井が表に出て統治すれば、TMCから外資が逃げる。だから、TMC自治政府が存在している。そんなところだ。ゲームで勇者に数ゴールドの端金とこん棒を渡すぐらいしか権利がない王様と一緒だな」
RPGの王様のイメージってあるゲームで固定されている感がありますよね。
「そんな人間でも守らないといけないみたいなので、どうにかしましょう」
「ああ。一応仕事ではあるからな。ただ肩透かしに終わりそうな気もする」
「陽動の件、ですか?」
「ああ。もう既に連中の陽動は成功している。大井は陽動とは言えど警戒せざるを得なくなった。こうなると実際にテロを起こすのも、起こさないのも同じことだ。違うか?」
「まあそれはそうですね。大井的には私たちを動かした時点で陽動に乗っているようなものです」
「ああ。だから、実際にテロも何も起きずに、退屈するって結果になるかもしれん」
「私たちにはそれは当たりなのですけどね」
何も起きないなら、何も起きないに越したことはないのですよ。
「さて、そろそろTMC自治政府庁舎だ」
TMC自治政府庁舎はセクター5/1に位置している。仮にもTMC自治政府を名乗る組織の庁舎が大井より低いセクターにあるというのが、その扱いを物語っていた。
私とリーパーはSUVを駐車場に止め、庁舎内に入る。
「ようこそTMC自治政府庁舎へ。ご用件は何でしょうか?」
「TMC自治政府長官に用がある。ジェーン・ドウからの使いだ」
「しばらくお待ちください」
受け付けボットがリーパーの要求を処理し、それから私とリーパーにビジターIDが付与される。
「長官は執務室でお待ちです」
「あいよ」
私たちはTMC自治政府庁舎をエレベーターで上層に上がる。
「TMC自治政府長官ってどんな人なんでしょう?」
「さあ?」
ここら辺もTMC自治政府の重要性の低さがうかがえます。
それからエレベーターは上層で止まり、私たちはエレベーターを降りるとARの表示される案内に従って長官の執務室を目指す。
「止まれ」
執務室前には大井統合安全保障のコントラクターが警備に当たっており、私たちのIDをスキャンしていく。
「ジェーン・ドウから連絡があった傭兵か。通れ」
「はいはい。どうもです」
私たちはコントラクターの許可を得て、執務室に入室。
「君たちが私の護衛に当たるという傭兵か」
執務室にいた長官は40代前半ほどの思ったより若い人だった。
ARデバイスの表示には『TMC自治政府長官:田中エドアルド』とある。
「ああ。これからしばらくあんたの身を守る」
「それはありがたい限りだ。テロが迫っているという情報があるからな……」
リーパーの言葉に田中長官は呻くようにそう言った。
さて、これから仕事の始まりです。私たちは無事に田中長官をテロから守ることができるのか……。
それともリーパーが危惧したようにテロなど起きないのかもしれません。
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