野犬狩り//マトリクス
本日2回目の更新です。
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──野犬狩り//マトリクス
カンタレラさんがマトリクスから戻ってきたのは、4時間後のことだった。
「まずは大体のことが分かったよ」
そう言ってカンタレラさんが私たちに情報を共有する。
だが、ちょっと問題がある。
「あの、私はARデバイスは持ってないんですけど」
「BCI手術は?」
「受けてないです」
私はARデバイスも持ってないし、BCI手術も受けてない。脳を破壊するインプラントは入れていますけれどね。
「なら、これを使いな。もういらないからあげるよ」
そういって私はカンタレラさんからコンタクトレンズケースに収められたARデバイスを渡された。
「ありがとうございます」
私は渡されたARデバイスを目にはめる。
『AR-ViSiON』
そう表示されたのちにARデバイスは使用可能になった。
「で、これがデータだ」
カンタレラさんから私もデータを受け取った。
「まずニュクス17がジェーン・ドウの殺しの名簿に名前が載った理由が分かったかもしれない」
カンタレラさんはそこから話し始めた。
「マトリクスで話題になっていたのは、ニュクス17がメガコーポ相手に仕掛けをやって成功したって話。ニュクス17自身はメガコーポの握っていた情報よりも、自分の氷砕きを試したかっただけみたいだけど」
カンタレラさんがそう言い、ニュクス17の情報が表示される。
ニュクス17────。
経歴不詳。年齢不詳。性別不詳。アングラハッカーの活動として非合法な氷と氷砕きを多く作り、配布していたそうです。
特に有名なのが全日本航空宇宙輸送が運営する軌道衛星都市と地上を行き来するシャトルのハッキングに使われた氷砕きであるBAN-Sheeだ。この氷砕きによってシャトルがジャックされ、あわや乗員80名とともに墜落するところだったとか。
今回の、そんなニュクス17が起こした事件が、メガコーポであり、六大多国籍企業の一角であるメティス・グループに対する仕掛けだ。
メティス・グループは生物医学分野で大きなシェアを握る企業で、世界中に合成食料や医薬品、そしてナノマシンを提供してる。
この仕掛けの結果、そんなメティス・グループに関する情報が漏洩したらしい。開発中の電子向精神薬に関するデータで、内容はメティスが貧困層を相手に人体実験をやっていた! というもの。
「これが大井にどう関係するんでしょうね?」
「さあ? これとは別に誰かを怒らせるようなことをしていたのかもしれないけど。でも、直近で怪しい事件はこれぐらいだね」
メティスに関して暴露が行われても、大井の人間であるジェーン・ドウには全く関係のない話のはずだ。
「動機はどうでもいい。何をやっていようと殺すことに変わりはないからな。だから、こいつの人物像と居場所、そしてこいつを守っている人間について教えてくれ」
「はいはい。分かった範囲内のことを知らせよう」
リーパーの要求にカンタレラさんが説明を続ける。
「ニュクス17の正体について迫ったのが次の情報だ。ある程度、やつについての概要が分かるようになっている」
ここでようやくニュクス17の正体について迫った。
ニュクス17は女性。年齢は不詳ながら過去については少し分かっている。
彼女は第三次世界大戦の影響で亡命してきたミャンマー人。
第三次世界大戦でミャンマーは中国のインド洋への橋頭保になることを恐れたアジア・太平洋合同軍の侵攻を受け、当時の政権が転覆させられている。その影響だ。
ミャンマーの前政権でデジタルプロパガンダを含めたサイバー戦を担当していた彼女は、日本に亡命して、日本はTMCでアングラハッカーとして過ごし始めた。
それが判明している彼女の前歴。
「続いてやつのいる場所だ」
ニュクス17の居場所についても、カンタレラさんは調べることができたらしい。
ニュクス17はセクター12/5に潜伏している。メティスを相手に仕掛けをやったときのトラフィック解析によれば、大井が運営する民営刑務所の傍に潜伏している可能性が高いということだった。
「場所は分かった。ジェーン・ドウはこいつが韓国海兵隊の生体機械化兵を傭兵として雇っていると聞いたが?」
「残念だけどそれについての情報はないよ、リーパー。まあ、向こうでばったり出くわすかもしれないし、ジェーン・ドウの情報はガセであんたはあっさりニュクス17の首を刎ね飛ばすのかもしれない」
「後者だと退屈だな……」
リーパーはもう既に退屈し始めているのか、やる気が見られない。全く……。
「あたしに言われてもね。とにかく場所はある程度分かったから、現地に向かいな。さらにこっちから仕掛けをやって、相手をあぶりだしてみるから」
「分かった」
カンタレラさんにそう言われてリーパーは立ち上がる。
「行くぞ、ツムギ。仕事を続ける」
「はいはい」
リーパーはつまらない仕事はさっさと終わらせたいのか、足早にカンタレラさんの部屋を出て、車に戻るとセクター12/5を目指した。
「仮に生体機械化兵がいたとしたらどうするんです?」
「殺す以外にすることがあるとは思えないが」
「私が尋ねているのはどう殺すかですよ。あなたが殺さないなんてことはないと思っていますから」
「ほう。お互いが理解でき始めたな」
そういうあなたは私のことを理解できてるんです? と思いながらも私はリーパーの答えを待った。
「韓国海兵隊の生体機械化兵はタフな連中だ。連中は38度線の越境攻撃作戦に何度も参加しているからな。周りは完全に敵しかいない環境で、戦い続けることができる」
リーパーはどこか楽しそうに続ける。
「もしも、ジェーン・ドウの持ってきた情報がガセでなく、本当にニュクス17ってハッカーが、そんな殺し甲斐のある生体機械化兵を雇っているとしたら──────楽しめるだろうな」
リーパーは期待している。ハイスコアを更新できるチャンスを。
「前にも生体機械化兵を殺したことはあるんですか?」
「ああ。あるぞ。樺太でロシア空挺軍の生体機械化兵を。香港自由共和国で中国人民解放軍の生体機械化兵をそれぞれ殺った。あれは楽しかったな」
「経験があるなら安心しましたよ」
リーパーは恐らく大抵のものは殺した経験があるのだろう。彼にとって完全初見というのはそうそうないのではないだろうか。
「お前の方は大丈夫なのか? お前は生体機械化兵の相手は初めてだろう?」
「あなたにも人を気遣う神経があったんですね」
「お前は俺と殺し合う先約があるんだ。先に死なれたら困る」
全く、心配してくれたのかと思えば。
「ご心配なく。何とか生き延びて見せますよ」
「そうしてくれ。そろそろつくぞ」
私たちを乗せたSUVは高速道路を降りてセクター12/5に入った。
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