TMCジオフロント//地底巡りツアーを終えて
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──TMCジオフロント//地底巡りツアーを終えて
「読んでみろ。何が書いてある?」
「そうします」
ARデバイスの不調は元に戻った。今やルーン文字は消え、ノイズも消え去った。
私はそのARデバイスの自動翻訳機能を使って残された書類を読む。
「『サイト-19におけるポータル実験は全面的に中止される。サイト-19のポータルは極めて不安定であり、実用性に欠ける。サイト-19は全面的に封鎖され、以後の利用は控えること』と」
「ふん。なら、ここがサイト-19なのか?」
「どうでしょう? 内容はあっているように思えますが」
私たちが見た地獄門は何かしらの制御がなされているようには見えなかった。ここがそのせいで放棄されたサイト-19だとしてもおかしなことはない。
地獄門=ポータル。サイト-19=現在地。
その認識で間違いはないはずだ。
「『以後、ポータル実験はサイト-オリジンに限定する。この通達はすぐさま有効とする』と。あとはポータルについての物理学的な注釈が書かれた書類で、私が読んでもさっぱりですね」
「そうか。カンタレラにあとで送っておこう。それから……」
リーパーは先ほどまで地獄門があった部屋を見渡す。
「ジェーン・ドウにも報告しないとな」
確かにこのことにはジェーン・ドウも興味を示すでしょう。
彼女もミネルヴァとパラテックについて調べていると言っていた。今回の件はまさにその両方に該当することだ。
「しかし、彼女に何と言います? 地下に来たら悪魔に出くわしたって言って信じてもらえるでしょうか……?」
「ARもバグって記録できていないしな。死体もない。信じるかどうかは分からん。だが、一応伝えてはおこう。お前の脳みそに突っ込まれたインプラント──Ω-5に繋がる情報になるかもしれないぞ?」
「そうですね。今はガセだと思われても少しでも情報を報告しておきましょう」
私のARデバイスも先ほどの映像は記録していなかった。あのルーン文字やノイズもさっぱり消えてしまい、何も残っていない。
いや。残ってても怖いですけどね?
「とりあえず、ここを出ましょう。また地獄門が開いたりしたら大変ですよ」
「そうだな。いつ崩れるかも分からない場所に長居は無用だ」
私はリーパーを急かし、このジオフロント建設現場から脱出。
廃ビルのエレベーターまで戻ってきて、そのエレベーターで地上に戻った。
「空気がおいし……くはないですね…………」
「すぐ近くに汚染源があるしな」
地下空間から戻ってくると開放感はあるのですが、すぐ近くには汚染された産業廃棄物処理場があるので空気は美味しくないです。それどころか有害です。
「まずはカンタレラに報告だ。それからジェーン・ドウに」
「了解です」
「俺のARデバイスは捨てたから、そっちで連絡はやってくれ」
「はいはい」
そう言われて私はまずはカンタレラさんにメッセージを送った。
『ツムギちゃん? 地獄門を見たって本当!?』
「ええ。本当ですよ。記録はないですが、悪魔らしきものがいました」
『信じられないけど、冗談を言っているって空気じゃないね』
「危うく死ぬところでしたから……」
『なら、とりあえずうちに来てくれる? 詳しい話を聞きたいから!』
「了解です。リーパーにも伝えておきます」
大興奮の様子のカンタレラさんからそう言われ、私は頷くとリーパーの方を向いた。
「カンタレラさんの家に向かいましょう」
「イエス、マム」
リーパーはSUVを発進させ、セクター8/4を目指す。
TMC13/6の汚い道路を抜け、高速道路からセクター8/4に入った車は、そのままカンタレラさんの家であるマンション前で止まった。
私たちはエレベーターでカンタレラさんの部屋へ。
「いらっしゃい! 早速だけど地獄門の話を聞かせて!」
大興奮のカンタレラさんに迎えられて私は彼女に部屋に上がった。
「まず地獄門は恐らくミネルヴァによって開かれたものです」
「ミネルヴァが……。パラテックを扱っている組織が、地獄門を開いていた…………」
「ええ。しかし、私たちが見た地獄門が制御できなかったとかで、放棄されたものでした。詳しくはこの資料を見てください」
私はカンタレラさんにジオフロントで見つけた資料を送信。
「サイト-19と呼ばれる場所で人工的に地獄門を作っていた、と……。実際に見た地獄門はどんなものだった?」
「地獄門と聞いて想像できるものだったぞ。硫黄の臭いが漂い、炎が吹き上げ、怪奇現象が発生する。そういう感じの代物だ」
カンタレラさんの質問にリーパーはそう答えた。
