パブリックエネミー//化学戦のプロ
……………………
──パブリックエネミー//化学戦のプロ
私とリーパーはジェーン・ドウが手配した化学戦の専門家と合流するために、セクター12/5に向かっている。
「リーパーはこういう仕事は初めてですか?」
「ああ。流石にこれまで毒ガスがどうのこうのという仕事を受けたことはない。生物兵器ならあるんだがな」
「あるんですか、生物兵器の仕事……」
「面白かったぞ。それにお前だって核爆弾の仕事を受けたろ?」
「それはそうですが」
私たちは大井のクーデター関係の仕事でTMCを吹き飛ばすところだった核爆弾を無力化している。
それと比べれば同じくらいの危険度でしょうか?
「さて、ジェーン・ドウが言うのはこの辺りのはずだが……」
リーパーはセクター12/5の薄汚れた街並みの広がる通りにSUVを止め、そんな街並みに面する漫画喫茶を前にした。
「ふん。漫画喫茶で落ち合うことになるとはな。行くぞ」
「はいはい」
リーパーは古い漫画喫茶に入り、私も続く。
漫画喫茶の中は古い紙の臭いがした。懐かしい匂いだ。
この時代ではもはや紙の本というのは僅かにしか出ていない。昔は数あった本屋もほとんど廃業になっている。
そんな漫画喫茶の中を進むと、リーパーは足を止めた。
「あんたがジェーン・ドウが斡旋した人間だな?」
「……お前は傭兵か? 子連れで来るとは暢気な……」
漫画喫茶のテーブルに座っていたのは、アジア系の男性だ。TMC2桁で流行中の“さらりまん”ファッションをしていて、大きなスーツケースを持っている。
「子連れじゃない。こいつは相棒のツムギだ」
「よろしくお願いします」
リーパーは男性にそう言い、私も挨拶を。
「ふうん。俺は佐伯雄二。一応は化学戦の専門家ということになる」
「どうやらすねに傷があるようだな?」
「まあ、いろいろあってお天道様の下で堂々とは行動できない身だ」
どうやら佐伯さんには前科があるようですね。
「それより、仕事の話だ。エージェント-27Uを追っていると聞いた」
「ああ。これから向かうTMCセクター13/6にテロリストが隠しているらしい」
「あれがどれほど厄介かはジェーン・ドウから聞いてるな?」
「聞いている」
「なら、説明が省けてよかったよ」
佐伯さんはそう言って立ち上がる。
「早速だがセクター13/6に向かおう。ジェーン・ドウからさっさとこの件を処理すれば、俺にもそれなりのボーナスがあると言われている」
「セクター13/6のどこに化学兵器があるのか分かるんですか?」
「情報屋に聞けばすぐに分かる」
情報屋がテロリストの情報を知っているということでしょうかね?
「ところで、お前ら、ハッカーに伝手はあるか?」
「あるぞ。仕事に必要なのか?」
「そうだな。支援が受けられればありがたい。偵察衛星やドローンの映像があれば助かるからな」
「連絡しておく」
リーパーはここでカンタレラさんに連絡。
「カンタレラ? 仕事があるんだが受けてくれないか」
『いきなりだね。どういう仕事?』
「テロリストの撃破だ。詳細を送る」
リーパーは今回の仕事の内容をカンタレラさんに送信した。
『化学テロ? これはヤバいね……』
「報酬はジェーン・ドウの払いの半分。いつも通りでどうだ?」
『オーケー。受けた。やってほしいことは?』
「まずセクター13/6上空のドローンや偵察衛星を押さえておいてくれ。今回の仕事の協力者がそれを求めている」
『了解』
カンタレラさんは早速動き出し、セクター13/6上空からの眼を確保し始める。
「じゃあ、セクター13/6へ向かおう。まずは情報屋との接触だ」
佐伯さんの案内で私たちはセクター13/6の情報屋の下に向かう。
車はさらに荒れた市街地が広がるセクター13/6へ入った。
