ヘロディアの娘//その名は
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──ヘロディアの娘//その名は
私とリーパーは今も化け物たちが続々とあふれ出る赤い空間──推定地獄の門を前にしている。
「問題はこれをどうやって閉じるかだな」
「策はないんですか!?」
「俺が知るわけないだろう。そこら辺にあるものを調べてみろ。化け物は俺が相手しておくから急がなくていいぞ」
「急ぎますよ!」
リーパーは考えなしでした!
私は倒れている研究者の死体や壊れたように点滅しているモニターを見渡し、何かのヒントがないかを探る。
門を開けたならば、閉じる方法にどこかに……!
「カンタレラさん! そっちでも門を閉じれそうなものは見当たりませんか!?」
『探している。制御室らしいものがあるけど、これは関係しているのか……』
「どこです!?」
『そこから右手にある金属扉の部屋だよ。化け物はいないから安心して』
「了解!」
私はカンタレラさんの案内で、制御室と思われる部屋に飛び込んだ。
しかし、そこには────。
「あ、あなたは……!」
あの黒づくめの女性が中にはいた。
「門を閉じようと言うのか、幼子よ?」
女性は気味悪く笑いながらそう尋ねてくる。
「え、ええ。そのつもりですよ」
「門を閉じても、お前の頭を蝕んでいるものは止まらないぞ」
「!?」
この女性はやはりΩ-5のことを知っている!
「あなたは悪魔、なのですか?」
私は警戒しながらも、女性にそう尋ねた。
「そうだとしたら? 悪魔に何かを願うか?」
「頭のインプラントをどうにかできるというならば、多少の犠牲は犯しますよ」
「ほう」
女性は目を細めて、興味深そうに私の方を見つめる。
「その犠牲というのは自身で支払うものか? それとも他者を生贄にするものか?」
「……自身で払うものです」
私は生き残りたい。どうしても生きたい。
だが、そのために他者を犠牲にするとは断言できなかった。
「お前に何が支払える? 私がお前から何を受け取りたいのか、分かっているのか?」
「分かりません。教えてください」
私は女性にそう言った。
「手を真っ赤に染めろ。アベルを殺したカインのように。罪を犯せ。それが対価だ」
「それは結局、他の人を犠牲にするものではないですか」
「いいや。罪を背負うのはお前だ。他の誰でもなく。カインが神に呪われたようにな。さあ、お前の真っ白な魂を、その罪でどす黒く染めるさまを見せるがいい。それを対価として私は受け入れよう。そうだな────」
女性が制御室のモニターに映っているリーパーの方を見た。
「このまま門が開いていくのを見ていて、あの男が自らの血の海に倒れるのを見ているといい。それはお前が殺したようなものになるからな」
女性はそう言って、私の方を見つめる。その瞳からは邪悪さしか感じられない。
しかし、もしここでそうしたら、私の脳を蝕みながら私を別人へと変えようとしているインプラントを止められる可能性がある。
そうすれば私は生き残れる。
だけど──。
「お断りです。私はリーパーを犠牲にして生き延びようとは思わない!」
私は確かに死にたくない。だけど、今はリーパーにも死んでほしくないのです!