「ええ。リーパーの言っている感じで、さらに言えば地獄門があった部屋の前には、このような魔法陣とルーン文字がありました」
「これは……。前にあたしが見たのと似たような感じのだね…………」
カンタレラさんはそう言ってじっと私が送信した画像を見つめる。
「これの意味は分かりそうですか?」
「流石にさっぱりだね。ただデータは増えたからAIで解析してみるよ。何かしらの法則が見つかって、そこから解読できるかもしれないから」
私の問いにカンタレラさんはそう応じてくれた。
「それで、悪魔を見たんだよね? どんな存在だった? で、どうしたの?」
だが、すぐに興味津々のカンタレラさんは次々に質問を発する。
「デカい腕だった。人間が身長6メートルぐらいの生き物ならば持っているような腕だ。それを振り回して俺たちを殺そうとした。だから……」
「だから?」
「斬り倒してやった」
リーパーはそうにやりと笑う。
「流石と言うか、いつも通りというか……。あんたなら神様だって斬り殺しそうだね」
「それはいつかやってみたいな」
「やれやれ」
楽しそうなリーパーにカンタレラさんは苦笑している。
「しかし、侵入者を遠ざけるためではなく、地下に危険なものを閉じ込めるためのジオフロントだったみたいだね。何というかラビュリントスとミノタウロスの話を連想させてくれるよ」
「何だ、それは?」
「あんたは知らなそうだね、リーパー。ミノタウロスってのは牛の頭の化け物で、ラビュリントスはそいつを閉じ込めるために作られた迷宮だよ」
「へえ。神話の話か? どういう話なんだ?」
「最終的に迷宮で迷わないための道具を貰った英雄に、ミノタウロスはぶち殺される」
「確かにそれなら今回の話そのものだな。俺たちは迷子にならないようにお前にナビしてもらって、俺たちは化け物をぶち殺した」
「テセウスだってあんたには恐れをなすだろうね」
リーパーにはギリシャ神話は似合いそうにありません。彼が似合うのは北欧神話でしょう。彼ほど現代でラグナロクを気に入りそうな人間はいないでしょうし。
「でさ、話を戻すけど怪現象と言っていたよね? どんな感じのものだったの?」
「ARがルーン文字とノイズで埋め尽くされて、それからテレパシーに人のうめき声の大合唱みたいなのが流れてきたんです。怖かったですよ……」
「うめき声か……。それって『地獄の声』みたいな?」
「『地獄の声』……?」
私は聞きなれない言葉に首を傾げる。
「都市伝説のひとつでね。ソ連が掘削していた地球の地底深くの穴から、人間の叫び声みたいな音が聞こえてきたって話なんだ」
「滅茶苦茶怖い話じゃないですか!」
「まあ、これはガセだって分かっている都市伝説だから。けど、今回の話を聞いてみて連想したのは『地獄の声』だったね。だって地下深くの地獄にかかわる場所で、人のうめき声が聞こえたんだから」
カンタレラさんはそう言う。
「もっと調査したいけど、地獄門は消えちゃったんだよね?」
「ああ。消え去った。残されていたのは魔法陣だけだ」
「うーむ。残念だね。けど、暫くはこの話で盛り上がれそう」
TMCの地下には本当に都市伝説のはずだった地獄門が存在したって電子掲示板でとカンタレラさん。
「そいつは何よりだ。そこで情報を掴んだら教えてくれ。ミネルヴァについてのな」
「任せて。もしかすると、今回の件がリークされたことでミネルヴァが動くかも」
「だといいが」
リーパ-はそう言って肩をすくめた。
それから私たちはカンタレラさんの家を出て、次はジェーン・ドウに連絡する。
『どうしました、ツムギさん?』
「ジェーン・ドウ。ミネルヴァについての情報が手に入りました。これを」
私はミネルヴァが残した資料をジェーン・ドウに送る。
『ふむ。この資料はフェイクではないと?』
「少なくとも地獄門と悪魔と思しきものは私たちふたりで見ましたし、悪魔はリーパーが斬り殺しています」
『なるほど。情報に感謝しておきます。他には?』
ジェーン・ドウがそう尋ねてくる。
「ARデバイスを捨てたから新しいのを準備してくれと伝えてくれ」
「はいはい。リーパーが新しいARデバイスが必要なそうです。元のは捨てたので」
私はジェーン・ドウにそう伝えた。
『はあ……。分かりました。では、セクター5/2にある喫茶店に来てください』
「了解です」
TMCセクター5/2はかつて秋葉原と呼ばれていた場所で、今も電気街だ。
「リーパー。セクター5/2でジェーン・ドウが待っています」
「分かった。向かおう」
そして、私たちはセクター5/2に向かう。
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