ヘロディアの娘//ハッカー
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──ヘロディアの娘//ハッカー
私たちはカンタレラさんの自宅を訪れた。
「どうしたの、リーパー、ツムギちゃん?」
事前に連絡していなかったので、カンタレラさんは怪訝そうだ。
「事前に連絡せずにすみません。仕事に協力をお願いしたくて」
「仕事、ね。まずは内容を聞こうか」
私が謝るのにカンタレラさんは気にした様子もなくそう尋ねてくる。
「富士先端技術研究所に盗みに入る。ジェーン・ドウからはその仕事に当たって死人は出すなとのリクエストだ」
「富士先端技術研究所に盗みに入る? あんたらしくない仕事だね」
「そうか? 俺は殺しも盗みも引き受けるぞ」
「死人を出すなってところだよ。そういう仕事も受けるんだね」
「仕事に文句は言えんさ」
やっぱり誰から見てもリーパーはそういう風に見えますよね。
「まあいいや。あたしには何をしろって? 富士先端技術研究所へのハック?」
「盗みそのものは俺たちがやるが、無人警備システムやらその手のセキュリティに対策してほしい。できそうか?」
「調べてみましょう」
カンタレラさんはそう請け負ってくれ、まずはマトリクスから富士先端技術研究所にアクセスできるかを試し始めた。
『富士先端技術研究所の警備に当たっているのは独立系民間軍事会社であるプラエトリアン・タクティカル。こいつらがまず警備についていて、それから富士先端技術研究所の保安部が存在する』
「マトリクスから攻撃できそうか?」
『ふたつの組織が共通のシステムを使っているから、逆にやりやすいね。突入できる経路が多くある。短時間ならって但し書きがつくけど、無人警備システムを制圧することはできるよ』
「オーケー。こっちのタイミングで動いてくれ。時間制限があるのは燃える」
『はいはい』
リーパーの言葉にカンタレラさんはあきれ顔。
「カンタレラさん。今回の仕事なんですが、どうも富士先端技術研究所がパラテックを研究しているらしいんです。噂とか聞いたことあります?」
『富士先端技術研究所が? それはないなかな……』
「ですよね。ジェーン・ドウは表向きにはパラテックの研究ではないみたいなこと言ってましたし……」
『まあ、パラテックってのはオカルトだし、富士先端技術研究所なんていう真面目なところでそんな研究をやっているとは思えないと言えば思えない』
けど、とカンタレラさんが続ける。
『火のない所に煙は立たぬっていうでしょ? 何かがきっとあるんだろうね』
「オカルトを匂わせる技術があるかも、と」
私のような無学な人間はその区別は難しそうです。
ジェーン・ドウが言っていたようにそれらしい言葉で表現されれば、それを正しい科学だと信じ込んでしまいそうですよ。
『それにインテリほど陰謀論やオカルト、宗教に嵌るってのはあるから。もしかすると、そういう経緯でミネルヴァも富士先端技術研究所に浸透したのかも』
「そうなんですか?」
『そうそう。昔のカルト宗教とか、結構いい大学出たけど社会で成功しなかった人間が多くいたんだよ』
「へえ」
頭のいい人にはオカルトとそうでないものの区別はつきそうだったのですが。
『シャーロック・ホームズの作者だってオカルトに嵌ったしね』
カンタレラさんはいろいろとオカルトに詳しいみたいです。
「そいつは結構だが、具体的にどういう研究を佐久間レフって男がやっているかは分からないのか?」
『当然、調べてみてるよ。おっと、ヒットだ』
カンタレラさんが放った検索エージェントが情報を集めてきたみたいですね。
『佐久間レフ教授は宇宙論が専門で……多元宇宙論を研究している。まさか……』
「どうしました?」
『彼が書いた論文。『この宇宙に地獄と呼べる場所は存在するのか──多元宇宙論からみる宗教の解釈──』だって。これってかなり胡散臭くない……?』
「地獄の存在を真剣に考えているってわけか?」
『そう。と言っても宗教からスタートした地獄ではなく、地獄のような多元宇宙のひとつがあって、そこから宗教的な地獄が生まれたって考えみたい。様々な宗教に描かれた地獄の類似点を文化学的に解析し、それを科学で分析している』
「ふうん」
リーパーは見るからに興味がなさそうです。
「私たちが見た悪魔。あれのことをジェーン・ドウは多元宇宙的恐怖と呼んでいました。もしかすると、その研究に関係あるのではないでしょうか?」
『ありそうだね。もっと具体的にどういう研究をしているか知りたいけど、富士先端技術研究所の研究者用の構造物は氷が手ごわすぎてお手上げだよ』
カンタレラさんでも富士先端技術研究所の構造物にはアクセスできないと。
『リーパー。盗み出せた情報があったら、少し教えてくれない?』
「ジェーン・ドウが許可したらな」
『お願い。報酬はそれでいいから』
「ハッカーってやつは本当に知りたがりだな。早死にするぞ」
カンタレラさんの飽くなく好奇心にはリーパーも呆れ気味。
『それについてはあんたに言われたくない。ツムギちゃんもお願いね』
「ええ。ジェーン・ドウから許可が出たら教えますよ」
こうして私たちはこの仕事に協力してくれるカンタレラさんへの報酬も決まり、富士先端技術研究所侵入に向けて動き始めた。
「カンタレラさんが協力してくれてよかったですね」
私はSUVで高度研究都市に向かう中でリーパーにそう言った。
「あいつならこういう話に興味を持つとは思ったからな。まさか報酬までそれでいいとは思わなかったが……」
「まあ、あののめり込みようは少し心配にはなりますが…………」
カンタレラさんはインテリがオカルトに嵌ると言っていたが、まさにカンタレラさんがそうなのでは? と思ってしまうところもあった。
「しかし、そのオカルトが真面目に研究されていて、お前の脳に入っているインプラントにも関係している。さらにそれを巡って大井とメティスのような六大多国籍企業すら揺るがされた」
「……冗談と笑い飛ばすには笑えないですね…………」
「ああ。既に大勢の死人も出ている。こいつは割とマジな話になっているぞ」
リーパーはそう言いながらも愉快そうな笑みを浮かべていた。
「何がそんなに楽しそうなんです、リーパー?」
「考えてもみろ。これからもお前のようなインプラントを入れた人間が出てきたり、あるいはTMCの地下でみたような悪魔と出くわす可能性があるわけだ。それが楽しみじゃなくて、何を楽しみに待てばいい?」
「はあ。さいですか」
リーパーに真面目な感性を期待した私が愚かでしたよ。
「それに、だ。ジェーン・ドウもお前のことを放置するつもりじゃないってことが分かってきた。あいつもパラテックを調べていて、お前の脳みそのインプラントを除去する方法を探している。それは安心できる話だろ?」
「……それはそうですね……」
ジェーン・ドウもああ見えてちゃんと私のことを考えてくれているみたい……? なのはちょっと嬉しいです。
今のところ、私が生き延びられるかどうかは、彼女に掛かっているのですから。
「薬はちゃんと飲んでるな?」
「ええ。安心してください。まだ死にはしませんよ」
「それは何よりだ」
リーパーは安心したように笑っている。
彼は私と殺し合うために、私を気遣っているのだろうか……。
それとも他の感情が芽生えたりしたのだろうか…………。
リーパーの考えていることはテレパシーでも読めない。
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