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始まりの場所にて//キャンプ

……………………


 ──始まりの場所にて//キャンプ



「未来が見える……?」


 リーパーの言葉に私は首を傾げた。


「ああ。最長で3時間、最短で5秒先の未来が見える」


「冗談、ではなさそうですね…………」


 確かにこれまでリーパーには未来が見えているかのようだった。


 銃弾の雨の中をかすり傷ひとつ負わずかいくぐり、死角からの攻撃にすら対処した。それはまさに未来でも見えてないなければ不可能な所業だ。


 だが、どうして未来が見えるのでしょうか……?


「俺にも理由は分からん。どういう仕組みで俺が未来を見ているのかは分からない。だが、俺には未来が見え、それこそが俺が主人公である証明だ」


「それは特殊な能力があるのは主人公っぽいですが……」


「ただの特殊な能力じゃない。ラプラスの悪魔って知ってるか?」


「え? ラ、ラプラスの悪魔?」


 リーパーの口から不可解な言葉が口にされた。


「この世界の全ての情報が得られれば、ずっとずっと先の未来は計算で導き出せる。だから、この世界の未来は最初からひとつしかない。そういう決定論の話だ」


「随分と難しい話をしますね……。聞いたことはありますけど、それは昔の物理学の話で、今は否定されている話ではなかったですか?」


「なら、どうして俺には決定されていないはずの未来が見える? 量子論は未来は非決定であり確率的だと言っているが、俺には決定された未来が見えている。それは確かに宇宙の終わりまでを予想するものではないがな」


「えーっと……。初期値が違えば未来は大きく変わるっていうカオス理論の話もありまして……。恐らくはそれが関係しているように思えるような……」


 私も物理学者じゃないから正確には表現できない。


「そうです、そうです。でこぼこした斜面にビー玉を落とすと最初の方は予想した通りの動きになりますが、あとからどうなるのかは分からないですよね? そのあとの方に作用しているのが量子論的な話になるのではないでしょうか?」


「ふむ。つまりは量子論がさほど影響しない最初の方の未来だけが見え、それから先は俺でも神様でも悪魔でも予想ができない世界というわけか?」


「ええ。そういうことです」


 私は何とか説明できたと思う。


「ああ。ラプラスの悪魔は存在しえないというのは聞いたことがあった。だが、俺には未来が見えていることだけは確かだ。試してみるか?」


「どうやって?」


「これを使え」


 リーパーはそう言って100円玉を私に向けて放り投げた。新円が流通するようになって使えなくなった古い貨幣だ。


「俺は目をつぶっているから、コインを投げて裏か表を出せ。当ててやる」


「いいですよ。やってみましょう」


 リーパーはそう言って目をつぶり、私はコインを投げて手のひらで受け止めた。


「裏」


 リーパーは目をつぶったままそう言う。


「……当たりです。でも、まぐれかもしれませんね」


「ふん。じゃあ、これから5回投げる全てのコインの結果を今から当ててやる。表、表、裏、表、裏だ」


「……それが当たったら信じざるを得ないですね……」


 そして私はコイントスを続ける。


 表。


 表。


 裏。


 表。


 裏。


 ……全てリーパーが予想した通りになりました……。


「俺には未来が見える。決定されているか、あるいは部分的に決定されている未来が見えて、それをぶち壊すこともできる。決定論という運命めいたものを破壊できる。それはまさに主人公だろう?」


 リーパーは悪ガキのようににやりと笑ってそう言う。


「降参です。あなたは確かに主人公ですよ」


 私もそう認めざるを得なかった。


「さて、お喋りも楽しかったが、そろそろここで過ごす支度をしないとな」


「ここで過ごすんですか?」


「ああ。キャンプってところだ」


 リーパーはそう言ってSUVに戻り始めた。


「キャンプに向いた場所を知っている。クーデターを画策した同盟派閥の連中で生き延びたやつらは、俺たちへの報復を考えているかもしれない。そう考えればTMCだろうとKMCだろうと街にはいない方がいいだろう」


