フィルビーの憂鬱//ジェーン・ドウ
……………………
──フィルビーの憂鬱//ジェーン・ドウ
「おはようございます、リーパー」
「ああ」
リーパーはいつも朝早くに起きている。
私が9時ごろにゆっくり起きてきたときには、既に朝食を終え、筋トレをしているか、ゲームをしていた。
ゲームは古い家庭用ゲーム機のそれで、この時代からするとレトロなものばかりだ。
今日の朝はまさにリーパーはゲームをしていた。古いFPSのゲームで、既にサービスが終了しており、オンラインに対応していないのでオフラインのキャンペーンをやっているみたいです。
「面白いですか?」
「ほどほどだな。お前はこういうので遊ばないのか?」
「難しそうですから……」
アクションゲームはゆっくり考える時間がないので苦手なのですよ。
私は昔から反射神経が鈍くてどんくさかったので、短い時間で戦術や戦略を考えなければいけないゲーム全般が苦手。
「ターン性のRPGとか、ゆっくりしたテンポのパズルゲームならそこそこ得意なんですけどね。そういうゲームはあなたはやらないでしょう?」
「RPGはやるぞ。しかし、パズルゲームはあまり興味がないな……」
「他には農業をやってり、家を建てたりして、スローライフを送るゲームとか」
「全く興味がない」
リーパーはゆっくりしたゲームは絶対に興味ないだろうと思っていましたよ。
「しかし、どうせ暇なら一緒にやらないか? このゲームにはローカルネットのCo-opモードもある」
「ええー。絶対に足を引っ張りますよ?」
「お荷物を抱えてプレイするのも一興だ」
「お荷物扱いですか」
まあ実際にお荷物でしょうけど。
リーパーはスクリーンを操作して分割し、家庭用ゲーム機のハードを2台準備すると、ローカルネットでふたつのゲーム機を繋いだ。
「ほら。基本的な動きは何となくで分かるだろ?」
「説明書とか、チュートリアルとかは?」
「何となくで分かるから必要ない」
「うへえ」
あなたは分かるかもしれないですけど、私は分からないんですよ。
そんなことはお構いなしに、リーパーはわたしにコントローラーを渡してゲームを起動するとローカルネットのCo-opモードを選択。
FPSなので私の操作するキャラクターは私の視界からは銃を持ってる手ぐらいしか見えないが、リーパーの方のキャラクターは見えている。
2020年代ぐらいのアメリカ軍の恰好で、手には自動小銃を握ったキャラだ。
「やっぱりFPSでは銃を使うんですね」
「ああ。ナイフキルも好きだが、キャンペーンモードではあまり有用じゃない」
ゲームのイントロが流れて、私たちはヘリから建物の屋上に降下し、扉に爆薬が設置されると私たちは建物内に突入していく。
「え、ええっと……。こうやって銃を構えて…………」
確かに何となくである程度の操作は分かります。
FPSでそこまで特殊なコマンド入力が必要になる場面は少なく、私は銃を構えて光学サイトを覗き込み、敵を捉えると撃っていく。
しかし、私が倒すよりも早くリーパーがあっという間に敵を殲滅しています。
手榴弾やスタングレネードなどを駆使して複数の敵を吹き飛ばし、とても速い照準で的確に敵を倒していくのです。
「流石はリーパーですね。本当に強いじゃないですか」
「それは何度もやったからだな。相手の動きを覚えるくらいには」
しかし、とここでリーパーが笑う。
「いつも通りの効率だけのプレイじゃお前の方は楽しめないよな。ここは変わったことをしてみるか」
リーパーはそういうといきなり持っていた銃を捨てて、置いてあった消火活動用の斧を手にした。
「さあ、行こうぜ。死なずにクリアできたら、今日の晩飯はお前が決めていい」
「む、無理ですよ! 私はこのゲーム、初めてなのに!」
「人生だって初見プレイでリトライはなしだ。人生だと思ってプレイしろ」
「もう相変わらず強引ですね…………」
まあ、晩御飯の決定権ぐらいならどうでもいいかと思いプレイを継続。
私が死ぬのを警戒して後方からちまちまと銃で撃つ中、リーパーは斧で次々に敵を撃破していく。現実でのリーパーのように、彼は銃弾の中を掻い潜り、敵に近接しては斧で敵を裂く。
ときおり、斧を投げて遠方の敵を仕留めたりするが、本当になれたもののようだ。
「リーパー。その部屋に入る前に手榴弾を投げるので気を付けてください」
「了解だ」
部屋に突入する前に手榴弾をぽいっ!