違法建築や廃墟が並ぶセクター13/6をリーパーは佐伯さんのナビで進み続け、佐伯さんはある半地下の酒場の前で止まるように言った。
「ここに情報屋がいる。会いに行こう」
佐伯さんはそう言い、地下に降りて酒場の扉を開ける。
酒場では質の悪い工業合成アルコールの臭いが漂っており、私は何だが気分が悪くなるのを感じた。だが、セクター2桁ではこの手の臭いはおなじみである。
「清水。久しぶりだな」
そう言って佐伯さんが声をかけるのはアジア系のひょろりとした男性。
「おや、佐伯さん。本当に久しぶりだね。TMCに戻ってたのかい?」
「ああ。いろいろとあってな。仕事で情報がいる」
佐伯さんが椅子に座り、私も椅子に座ったが、リーパーは即応できるように酒場の壁にもたれただけだ。
「で、どんな情報をお探しだい?」
「ここ最近オールドドラッグを製造するにしては大掛かりな化学実験の設備を買った人間はいないか? 防護服とかその手の類の装備と一緒にだ」
「大がかりな化学実験用の設備、ね。待ってくれるか」
佐伯さんが求めるのに清水と呼ばされた情報屋さんが何やら連絡を取る。
「うん。いたね。やたらと物騒な装備と一緒にセクター13/6に運びこんでいる。追加の情報もあるけど、まずは支払いだよ」
「5000新円でどうだ?」
「オーケー。そいつらはどうも民間軍事会社の連中と一緒だったらしい。どこの民間軍事会社かは分からないけど、現地のコリアン・ギャングと揉めてこれを殲滅してしまっているね」
謎の民間軍事会社……。もしかしてパトリオットだろうか…………?
「その場所は?」
「座標を送った」
「確認した。助かったよ、清水」
佐伯さんはそう言って酒場を出る。
「今のでテロリストの居場所が分かったんですか?」
「エージェント-27Uは保管するだけの手間のかかるお姫様だ。そいつを扱おうっていうならば化学工場が作れるくらいの設備が必要になる。で、このセクター13/6でその手の化学設備は大抵オールドドラッグの合成に使われている」
「なるほど。テロリストはオールドドラッグの合成設備に見せかけて、化学設備を搬入した可能性があると」
「そういうことだ」
私は佐伯さんのスマートなやり方に感心した。流石はプロです!
「問題はこれからだ。ジェーン・ドウに事前に聞かされてはいたが、テロリストそのものは化学戦の素人で、それを支援する連中がついているだろうということだった。それが民間軍事会社とは……」
「民間軍事会社の相手は任せておけ。俺たちはドンパチ専門だ」
「ああ。よろしく頼むぜ」
リーパーは楽しそうにそう請け負う。
彼にとってはあらゆるものがゲームのギミックに過ぎず、ゲームを盛り上げるためのものなのでしょうね……。
「しかし、そのSUVは目立つから徒歩かタクシーで座標の位置まで向かおう」
「なら、タクシーにしましょう。あとで追いかける必要もあるかもです」
私たちはそう言って無人タクシーを拾った。
私たちが捕まえた無人タクシーはセクター1桁のお上品なそれと違い、警備ボットを流用した運転手が運転する傷だらけ、落書きだらけの酷いものでしたが、シートは幸い汚れていませんでした。
そのタクシーで私たちは佐伯さんが情報屋さんから得た座標の場所へ。
「一応段取りを確認しておきたい」
リーパーはタクシーの車内でそう言う。
「まず敵を無事に無力化してから化学兵器を確保した場合は?」
「そのまま大井統合安全保障の核兵器・生物兵器・科学兵器対処部隊が到着するのを待つ。絶対にエージェント-27Uには触れない」
「次に漏洩が起きていた場合は?」
「現場を封鎖し、それ以上の漏洩を防いだのちに退避し、同じように大井統合安全保障を待つ」
「で、最後だが。敵が自爆覚悟で化学兵器を使った場合、どうする?」
リーパーはそう佐伯さんに尋ねた。
「そのときは神様にお祈りするしかない」
……………………




