TMCコネクション//前哨戦の始まり
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──TMCコネクション//前哨戦の始まり
私たちが再びジェーン・ドウに呼び出されたのは、帝都生化技研を相手にした仕事から3日後。
いつものようにセクター4/2の喫茶店に私とリーパーはやってきた。
「まずはお知らせを。正式に我々大井とメティスの対ミネルヴァ同盟が発足しました」
「へえ」
ジェーン・ドウからそう聞かされるのにリーパーはちょっと興味を示す。
「これからミネルヴァ相手の戦争が始まります。その狙いはひとつ。ミネルヴァを大井とメティスで分割することでパラテックを制御下に置くと同時に、ミネルヴァという不穏分子を抹消することです」
ジェーン・ドウの告げたのはミネルヴァの分割。
「なら、今回の仕事は早速ミネルヴァへの攻撃ですか?」
「その前哨戦です。帝都生化技研の件で調査を進めていましたが、ミネルヴァを支援している存在がいます。パトリオット・オペレーションズだけでなく、TMCの一部犯罪組織も加担しているのです」
私が尋ねるのにジェーン・ドウがそう返した。
「そいつらを始末することが仕事か」
「ええ。将を射んとする者はまず馬を射よ、というでしょう? 我々はまずミネルヴァの手足になっていたものを断っていきます」
「面白そうだ」
リーパーはドンパチの予感にわくわくした表情を浮かべる。
「最初の目標は無道組というヤクザです。こいつらは帝都生化技研や他のミネルヴァの研究機関に人体実験のための人間を供給していたという事実が明らかになっています」
無道会の情報が私たちに送られてくる。
無道会はチャイニーズマフィアと組んでTMCへの密入国を斡旋するビジネスをしているほか、性的搾取や臓器売買目的の人身売買なども仕事として行っているというなかなかに極悪な組織です。
「このヤクザは近々幹部が集まって話し合いをするという情報を掴んでいます。あなた方にはそこを襲撃していただきます」
「ヤクザの会合を襲撃ですか」
「これまでの民間軍事会社を襲撃する仕事よりいいでしょう?」
「それはそうですが」
「とは言え、最近のヤクザは民間軍事会社からの軍事教練を受けており、それなりの実力はありますがね」
「うへえ」
楽な仕事だと言っておきながら、すぐにそれを否定する情報を出すのどうなんです?
「会合の場所と日時は?」
「会合の場所は連中がTMCセクター13/6に保有しているホテルでです。日時は2日後の正午から。把握している情報はこれと参加者リストです」
さらに私たちのデバイスに会合に参加する人間のリストと生体認証データが送信されてきた。そのリストにはいくつかの印がつけてある。
「印のある人間は必ず殺してください。逃がさないように。まあ、皆殺しにしてくれれば文句はありませんよ」
「了解だ」
ジェーン・ドウからのかなり大雑把な指示。
「他に何か気を付ける点などありませんか?」
「ないでしょう。ミネルヴァに人間を提供していたようですが、ミネルヴァと完全に手を結んでいたわけではないようですので。あくまで仕事の関係だったとそう認識しています」
ただ、とジェーン・ドウが続ける。
「取引相手として何かしらミネルヴァの情報を持っている可能性もあります。それを手に入れてくれれば、ボーナスをお支払いしますよ。まあ、あまり期待はしていませんから、無理にとは言いませんが」
「ミネルヴァの情報…………」
それに興味があるのは私だ。
「私からは以上です。相手は死んだ方が世のためになる連中の集まりです。好きなだけ暴れてきてください。面倒な護衛も拉致もなしのシンプルな仕事ですから」
「ああ。やはりこういう仕事はいいな」
リーパーはジェーン・ドウからの命令に満足しているようでした。
「では、幸運を」
ジェーン・ドウはそう言って手を振り、私たちは喫茶店を出た。
「今回はかなり荒っぽい仕事になりそうですね」
「まさにな。楽しみじゃないか」
「全然」
リーパーが笑うのに私は真顔で返す。
「現地の偵察も必要ですが、マトリクスからの支援もあれば文句なしです。カンタレラさんに仕事への協力を依頼してみませんか?」
「それもそうだな。頼んでみるとするか」
私の提案にリーパーは同意した。
「では、メッセージを送っておきます」
そこで私がカンタレラさんにメッセージを送る。
『ツムギちゃん。仕事の依頼だって?』
カンタレラさんからはメッセージを送って数分後に通話がつながった。
「ええ。そちらについてから詳細を話したいのですが、今大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ。待ってる』
カンタレラさんからは返事を貰い、私たちはカンタレラさんの自宅に。
「いらっしゃい。で、どんな仕事?」
彼女の部屋に入るとまずカンタレラさんがそう尋ねる。
「ミネルヴァに協力していたヤクザへの制裁だ。ジェーン・ドウはこいつらを皆殺しにすることを求めている」
「無道会、ねえ。妙な噂を聞く連中ではあったけど」
「噂?」
カンタレラさんの言葉にリーパーが首を傾げた。
「そ。無道会も悪魔崇拝をやっているとかで、人間を生贄に捧げてるとか、そういう噂。けど、ミネルヴァと繋がってたんなら納得だね」
「悪魔崇拝ってのはそんなにポピュラーなものなのかね……」
「これは別に宇宙人でも、異世界人でも、神様でもいいの。自分たちの知らない超越者が存在する。そういうことを信じたい都市伝説があるだけだから」
「ふうん」
カンタレラさんが言うのにリーパーは退屈そうに返す。
「カンタレラさん。会合当日の連中の武装やホテルの情報があれば助かります。お願いできますか?」
「オーケー。調べてみよう。ところでさ、関係ない話だけど帝都生化技研って研究所相手に仕事をやらなかった?」
「ああ。ご存じでしたか」
「噂でね。あるハッカーが襲撃があったときの帝都生化技研内の映像をある電子掲示板に上げたんだけど、そこにはゾンビみたいなのが映った。あれって本当にゾンビだった?」
「まあ、ゾンビみたいなものでしたね」
私はカンタレラさんにぼかしながらもベルセルク・ウィルスについて伝えた。
「TMCでそういう研究が行われていたとはね。驚きだよ」
カンタレラがうんうんと私が話したことに頷いていた。
「カンタレラ。その話はまたしてやるから、今はヤクザについて調べてくれ」
「はいはい。調べますよっと」
カンタレラさんはそれからサイバーデッキに接続して、マトリクスにダイブ。
『無道会は民間軍事会社に構成員の訓練を依頼しているね。民間軍事会社のコントラクターと同程度とは言わないけど、それなりの脅威だと思うよ』
「武装は?」
『強化外骨格と通常の銃火器。それから旧式の警備ボットが多数』
「大した脅威じゃなさそうだな」
カンタレラさんの報告にリーパーがつまらなそうにそう言う。
『ただ連中、訓練を受けていた民間軍事会社から直接コントラクターを雇用しているみたい。生体機械化兵かも』
「ほう」
途端に目を輝かせるリーパー。本当にこの人は……。
「会合は2日後です。それまでじっくり調べておきましょう」
「そうだな」
私たちは襲撃に備え、刃を研ぐ。
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