これで中で待ち伏せされていてもどうにかなるはずなのです。
爆発音が響き、私たちはそろそろと部屋に侵入。
しかし、そこでいきなり敵に滅茶苦茶撃たれて、私はダウン!
どうやら手榴弾で敵を一掃したと思って油断したら、生き残りがいたようです……。
「残念だったな。晩飯は俺が決めるぞ」
「好きにしてください」
リーパーがにやりと笑うのに私は肩をすくめて返す。
しかし、リーパーはすぐにARデバイスを操作し始めた。
「ジェーン・ドウからメッセージだ。セクター4/2のいつもの喫茶店で話がある、と」
「了解です。向かいましょう」
さて、今回も仕事の話だろう。
どんな仕事が回ってくるやらです。
* * * *
「来ましたね、リーパー、ツムギさん」
ジェーン・ドウはいつもの個室で私たちを迎えた。
「仕事の話なんだろう?」
「それもありますが、まずはちょっとばかり分かったことを共有しておきましょう」
ジェーン・ドウはそう言って私たちのデバイスに情報を送信。
「これは佐久間レフ教授の?」
送られてきたのは一部編集されたり、黒塗りにされたりした文章だが、タイトルにはこうある。『多元宇宙論における宗教的伝承の存在について』と。
「ええ。佐久間レフ教授が試みていた地獄の科学的観測についての未発表の論文です。彼はさらにここから踏み込んだ研究をする予定だったことが分かっています」
「ふん? どういう研究だ?」
「地獄を利用した技術の開発。というよりも、地獄の技術のリバースエンジニアリングとでも言うべきものですね」
地獄の技術を…………?
「ツムギさん。あなたが接触したサロメという悪魔については覚えていますね?」
「は、はい。あの不気味な女性のことは覚えていますけど……」
「どうやら彼女は佐久間レフ教授にも接触していたようなのです。そして、彼は彼女から夢のような技術を提供され、それを研究して解明し、自分たちのものにすることを夢見ていた。しかしながら────」
ジェーン・ドウが酷く冷たい声で続ける。
「彼はサロメに地獄門をもっと開けば、技術提供が可能になるとそそのかされたようです。その結果があのざまというわけですね」
「欲をかきすぎたか。人生のいい教訓になっただろうさ」
「生きていれば、ですがね。佐久間レフ教授は死亡が確認されています」
佐久間レフ教授はあの地獄門の事故で、悪魔に殺されたらしい。
「しかし、厄介ですね。飴をちらつかせて、悪意を隠し、自分たちを引き入れるようにそそのかす。相手はそういう計画性を持っているわけです。それに魅力的な技術というのは、パラテックなのでしょう?」
流石に鈍い私でも今回の話は理解できている。
サロメのような悪魔が提供した技術────それこそがパラテックなのだと。
「ええ。その通りです。まさに悪魔が提供した技術こそパラテックの一部です」
ジェーン・ドウもそう認めた。
「さて、以前の派閥争いのことは覚えていますか? 大井内で同盟派閥と非同盟派閥が実弾で殴り合った話です」
「ああ。そんなこともあったな」
「その件の裏にもサロメのような悪魔の存在があったのではないか、と保安部は疑い始めています。大井の意思決定を行う過程において悪魔に影響された人間が。ミネルヴァと繋がった人間が紛れ込んでいるのではないかと」
「だとすれば、大井は富士先端技術研究所と同じ轍を踏むかもしれんな」
「それは避けなければならないのです。そこで、です」
ジェーン・ドウはいよいよ仕事について核心を告げる。
「そのような動きをあぶりだして排除します。それが今回の仕事です」
……………………