「それもそうですね」


 私たちはSUVで廃村を出て、しばらくしたところで車を止めた。


 そこは古い公園のようで、茂みが生い茂り、遠くからは川の音が聞こえる。


「ここでキャンプだ」


 リーパーはそう言い、SUVから機材を降ろしていく。


「テントなんて持ってたんですね」


「不思議か? アウトドアグッズは一通りあるぞ。いつもTMCで仕事(ビズ)があるわけじゃないからな」


 リーパーは慣れた様子でテントを組み立て、軍用らしき固形燃料を箱から出すとそれを焚火の代わりにして燃やした。


「湯を沸かしたら晩飯だ」


「まさか料理するんですか?」


「俺が料理ができるように見えるか? カップラーメンと缶詰だ」


「ですよね」


 リーパーはミネラルウォーターのボトルから鍋に水を注いで沸かし、その水を用意していたカップラーメンに注いだ。


 カップラーメンのジャンクながら香ばしい香りがする。


「何日ぐらいこうしているんです?」


「2日後には移動する。次は今も生きている地方都市だ。そこで7日間過ごし、買いだめなどもする。それからもうしばらくうろうろして、ジェーン・ドウから安全だという連絡が来たら戻る」


「了解。たまにはこういうのもいいものですよね」


「本当にたまにならばな」


 リーパーは別にキャンプが好きなわけではないらしい。


「しかし、ここは自然が残っていますよね……」


 TMCに自然の緑はない。人工的に作られたちっぽけな自然があるだけだ。


「人間が暮らしている環境も自然だろう? 俺たち人間が他の動物と違って宇宙から来て、地球で好き勝手やってるわけじゃないんだ。俺たち人間も自然から生まれ、その行動も自然のうちだ」


「それはそうですけど……」


 でも、自然と言い張るには人間の行動は他の動物のそれより高度な気がする、というのは驕りでしょうか?


「頭痛の方はどうだ?」


「今はかなりいいです。ですが、これから仕事(ビズ)をするならばまた頭痛を覚悟しなければなりませんね」


 3分が経ち、私たちはカップラーメンの蓋を開けて麺を啜る。


 うん。ジャンクなお味ですね。


「気を付けろよ。今のお前に死なれるわけにはいかない。俺たちもあの倉庫にいた犬のように殺し合うんだからな」


「犬のように、ですか……」


 確かに私はリーパーの飼い犬で、リーパーはジェーン・ドウの飼い犬ですが。


「リーパー。あなたはもし私と戦えば、そこにどういう未来が待っているのかも見えるんですか?」


「ある程度は。お前については見える未来はそう長くない。お前は予想が難しい存在だ。だからこそ、お前とやり合うのは楽しみなんだがな」


「殺し合わないという未来はなしですか? ……私は死にたくないし、あなたにも死んでほしくありません……」


 私は正直にそう語った。


 昔の私ならばリーパーを殺してでも生き残ろうとしただろう。だが、今の私はリーパーという人間を知りすぎた。


 今の私は死にたくないし、リーパーを殺したくもない。


「それは少しばかり退屈だな……。だが、そういう未来が全くないとは言い切れん。そうとだけ言っておこう」


 リーパーはそう告げる。


 彼は今未来を見ていったのだろうか? それとも彼の自由意志ゆえの発言だろうか?


 それを知るすべは私にはない。


「さて。クマが出る心配はしなくていいぞ。クマは本州において絶滅している。イノシシもゼータ・ツー・インフルエンザ対策で狩り尽くされて絶滅している」


「じゃあ、今日はもう寝ますか」



 ただ言えるのは、私は未来でも過去でもなく、今という時間にこうしてリーパーと送っている時間が好きだということだけ。


 それは私が死んでも、リーパーが死んでも、失われてしまうものだ。



……………………

これにてドッグライフの章は終了です。


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