パワーストラグル//セクター4/2
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──パワーストラグル//セクター4/2
私とリーパーが次の仕事のためにいつものようにTMCセクター4/2に呼び出されたのは、セクター5/2で買い物を楽しんだ次の日のこと。
「あなた方にはちょっとばかり変わった仕事を持ってきました」
ジェーン・ドウはそう切り出した。
「私は以前からどんな仕事であろうと成功させるのに重要なのは、その仕事を構築するシステムにあると思っています。そう、スイスの職人が作った時計のようにぴったりとかみ合い、揺らぐことのないシステムです」
「はあ」
「しかし、このシステムというものを人間というものが運用しようとすると、途端に馬鹿らしいトラブルに襲われるのです。どれだけ優れたシステムでも人間という愚かな存在はダメにしてしまいます」
ジェーン・ドウはいつも何かが気に入らないという感じですが、今日もそんな感じですね。仕事の上でのストレスでしょうか…………?
「特にシステムが台無しになる原因にあげられるのは、人間関係です」
ジェーン・ドウはそう言って深々とため息をついた。
「男女の交友、同性同士の痴情、派閥争い、エトセトラ、エトセトラ。人間はときに信じられないほどどうでもいいことにこだわり、積み上げられた全てを台無しにします。ああ、なんと愚かしいことか」
「大変ですね」
私には思い当たる節がないので他人事です。
「本題に入りましょう。今回、我々が問題視しているのは大井内の派閥争いです。大井内には現在、ふたつの派閥が争いを生じさせています」
ジェーン・ドウはいつものようなデータの共有はなく、口頭で説明を始めた。
「ひとつは競合事業者との提携を良しとする同盟派閥。もうひとつはそれを否定する非同盟派閥。このふたつの派閥が大井コンツェルン全体で争い、正常な業務の遂行に支障をきたしています」
「競合事業者? どの分野の話だ?」
「それを知る必要はありません。敢えて言うならば我々が出遅れた分野においてであり、相手は六大多国籍企業ではありません」
「相手は六大多国籍企業ではない。なら、そんなに提携でぴりぴりするようなこともないんじゃないのか」
「事情があるのですよ、いろいろと」
ジェーン・ドウは珍しく情報を伏せており、リーパーもそれを察したのかそれ以上は尋ねるのを止めた。
「私がついたのは非同盟派閥です。私も相手に問題がなければ提携だろうと何だろうと好きにすればいいですが、相手に問題がありますので」
「問題…………」
大井のようなメガコーポにとって提携相手に問題があるというのは、よほどのことがあるように思われる。
「それに同盟派閥は今は小規模です。無視できないとしても、すぐに大井の実権を握るようなことはないでしょう。そうですので、彼らが権力を握る前に────」
ジェーン・ドウが冷徹に告げる。
「────叩き潰します」
彼女はそう宣言した。
「大井のお家騒動に介入か。なかなかスリリングな仕事になりそうだ」
「ええ。そうなるでしょう。現在、同盟派閥は自分たちが権力を握るために手っ取り早い方法に着手しつつあることが報告されています。何か分かりますか?」
「クーデター」
「素晴らしい。たまにはあなたも戦闘以外のことで頭が回るようで安心しました」
リーパーの答えにジェーン・ドウが嘲笑するようなゆっくり拍手をぱちぱち。
「そうです。クーデターです。反乱の準備が進められています。大井コンツェルンそのものだけではなく、その傘下にある民間軍事会社も抱き込んだクーデターを画策してるようなのです」
「それなら保安部が対処すれば……」
「保安部内にも連中の協力者がいないとは言い切れないでしょう? なので、まずは外部の人間であるあなた方のような傭兵を使って対処します。クーデター前に潰せれば文句なしですが、クーデター実行後に対処できる余地があるだけでも十分です」
「なるほど。しかし、具体的に何をすればいいのですか?」
私はクーデターに対処したことなどありませんので、実際にどうすればいいのかは指示を受ける必要があります。
「クーデターで重要なのは素早く今の実権を握っている人間を排除し、それ以上統治基盤を損なうことなく乗っ取ることです。頭だけを入れ替えて、下はそっくり残す。これが全てをひっくり返す革命との違いです」
「つまり同盟派閥の勝利条件は非同盟派閥の実権の強奪であり、非同盟派閥の排除だな」
「そうです。大井というメガコーポが分裂し、長期間争うことは同盟派閥も非同盟派閥も望むところではありません」
「スマートかつ短期的に終わらせるべき、か」
リーパーは意外にもこういうことに頭が回るようです。
「起きるシナリオはこういうものです」
リーパーの答えを受けてジェーン・ドウが説明する。
「最優先は現在の経営陣の拘束または殺害。それから大井コンツェルンの重要施設の占領。TMCにおけるマトリクスを含めた通信インフラの掌握。それから内外への経営陣交代の宣言です」
「では、俺たちの仕事は非同盟派閥の権力者どもの保護か?」
「ええ。その通りです。ある施設における護衛をお願いします」
そこで初めてジェーン・ドウから情報が送られてきた。
「TMCセクター10/6にある大井の地下バンカー…………? あんなところにバンカーがあるんですか?」
「あります。主に核戦争に備えたものですからね。TMC中心部にメガトン級の核弾頭が投下された場合にも生き残れるものだと、そう聞いています」
「凄いですね……」
セクター2桁の物騒な場所に大井の重役が避難するシェルターがあるのは妙な話だと思ったが、TMCの中心部への核攻撃を想定しているならば納得だ。
「非同盟派閥の権力者が生き残った時点で、同盟派閥のクーデターは半分が失敗です。彼らが挽回するには実施に自分たちが権力を握ったと内外に宣言できるだけの資産を確保して、非同盟派閥を失脚させるしかなくなります」
「それにはどう対処を?」
「心配する必要はありません。私の方で対処します。既に忠誠を誓っている民間軍事会社の部隊をあちこちに配置してありますので、そう簡単に重要施設の占領は行えないでしょう。通信インフラの占領も同様です」
「分かりました」
何せ、非主流派とは言えどメガコーポである大井の派閥が反乱を起こすのだ。規模はかなり大きなものとなるだろう。
そう考えると私とリーパーだけでは人手が足りませんよね。
「もちろん、あなた方の運用も流動的なものとなる可能性はあります。同盟派閥が攻撃の重心をどこに置くのか把握できていない以上、まずは経営陣を保護してもらいますが、そののちに別の施設の奪還を命じる可能性もあり得るのです」
「そうでないと面白くない。仮にも大井を相手にドンパチやれるんだ」
「全く、あなたという犬は…………。余計な喧嘩だけは売らないようにしてください。いいですね?」
「考えておく」
「考えておくでは困ります。確実にお願いします」
「はいはい」
ジェーン・ドウが念を押すのにリーパーは生返事だ。
「今回は大井の中核にかかわる問題です。余計な問題を起こすと私でも庇いきれなくなる可能性があります。あなたのためにも余計なことはしないように」
それでもジェーン・ドウはそう念を押した。
それもそうだろう。今回護衛するのは大井の重役たちだ。
以前の重役の娘だったメイジーさんや研究者であったマグレガー博士とは違う、本当の要人である。ジェーン・ドウが気をもむのも当然だろう。
「それではあなた方が無事に仕事を達成し、このくだらない派閥争いが早急に決着することを祈ります。それでは仕事を始めてください」
ジェーン・ドウは私たちにそう命じ、手を振った。
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