パブリックエネミー//デートもどき
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──パブリックエネミー//デートもどき
「リーパー。今、暇ですか?」
ある日の昼、私はあまり面白くなさそうにゲームをプレイしているリーパーに話しかけた。彼は今度は別のTPSをやっていたが、この前のFPSほどの熱量はないようだ。
「ああ。暇だな。このゲームはいまいちのめり込めない」
リーパーはそう言うとコントローラーを放り投げて私の方を振り返った。
「あなたでものめり込めないゲームってのはあるんですね」
「意外と俺は選り好みが激しい方だぞ?」
「どんなゲームでも楽しんでるものだとばかり」
リーパーでもクソゲーは嫌なんですね。
「で、何か用事か?」
「今のところ、新しい仕事もないですし遊びに行きません?」
そう、今現在私たちに新しい仕事はなく、するべきことも特にないので退屈だったのだ。
「どこに行くかは決めてるのか?」
「この前、行き損ねた猫カフェと服屋さんを見て回りませんか?」
私もそろそろ新しい服がほしい。せっかく美少女に生まれ変わったのに、いろいろと可愛い服に着飾らないのは損だと思うのです。
「いいぞ。なら、出かけるか」
リーパーは立ち上がり、私とともに部屋を出る。
「リーパーは何か必要なものはないんですか?」
「特にない」
「さいですか」
あまり物欲がないんですよね、リーパーは。
形あって残るものというより、一時的ながら全力で体験できるものを好むと言いますか。そういう人です。
私はそんなリーパーの運転でまずは服屋に。
「ネットで見てて、ほしい服があったんですよ~」
「へえ」
リーパーは全く興味がなさそうです。
私がほしかったのは今のジャンパースカートに合うジャケットで、防水加工がされていながらもお洒落なもの。
この時代のファッションでは蛍光色にラインが入ったジャケットやウィンドブレーカーが流行で、セクター2桁だとこれにラフなスーツを合わせて“さらりまん”ファッションと呼ばわれるものが流行中。
何故“さらりまん”と呼ばれるかというと、雨の日も、夜中でも、24時間365日で会社に向かうさまが日本のサラリーマンだからとか。
一時期、日本の労働環境も改善したのですが、今のメガコーポが牛耳る時代になってまた以前に逆戻りというか、それ以上にひどくなっているようです……。
セクター1桁のこのお洒落な場所でも、セクター2桁よりはずっと高品質のそれが販売されている。
「どうです、リーパー?」
私は早速購入したダークブルーに青緑色のラインが入ったジャケットを、いつもの黒と白のジャンパースカートの上に纏って見せる。
「悪くないんじゃないか?」
「それだけですか?」
「これ以上言うことは特にないぞ」
せっかく美少女が着飾っていると言うのにたんぱくなやつです。
「他に必要なものはあるのか?」
「いえ。特にはありません」
「既にある服が小さくなったとかは?」
「……ないですね」
リーパーに拾われてからしっかり食べているはずなのですが、あまり背丈も伸びないのです。ナイスバディになりたいわけでもないのですが、このまま発育が乏しいのもがっかりなのです…………。
「しっかり飯を食わないとな。次に行くぞ」
「猫カフェです、猫カフェ」
私たちは次に猫カフェに向かう。
猫カフェはセクター6/3にある。
そう、眠らない街セクタ-6/2のお隣であり、一日中騒がしい街の隣だ。
「ここら辺はそこまで騒がしくないですね……」
私はSUVの窓から街の様子を眺めてそう呟く。
セクター6/2のネオンとホログラムでうるさい通りとは異なり、この辺りは静かな空気が流れる場所だった。
もちろん天下のTMCなだけあって人はどこも多く、その点では騒がしいものですが。
「こんな場所に猫カフェがあるのか?」
「ええ。調べてきましたから」
