ワイルドファイア//ジェーン・ドウ
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──ワイルドファイア//ジェーン・ドウ
ジェーン・ドウから新しい仕事の話が来たのは廃病院を探った数日後。
いつものようにセクター4/2の喫茶店に来るように指示があった。
「今回は何の仕事でしょうね?」
「難易度が高いやつだと楽しいんだがな。敵は強く、そして数は膨大ってぐらいに」
「私は楽な仕事がいいです。敵は弱く、そして数はちょびっと」
毎度毎度、命の危険に飛び込みたくはないのですよ。
それから私たちはセクター4/2のいつもの喫茶店の入る。
「リーパー、ツムギさん。仕事があります」
ジェーン・ドウはコーヒーのカップを前にそう告げた。
「どんな仕事ですか?」
「その前に、伝えておくべきことがあります。我々大井とメティスは停戦協定に同意し、そして一時的に共同戦線を張ることに合意しました」
「メティスと……」
「ええ。ミネルヴァの脅威に対処するためです」
ついに大井はメティスと同盟したらしい。
もちろん仮初の同盟だろうが、メティスという六大多国籍企業と同じく六大多国籍企業である大井が同盟するというのは、大きな地殻変動が起きたに等しい。
「富士先端技術研究所の一件を理事会は危険視しています。ミネルヴァが同様の現象を引き起こそうとしているとすれば、今はメティスとあれこれ揉めている暇はない。そう判断するほどに」
「理事会の老人どものケツに火が付いたところか」
「そんなところです。企業戦争を続けるのは共通の危機であるミネルヴァに対処してから、と。そういうことになりました」
そういう理性的なところも、ちゃんとメガコーポの中にあったんですね。
「そういうことなので、今回の仕事はメティスとの同盟における最初の共同作業になります。メティスの傭兵と一緒に行動してもらいます」
「へえ。それはまた新しいな。で、仕事の中身は?」
ジェーン・ドウの言葉にリーパーが尋ねる。
「とある技術者とその技術者が開発したものの拉致です」
そう言ってジェーン・ドウから私たちに情報が送信されてきた。
「ふん? 黒沢バレリア。帝都生化技研の研究者、と」
「その帝都生化技研というのはミネルヴァのカバー組織であることが判明しています」
帝都生化技研というのはセクター9/7にある研究所だが、どのメガコーポにも所属していないフリーの研究所だと思われていた。
しかし、実際にはミネルヴァとかかわりがある可能性がある、と。
「こいつは何を発明したんだ? また毒ガスか?」
「残念。今度は生物兵器です。ただ兵器と呼んでいいかは少しばかり微妙ですが」
「それはどういう意味だ?」
「これを見てください」
ジェーン・ドウから続けて情報が送られてくる。
「これは我々が入手した帝都生化技研で行われている実験の映像です」
そこには数体のお猿さんが映されており、それらは頑丈そうなガラスのケージに収められていた。
私は何が起きるのだろうと映像を見つめ続ける。すると────。
「これは……!」
突然1体のお猿さんが悲鳴じみた鳴き声を上げると、他のお猿さんに襲い掛かった。暴走するお猿さんは、他のお猿さんの四肢をもぎ取り、頭をガラスに打ち付けて叩き潰すなど大暴走です!
他のお猿さんも抵抗して噛みついたり、引っかいたりする。しかし、暴走するお猿さんが負った傷は一瞬で治っていくことも分かりました。
そのまま殺戮は進み、お猿さんたちのいたガラスのケージは真っ赤な血に染まった。
「これは何なんですか…………?」
「この映像の通りです。これは対象を暴走させ、さらには劇的な身体能力を与えるものだと考えられています」
私の問いにジェーン・ドウはそう淡泊に答える。
「フェイクじゃないんだな?」
「フェイクであればよかったのですが、残念ですがそうではありません。我々はこの生物を暴走させる代物に対処する必要があります。これにもまたパラテックが使用されている可能性がありますので」
「こいつは楽しそうだ。人間にも影響はあるのか?」
「恐らくは。それを含めて研究資料と現物のベルセルク・ウィルスについて強奪をお願いします。我々は帝都生化技研の職員にいかなる損害が生じようと許容しますので、好きなだけ暴れてきてください」
ジェーン・ドウはそう言ったのだった。
「今回は生物兵器の専門家とかは同行しないんですか?」
「しません。ただし、最初に言ったようにメティスの傭兵が加わります。彼女とはセクター9/7の現地で落ち合ってください」
「彼女……。女性なんですか?」
「ええ。その通りですよ。彼女の生体認証用のデータをお渡ししておきます」
そう言ってジェーン・ドウから私たちに生体認証用のデータが。
「仕事はすぐに開始ってことでいいんだな?」
「まさに。すぐに始めてください」
「了解だ」
こうして私とリーパーは動き出した。
「ベルセルク・ウィルスって正式名称なんですかね?」
「さあ? だが、ネーミングとしては割といいぞ」
「リーパーもネーミングセンスにこだわったりするんですか?」
私はちょっと疑問に思ってそう尋ねた。
「自キャラの名前は適当でいいが、ゲームの世界観にのめり込むには、やはり一定の親和したネーミングセンスが必要だろう? ダークファンタジーの世界にいまどきのアイドルみたいな名前のキャラクターが登場したら台無しだ」
「まあ、ですよね。そういう意味では名前も重要ですが」
名前と言うのは地味に重要な要素ではありますよね。
「しかし、メティスの傭兵か。後ろから撃たれないといいが」
「ええ。ちょっと心配です。大井の理事会が合意していたとしても、メティスがこっそり裏切りを企んでいないとは断言できませんし」
「メガコーポどもはときにびっくりするほど短絡的だったりするしな」
私の懸念にリーパーも頷く。
「最悪、メティスの傭兵とは合流せず、俺たちだけで片付けるってのはどうだ?」
「それはそれで大井がメティスを裏切ったことになりますから、ジェーン・ドウは決していい顔をしないと思いますよ」
「ふん。じゃあ、仕方ないな。呉越同舟と行こう」
リーパーも観念してメティスの傭兵と合流するためにTMCセクター9/7にある合流地点へと向かい始めた。
メティスの傭兵と合流するのは、やや治安の荒れたセクター9/7にあるビジネスホテルだ。古い外見で、中もあまり綺麗じゃない低価格帯のビジネスホテルの中に私たちは、メティスの傭兵を探して入った。
「あいつだな」
リーパーがジェーン・ドウから渡された生体認証データを使って、メティスの傭兵を見つけた。
その人物はピンクのジャージ姿の若い女性だった。紫のインナーカラーをしたショートボブの黒髪で、キャリーバックを持っていて武装はしていないもののビジネスホテルにはちょっと場違いなように見えますが……。
「おい、お前。メティスの傭兵だな。俺たちのことはジェーン・ドウまたはジョン・ドウから聞いてるな?」
「待て」
女性はそう言うと私とリーパーを生体認証。
「オーケー。あんたがリーパーとツムギか。あたしはミノカサゴ。今回の仕事はよろしく頼むよ」
女性はそう名乗ったのだった。
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