ヘロディアの娘//高度研究都市
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──ヘロディアの娘//高度研究都市
私とリーパーはTMCの北東部にある高度研究都市に到着した。
「TMCとは全然違いますね……」
そこにはうるさいホログラムやネオンもなく、まるで都市全部が大学であるかのように落ち着いた空間になっていた。
落ち着いた色彩で整えられた建物。新品のようにピカピカのトラム。控えめに表示されている道案内のホログラム。
ここには知性がある。私にもそう感じられた。
「インテリの、インテリによる、インテリのための都市だ。退屈極まるな。ゲームってのは多少馬鹿な方が盛り上がる」
「またそういうことを言って。今回は私たちもそのインテリの振りをする必要があるんですよ。分かっていますか?」
「分かってるし、問題はない」
本当に大丈夫かな~?
「俺はともかくお前のIDはどうなっているんだ?」
そう、その点も問題なのです。
リーパーは成人男性として研究員として通じるIDでしょうが、私のようなお子様向けの研究所に入れるIDというのは…………。
「私はツムギ・アンダーウッド。年齢27歳です!」
「…………本気で言っているのか……?」
「だって、そういうIDが準備されていますから…………」
ジェーン・ドウがやけくそになったのかは定かではないですが、私に用意されたIDというのはこういうものなのです。
こんなにちんまりとした27歳を信じてもらえるのでしょうか……?
「まあ、ジェーン・ドウが準備したならば、どうにかなるということだろう」
リーパーは凄い楽観的です。
「まずは北岳研究複合体に向かうぞ」
そう言ってリーパーがSUVを走らせ、高度研究都市内にある大井のフロント企業──北岳研究複合体に向かった。
北岳研究複合体は高度研究都市の多くの建物がそうであるように、落ち着いた色彩ながらも現代芸術を感じさせるような奇抜な構造をした建物だった。
それはガラスのドームであり、外から中が丸見えというものです。
私とリーパーはそんな建物のエントランスに向かうと、接客ボットがやってくる。
「ようこそ、北岳研究複合体へ。ビジター様でしょうか?」
「いいや。ここの研究員だ。IDを認証しろ」
そして、接客ボットのスキャナーが私たちをスキャンする。
「失礼しました。保安部のラムゼイ・キム氏がお待ちです」
接客ボットはそう言い、私たちを保安部のオフィスまで案内。
「……来たか」
そこで待っていたのはアジア系の小柄な男性で、厳つい顔立ちの男性だった。研究所の人ではあるのだろうが、白衣は纏っていない。
「北岳研究複合体の保安部長のラムゼイ・キムだ。ジェーン・ドウから話は聞いている。今回はそちらの仕事に協力することになっている」
「よろしくお願いします」
ラムゼイ・キムさんが言うのに私が頷く。
「まず富士先端技術研究所への侵入についてだが、ある程度の場所までは無人警備システムなどに煩わされることもなく侵入できる手筈を整えた。富士先端技術研究所の見取り図とともに確認しておこう」
ラムゼイ・キムさんはそう言い、私たちとこれから侵入する富士先端技術研究所の見取り図をARで共有する。
「富士先端技術研究所は巨大な建物になっている。その面積はアメリカ国防総省の10倍だ。それだけ巨大な建物なだけあって、セキュリティは完全に機能しているとは言い難い」
大きな建物ほど、セキュリティには穴があるとラムゼイ・キムさん。
「私は内部の協力者を得て、セキュリティレベル2に分類される、この会議室までのアクセス権限を得た。ここから問題の佐久間研究室に向かうには、レベル3、レベル4のセキュリティをさらに抜けなければならないが」
富士先端技術研究所は複雑な作りであり、かつ巨大な建物だが、外部に面している側からセキュリティレベル1、2、3、4、5と中に向かうにつれてセキュリティレベルが上がるようになっていた。
「それはどうしろと?」
「それはそちらが考えることだ。こちらの協力者が佐久間研究室まで到達できるならば、私はわざわざ傭兵に情報の強奪を頼んだりしない」
「ふん。つまり最初に佐久間レフって男がパラテックを扱っている可能性があると報告したのはあんたか」
「ああ。そうなる。私は上から富士先端技術研究所についての諜報作戦を命じられているからな」
ラムゼイ・キムさんはリーパーの言葉にあっさりとそう認めた。
「具体的にどんなパラテックを扱っているかは分かっていないんですか?」
「……お前たちがそれを知る必要はあるのか?」
「できれば知っておきたいです。もしかしたら、現場の判断に活かせるかも」
私はパラテックについて可能な限り知っておきたい。
それはインプラントを除去し、自分が生き残ることに繋がるのだから。
「佐久間レフ教授は多元宇宙論にのめり込んだ理論物理学者だ。しかし、ここ最近では理論ではなく実験の方に熱心になっている。その実験のコードネームは『ダンテ』だ」
「ダンテ……?」
「神曲の、だ。その作者であり主人公であるダンテ・アリギエーリ。地獄、煉獄、天国を旅するという話を聞いたことは?」
「ああ。あります、あります。作品自体は読んだことないですけど……」
ダンテさんは有名になったからいろいろなところで名前が使われていて、私もその広まった方で知った口です。
「佐久間レフ教授は多元宇宙のひとつを観測しようとしている。理論でしか存在しないと言われている、それをな。しかも、彼が覗き込もうとしているのは、冗談めいて語られてはいるものの……」
「いるものの?」
一息ついてラムゼイ・キムさんが答える。
「地獄だ。やつは地獄を科学的に観測しようとしている」
「地獄を…………」
ラムゼイ・キムさんが告げた言葉に私はそう繰り返すことしかできなかった。
「へえ。地獄をか。そういうゲームがあったな。地獄から無限のエネルギーを手にいれようって実験をやって滅茶苦茶になるストーリーだったし、場所は地球じゃなくて火星だったけれどもな」
リーパーは茶化すようにそう言って笑った。
「そういうくだらない冗談だったならば、私も調査の必要性を感じなかっただろう。しかし、連中は本気になっているらしいんだよ。巨大な粒子加速器まで使って、実験を行っているのが確認されている」
「科学的に地獄を覗き込む……。うっかり間違ってゲームみたいに地獄と繋がったりはしませんよね…………?」
「それを含めてお前たちが情報を集めてくるんだ」
「うへえ」
私とリーパーは既に悪魔と交戦している。
あんな恐ろしい化け物が、この地上にわんさかと溢れたら……。人類は滅亡してしまうかも…………?
恐ろしい想像に私は思わず身を震わせる。
「とにかく今は情報が必要だ。危険な実験をしていると分かれば、こちらとしても圧力をかけたりすることもできる。しかし、何も分からないのでは、上も対処ができない」
「了解だ。お土産をたっぷり手に入れて、戻ってこよう」
「よろしく頼む。ジェーン・ドウからお前たちはかなりのエースだとも聞いている。仕事が成功することを祈っているぞ」
「ああ」
リーパーはラムゼイ・キムさんに軽く請け合い、北岳研究複合体を出た。
「さて、いよいよ富士先端技術研究所に突入だ。ノーキル縛りで、隠密必須。こういう仕事もいいな」
「さいですか。私は危険も何もない仕事がいいですよっと」
リーパーと私はSUVに乗り込み、富士先端技術研究所を目指す。
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