私は訝しむリーパーにそう言ってナビをし、SUVは落ち着いた雰囲気の建物の前でゆっくりと止まった。
その建物には『猫喫茶みけっち』とある。
「ここですよ。入りましょう」
「ふうん」
正直言って私はともかくこの猫カフェの雰囲気にリーパーはただ浮きですが、この際構う必要はありません。
「いらっしゃいませ」
エントランスを入ってすぐカウンターがあり、そこでは接客ボットが受付をしていた。接客ボットは私たちを出迎え、私たちはカウンターに向かう。
カウンターには料金の他に保護活動への募金の受け付けなども置かれていた。
「当店のルールを説明させていただきます」
それから私たちは基本的な猫カフェのルールを通達された。無理やり抱っこしたりしてはダメだとか、店で販売している以外のおやつはダメだとかの基本的なものです。
「では、どうぞお楽しみください」
「ああ」
リーパーは接客ボットにそう言い、猫がいる喫茶スペースに入った。
「ここの猫は保護猫だそうですよ」
「ふうん。このご時世でも猫を保護しようってやつはいるにはいるのか」
この資本主義が行き着いた地獄にも動物愛護の精神はあるようです。
「猫と犬はゼータ・ツー・インフルエンザの媒介にならなかったですからね」
ゼータ・ツー・インフルエンザ────。
高い死亡率と感染力を有し、世界に黒死病のように死を振りまいた疫病。
そのゼータ・ツー・インフルエンザは豚や牛などの家畜を媒介にしたため、世界保健機構主導の積極的防疫作戦──シルバーライト作戦によって大量の家畜が殺処分された。
さらには野生動物の多くもこの恐るべき疫病を媒介したことで、この世界では多くの種が絶滅している他、商業的な畜産が壊滅したのです……。
私とリーパーが椅子に座ると、早速興味を持った猫がやってきた。
黒猫です。艶やかで真っ黒な毛並みと黄色い瞳の成猫ですね。
黒猫は私たちの方をじっと見つめる。
「おいで、おいで」
私が手招きしても黒猫はそれを無視して、リーパーの足元にすり寄った。
「そっちに行っちゃいましたね」
「猫は来てほしいという人間の方にはいかないものだ。こいつらは自由だからな」
リーパーは小さく笑いそう言うと猫の頭を軽く撫で、黒猫は満足そうにごろごろと喉を鳴らす。
「しかし、寄ってきたのは1匹だけですか」
「そういうものだろう。猫に接客なんて期待するものじゃない」
他の猫はキャットタワーの上などからじっと私たちを見ていた。
「おやつを買ってみましょうか? 喜ぶかもです」
「好きにしろ。俺は見てるだけでいい」
リーパーがそう言ったので私はカリカリタイプの猫用のおやつなどを購入し、それで猫を誘ってみた。
するとさっきの黒猫がリーパーの足元から少しずつ私の方に!
「おいで~。おやつだよ~」
私がそう誘うと黒猫は私のおやつを持つ手の方に来て…………。
「あ!」
ぱっとおやつをひったくると走り去った。
「ははっ。いいように扱われたな?」
「もう……」
それでも可愛いのだから猫という生き物はずるいものです。
「ツムギ。そろそろ出るぞ」
「え? 来たばっかりですよ。あと20分くらい時間だってあるはずですが……」
「ジェーン・ドウからメッセージだ。仕事だとさ」
ああ。またしてもジェーン・ドウからの呼び出しで外出が終わってしまいました。
「残念ですね。また今度来たときはゆっくりしていきましょう」
「そうだな。そうしよう。俺も猫は嫌いじゃない」
リーパーはそう言って立ち上がり、私が続くと猫たちがお見送り。
「で、短い時間でしたが、デートは楽しめました?」
「これはデートだったのか?」
「ふふっ。冗談ですよ~」
私は不可思議そうな表情のリーパーにからかうように笑ってそう言い、SUVの助手席に乗り込んだ。
こうして自由時間は終わり、また仕事の時間です。
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