「あの男がいずれお前を殺すとしてもか?」
「ええ。そうだとしてもです」
「つまらない人間だな……」
女性は落胆の息を吐き、ぐいと私の顔に自らの顔を近づけた。
「だが、お前はいずれ選択肢を迫られるだろう。お前が死ぬか、あの男が死ぬか。その時を楽しみにしているぞ」
「そういうあなたはどこの誰なのですか? 正体を教えてください」
「私か」
女性が告げる。
「私はサロメ。お前の見立て通り、悪魔だ」
そう言った直後、女性の姿は、サロメと名乗った女性の姿は消えてしまった。
『──……ちゃん! ツムギちゃん! 聞こえている!?』
と、それからすぐにカンタレラさんの声が響いてきた。
「はい、聞こえます!」
『もしかしたらだけど門を閉じる方法が分かったかも。赤い空間の上にクレーンがあるのは見える? そのクレーンから赤い空間に何かが伸びている。で、事故が起きる前にクレーンの電源が落ちて、それが制御不能になったみたいなんだ』
「つまり、クレーンが吊るしているものを引き上げれば……!」
『可能性はあるよ』
カンタレラさんの言葉に私はすぐに制御室を出て、リーパ-が戦っている赤い空間の前に急ぐ。
「リーパー! 門を閉じる方法が分かったかもです!」
「ほう。どうやるんだ?」
「クレーンが吊るしているものを引き上げます! それでどうにかなるかもです!」
「了解だ。援護するから引き上げちまえ」
リーパーはそう言って私を襲おうとする化け物を斬り伏せる。
「やります……!」
私は作業用の黄色い塗装がされたクレーンに意識を集中し、それが吊るしているものをテレキネシスで引き上げていく。
まるで核燃料棒を炉心から引き上げるように、地獄の門からクレーンが何かを引き上げ始める。その先にあるものが核燃料棒と同じくらい危険なのは想像に難くない。
亡者の呻きが響き、化け物が溢れ、リーパーがスコアアタックでもしているかのように次々にそれらを撃破する中で、着実にクレーンが吊るしていたものを引き上げる。
「見えてきました!」
赤い空間から、門から、クレーンに吊るされていたものが見え始める。
それはルーン文字や魔法陣が刻まれた、何かの像だった。
それは明らかに人を模した像ではなく、この世に存在するとは思えないほどおぞましく、グロテスクな生き物を模したものでした……。
それが門からゆっくりと姿を見せるのに、門から突然巨大な腕が伸びて像を掴んだ!
「ぐうっ……! 動かせない……!」
私がテレキネシスで像を引き上げようとするが、巨大な腕は再び門に像を引きずり込もうとして像は全く動かせなくなってしまった……!
「リーパー! あの腕を叩き切ってください!」
私はリーパーに向けてそう叫ぶ。
「任された」
リーパーはにっと笑うと一瞬で化け物たちを叩きのめし、巨大な腕に肉薄。
そこに“鬼喰らい”が横に一閃と振るわれる。
地鳴りのような音が響き、研究室も僅かに揺れる中で巨大な腕は灰になって消滅していき、私は像を完全に門から引き上げることに成功!
すると、引き上げられた像の表面に亀裂が生じ、ばらばらに砕けた。
同時に赤い空間が急速に狭まっていき、門から這い出ようとした化け物が門が閉じるのに挟まれて悲鳴を上げながら潰されて行く。
「やりましたよ……!」
そして、赤い空間は消滅し、門は閉じられた。
「化け物どもも消えちまったな」
そうです。先ほどまではまだまだ大量に蠢いていた化け物たちが、門の消滅と同時にいなくなりました。
残っているのは研究者や保安要員の死体だけです。
「さて、これでうっかり地上が地獄になっちまうことは避けられたわけだが、まだ仕事は終わりじゃないぞ。うちに帰るまでが仕事だ」
「そうですね。ここから脱出しましょう。カンタレラさんに無人警備システムの制圧を要請しますね」
「そうしてくれ」
私はここでカンタレラさんに連絡。
「カンタレラさん。門は閉じられました。これから脱出します。無人警備システムの方、制圧をお願いしますね」
『了解。任せておいて。無事にそこから脱出させるから』
カンタレラさんからはそう連絡があり、富士先端技術研究所の無人警備システムが一時的にカンタレラさんに制圧される。
「行きましょう、リーパー」
「あとで佐久間レフの研究室から盗んだデータを見てみるか? この馬鹿騒ぎについての情報があるかもしれないぞ」
「そうしたいところですが、ジェーン・ドウに聞いてからにしましょう」
私はリーパーにそう言い、研究所からの脱出を始めた。
佐久間レフ教授が何を研究していたか、ダンテと呼称されたプロジェクトが何を目標としていたのか、まだ分からないがもう想像は付く。
彼は本当に地獄を観測しようとし、それに成功したのだ。
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