ご褒美のジャーキー
本日3回目の更新です。
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──ご褒美のジャーキー
それから敵であるチャイニーズ・マフィアの抵抗は急速に弱まっていった。
敵前逃亡を図ってリーパーに背後から切り倒された人間。
必死に抵抗するも私のファイアスターター能力で焼き殺された人間。
車に乗ったのはいいものの、リーパーに車ごと真っ二つにされた人間。
私たちが暴れたあとには、そんな人間の死体の山が積み重なっていた。
「ひいいいいっ!」
そして、最後に残っていたひとりの老人──恐らくはチャイニーズ・マフィアの幹部の前にリーパーが立っている。
ラフなスーツに血を浴びた彼の姿は、まさに死神だ。
「ま、待て! 取引しよう! 私を見逃せば見返りを与える! だから…………!」
「ああ。そういう選択肢があるゲーム、面倒くさくてな。それにその手の選択肢で生かしてやったら貰えるレアアイテムとか追加報酬とか割としょぼいんだよな。だからいつもシンプルに──」
退屈したようにリーパーはそう言って老人の首を刎ね飛ばした。
「──殺すだけだ」
リーパーが振るった超高周波振動刀が血の筋を描いて、綺麗な赤い線を壁に引いた。
「終わり、と」
それからリーパーが私の方を見て、楽しげな笑顔を見せた。
「やはりお前は面白いな。とても面白い。楽しそうだ」
「楽しくなんてありませんよ」
「お前はそうかもな。だが、俺は楽しいぞ。どうやってお前を殺そうかって考えると」
そのときようやく私はリーパーの笑みにぞっとした。
やつにとって私も喋るNPCとさして変わりないのだ。さっきの老人のようにリーパーの気分次第で殺されてしまってもおかしくない人間のひとりなのだ。
「そんな顔するなよ。何も今すぐに殺そうってわけじゃないんだ」
そして悪戯が見つかった子供のようにリーパーが苦笑して見せる。
「今は楽しもうぜ。人生ってゲームをな」
今は仲間として気楽にいこうとばかりにリーパーは拳を突き出す。
「他に選択肢はないですからね」
私はそのリーパーの拳にグータッチした。
「そんなことはない。人生ってのは選択肢ばかりだ」
私の言葉にリーパーがそう語る。
「結局は人生ってのはいつ死ぬのかを選ぶ代物だからな。若くして派手に散るもよし、生にしがみついて晩節を汚しながら死ぬのもよし」
「私は長生きしたいですね」
「それなら強くなることだ。ゲームでも弱い序盤の戦術ってのは限られる。ゲームの進行に従って取れる戦術の幅と選択肢が広がる。強くなれば自分がどう死ぬのかを、自分で決めることができる」
「あなたは何でもゲーム、ゲームなんですね」
「実際、俺にとっては全てがゲームだからな」
私の呆れた表情にリーパーは肩をすくめてみせた。
「なあ、俺たちが生きているのが実際にゲームの世界かもしれないって考えたことは一度もないか? 実は全ての物事はこの世界を作ったクリエイターが決定していて、俺たちはそのゲームの中で生きている、と」
「いいえ。ありませんよ。そういう妄想は」
「妄想か……。確かにそうかもな」
リーパーにしては珍しく私の言ったことをそのまま受けとめて、それ以上何も言い返したりしなかった。
「帰るぞ。仕事は終わった」
「はい」
私たちは再びリーパーのSUVに乗り込み、死体の山が築かれた中華料理店から去る。
高速道路に乗ってしばらく走ると、リーパーがARデバイスにメッセージの着信を受けたらしく、目を細めてやり取りしていた。
「ジェーン・ドウからお褒めの言葉だ。よくやった、と」
「どういたしましてと言うべきなのでしょうか?」
「さあ? 本人が来るから自分で考えろよ」
リーパーはそう言い、セクター3/1の自宅の地下駐車場に車を止め、エレベーターでペントハウスへと上がった。
「仕事は上手くいったようですね」
リーパーの自宅であるペントハウスにはジェーン・ドウが先についていた。彼女は洒落たダイニングのテーブルに座ってリーパーと私を出迎える。
「ああ。楽しかったぞ。こいつの殺し方はやはり面白い」
「それは仕事に使えるという意味で捉えていいのですね?」
「それだけじゃあ、少し退屈だろ? 仕事に使える以上だ。俺個人として楽しい相手だよ」
「はああ…………」
ジェーン・ドウはリーパーの言葉に深々とため息をついて、頭痛がしたというようにこめかみを押さえる。
「ツムギさん。仕事を達成したことはよくできました。飼い主の飼い主としてフリスビーを取ってきた犬にはご褒美のジャーキーを与えましょう」
それから私の方を見たジェーン・ドウは立ち上がり、私に何かの錠剤が入ったプラスチックの容器を手渡した。
「これは?」
「一時的にですがインプラントによる脳への侵襲を抑えるものです。あなたが能力を使ったあとなどに使用すれば、その分の侵襲はある程度緩和できる。そう技術者たちからは聞いています」
「これだけではインプラントによる死は……」
「無論、避けられません。これは緩和するだけです。根本的な解決には程遠い」
「そうですよね」
今の段階でジェーン・ドウが私の問題を解決するメリットはない。私はそこまでジェーン・ドウの役に立っていない。
「これでもっと長く戦えるな! 楽しみだ!」
ただリーパーだけはもっと私と遊べると思って喜んでいる。
「こうしてご褒美も与えたことですし、新しい仕事です。次も仕事の内容は殺しですが、少しばかり複雑なものになります」
「相手は?」
「野良のアングラハッカー。よくいるタイプのハッカーです。覗きたがり、ばらしたがり、自慢したがり。この手のハッカーの平均寿命は一般的な平均より25~30歳短いと言われていますが、当然のことでしょう」
「ハッカーか。あまり殺し甲斐がないな」
ジェーン・ドウの話を聞いたリーパーは見てわかるぐらいやる気をなくした。
「護衛には高度に機械化した傭兵がついています。元韓国海兵隊の生体機械化兵がついているという話です」
「へえ」
しかし、ジェーン・ドウがそういうとまたリーパーは目を輝かせ始めた。こいつ、本当にどうかしてますよ。
「まずはハッカーの居場所を特定する必要はありますが、あなたのコネを生かしていい具合に見つけてください。それからなるべく早く処理を行うように」
「了解。引き受けた」
「結構です」
ジェーン・ドウが説明するが、今回はリーパーのコネを使うのですか。彼のコネってどういうものなんでしょうか?
「それでは迅速な仕事の達成を祈ります」
ジェーン・ドウはそう言って立ち去っていった。
「リーパー。あなたのコネと言うのは?」
「アングラハッカーをやってる友人がいる。そいつに会って、仕事を依頼する。ハッカーを探すって仕事をな」
「そんな、あなたにも友達がいたんですね……」
「お前は俺を何だと思ってたんだよ」
私が心の底から驚くのにリーパーは心外だと言うようにそう言う。
「その薬は早速飲んでおけよ。今回の仕事でも働いてもらうからな」
「分かっています」
私は容器のふたを開け、赤い錠剤を取り出す。
そして、それを口に放り込んで、そのまま飲み下した。
「これでいいはずです。恐らくは、ですが」
「オーケー。じゃあ、次のステージに入ろうか」
リーパーはそう言って、口角を歪めて愉快そうに笑った。
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