TMCジオフロント//異界行きエレベーター
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──TMCジオフロント//異界行きエレベーター
「本当に行くんですか……?」
リーパーがハンドルを握ってSUVをセクター13/6に向けて走らせるのに、私は心配になってきてそう尋ねる。
「本当に行くぞ。まあ、地獄の門とやらが実在すればの話だがな」
「私もないと思いますけどね」
リーパーはTMCの地下にある地獄の門の話など全く信じていなかったし、私にしたところでカンタレラさんには悪いが本気にはしていない。
ただ、都市伝説という形でこういう話が広まっている以上、何かしらの原因となった話は存在するだろうとは思っています。
ヤクザやチャイニーズ・マフィア、コリアン・ギャングが死体を処理する秘密の場所を持っていて、それが地獄の門と呼ばれている可能性もあるわけで。
そういう場所に迂闊に入れば、トラブルになるのは確実なのです。
私が恐れているのはまさにそういうことでして。
「TMCの地下なんてろくなものがないですよ。やっぱりやめません……?」
「確かめたいだろ? 地獄の門とやらがあれば話のネタになる」
「話のネタのために命を落とすのは馬鹿らしいです」
「死ぬと決まったわけじゃない」
リーパーは私の言うことをさっぱり聞いてくれません。
「何が起きても知りませんからね」
「何も起きない方が心配だな」
私の言葉にリーパーはそう笑い、SUVはセクター13/6に入った。
「で、運び屋のトンネルってのはどこだ?」
「詳しくは書いてないのですが、産業廃棄物処理場の方にあるそうです」
「あそこは広いぞ」
「カンタレラさんに聞いてみます?」
「そうしてくれ」
リーパーに頼まれて私はカンタレラさんに連絡。
『どうした、ツムギちゃん? 何か用事?』
「カンタレラさん。教えていただいた都市伝説の中でTMCの地獄門をリーパーが確認したいと言っていて。今、セクター13/6にいるんですが、問題のトンネルの入り口になる運び屋の居場所って分かります?」
怪訝そうにカンタレラさんが通話に応じるのに私はそう尋ねた。
『え? 本当に調べにいってるの?』
「リーパーがどうしても、と……」
『そっか。なら、できるだけナビするよ』
「すみません」
うちのリーパーがご迷惑をおかけします。
『運び屋についてはいろいろな噂があった。今、有力なのは産業廃棄物処理場の手前にある廃ビル。そこにあるエレベーターから地下に潜るって説』
「廃ビルのエレベーター?」
『そう、どういうわけか電気は来ててエレベーターは動くらしい。何人もの肝試しをした連中が確かめたけど、エレベーターは動いていた』
「へえ。そいつを運び屋が使っているわけか」
『そうみたいだね。ただし、この情報が本当に正しいかは分からないよ。あたしが確かめたわけじゃないから』
「それもまた一興」
リーパーはカンタレラさんに言われた廃ビルに向けてSUVを走らせる。
廃ビルはセクター13/6とセクター13/7の境目に遭った。
この付近は産業廃棄物処理場があり、その処理場と言う名に反して放置された廃棄物からの汚染が深刻な場所だ。
私がセクター13/6で路上生活をしていたときも、この付近には近寄らなかった。
「ここはあまり長居しない方がいいですよ。大気すらも汚染されていますから」
「そうみたいだな。だが、地獄門を確かめるためだ」
リーパーはそう言い、SUVを問題の廃ビルの前で止めた。
廃ビルは完全に廃墟のようで、割れた窓ガラスはそのままで外壁は大気汚染によって薄汚く、その上に落書きまでされている。
「誰かが管理しているというわけではなさそうだが……」
リーパーは破壊されて地面に転がる南京錠と鎖を見てそう呟き、開きっぱなしのドアを潜る。私もその後に続いた。
「生活臭が僅かにだがあるな」
廃ビルの中は放置されたテントがあり、火を起こしたであろう形跡もあった。それに空のペットボトルや缶詰といったゴミが散乱している。
「運び屋がここで過ごしていたんでしょうかね?」
「どうだろうな。ここら辺は地元の人間も近寄らないんだろう? それなら隠しておきたいブツの保管や取引の場にもってこいだとは思うが」
私の推測にリーパーはそう言いながら、テントの中などを慎重に覗き込む。
「何もないな。エレベーターを探すぞ」
そして、すぐにそれらに興味を失ったリーパーは問題のエレベーターを探し始める。
「これ、じゃないですか?」
私はそこで落書きだらけのドアを有するエレベーターらしきものを見つけた。
上下のボタンがついていて、扉は両開きの金属製だ。
「ビンゴだろう。一応カンタレラに見せておけ」
「了解」
私はカンタレラさんにエレベーターの扉を撮影した画像を送信。
『見つけたみたいだね。そのエレベーターで間違いないよ。で、上ボタンを押して』
「上ですか? 地下に行くのに?」
『そう簡単には秘密の抜け穴にはいけないのだよ』
カンタレラさんの指示を怪訝に思いながらも、私はエレベーターの上ボタンを押す。
「あ。反応がありますよ。本当に電気は来ているんですね……」
「それか自家発電しているかだな。何にせよここは人が管理しているに違いない」
「しかし、乗り込んだ途端に壊れたりしないといいんですが」
エレベーターは音を立てて私たちがいる1階に到達。
ドアが自動的に開き、泥で汚れた床のあるエレベーターのかごが見えた。
「乗るぞ」
「だ、大丈夫ですかね……?」
リーパーは臆せず乗り込み、私は戸惑いながらも乗り込んだ。
『乗り込んだ? なら、次は指定された通りにボタンを押して』
「下に行くボタンじゃなくてですか?」
『そう。聞いたことない? エレベーターで異界に行く方法って都市伝説』
「ああ。途中で知らない女の人が乗り込んでくるとかいうあれですか?」
『それそれ。それに似た都市伝説なんだよ、これは』
「怖いやつですよね……」
カンタレラさんの言葉に私は背筋に冷たいものを感じた。
「なんだ、それは?」
「昔、あるビルのエレベーターで特定の手順でボタンを押すと、この世とは違う異界に行けるって話があったんですよ。カンタレラさんの言っているのはその都市伝説についてで、どうやらこれもその類だそうです」
「異界、ねえ」
「都市伝説にはいろいろとあるんですよ。この世ではない世界の話が」
いまいち呑み込めずにいるリーパーに私はそう言って、カンタレラさんの指示に従ってエレベーターのボタンを押していく。
「格ゲーのコマンドみたいだな」
「かもです」
私がリーパーに冷やかされながらもボタンの入力を終えるとエレベーターが動き出した。ガコンと音を立てて、エレベーターは明らかに下に向けて動いています!
「おお! 下に向かってますよ、リーパー!」
「へえ。都市伝説ってのも意外に馬鹿にできないものなんだな……」
先ほどまでは異界やエレベーターのコマンドのことなど全く信じていなかったリーパーは、今は興味深そうにこれから何が起きるのかを待っている。
エレベーターはずうっと下に向けて動き続け、そして────。
「……どうやらついたみたいです」
「なら、行くぞ」
リーパーは扉を開けて、エレベーターから降りる。
そこには古い地下鉄の駅のような構造をしていた。
「ここがTMCの地下空間……」
「かつての夢のジオフロント計画の名残だな」
私とリーパーは地下に降り立ち、それぞれそう言った。
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